連続する日常、そして海外のトレンド、ビジネス、カルチャーを心地よい文章と思索でつないでくれる『Lobsterr Letter』。チェックしている人も多いだろう。そんな『Lobsterr』のメンバーで、主に“言葉”を担当する宮本裕人さん。彼の原点、そして「言葉」を紡ぐ場所に立ち続ける理由を追った。
月曜の朝が楽しみになったのはいつからだろう。
ニュースレター『Lobsterr Letter』はどんな月曜にも、7:00amにメールボックスに届く。その週の心地いいスイッチになる。
気がつけば、Lobsterrのファンになっていた。
“ 世界中のメディアから「変化の種」をキュレートする ”
Lobsterr Letterは、長く届けつづけることを前提にしているのかもしれない。
ニュースレターは言ってしまえば、定期的に届くメール。そこに革新的なテクノロジーやフォーマットはない。週1本というペースも「早さ」とは無縁だ。
ただ、毎週届くレターには、静謐さ、親密さ、深い思索があり、日々「変化の種」を共有していく。そこから少しずつ「種」は芽吹き、新たなパースペクティブ(視点)を得ていく。
「ソーシャルメディアで、Lobsterr Letterの感想をコメントいただけるのはすごくうれしいんですよね。同時に、たとえ、感想は書かなくても、静かな時間、朝起きた時の習慣で読んでくれているとか、寝る前に読んでいるとか、ひっそりとした楽しみにしてくれている方もいて、同じようにうれしいんですよね」
こう語ってくれたのが、Lobsterrのメンバーである宮本裕人さんだ。
『WIRED』日本版のエディターを経て独立。フリーで活動する編集者・ストーリーテラーだ。
2019年2月に佐々木康裕さん、岡橋惇さんと共にLobsterrをスタートし、主に“言葉”の領域を担当する。Lobsterr初の書籍『いくつもの月曜日』の編集を手がける。
もともと学生時代には生物学を専攻し、メディアや編集とは無縁だった彼。なぜ、「言葉」の道に進んだのか。その原点、「言葉」が紡がれる場所に立ち続ける理由を追ったーー。
宮本 裕人(ミヤモト ユウト)Lobsterrメンバー 編集者・ストーリーテラー
1990年、神奈川生まれ。東京理科大学で生物学を学んだのちに、1年間の米コロラド大学ボルダー校留学を経て、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース修了。大学院在学中、『greenz.jp』でライター・編集インターンを経験。2015年4月より『WIRED』日本版エディターを経て、2017年11月より独立。同年12月よりストーリーテリングプロジェクト『Evertale Magazine』をスタート。2019年2月より、時代と社会の変化に耳を傾けるメディアプラットフォーム『Lobsterr』を佐々木康裕さん、岡橋惇さんと共に開始。Lobsterrでは主に言葉の担当。毎週のニュースレターにおける編集の他、Lobsterr初の書籍『いくつもの月曜日』の編集を手がける。
■ポートフォリオページ: https://yutomiyamoto.com/
大学生の頃を振り返り、「早々に就職活動はしなくなってしまった」と振り返る宮本さん。就職への違和感を抱いた過去から、現在のキャリアへとつながっていく。
いま振り返ればそこまで可能性を狭める必要はなかったと思うのですが、理系の大学だったので、就職先は大手のメーカーなどが主流で。まわりも当たり前のように就職活動をしていました。
そういったなか、自分でもケチャップなどの調味料をつくる食品メーカーの説明会に行ってみたりして。ただ、「自分はケチャップをつくるために生まれてきたのだろうか」「本当にこのままでいいのか」と、むしろ強く就職に違和感を持つようになっていました。
就職を諦めた彼は、大学3年生の冬、ひとりでニュージーランドへと向かう。目的はボランティアと一人旅。その飛行機の機内で、映画のような出会いを果たす。
とにかくいろいろ経験してみようとニュージーランドへの一人旅に出ました。初めての海外だったのでとても緊張していたことを覚えています。その行きの飛行機、僕がサイエンス系の雑誌を読んでいたら「何を読んでるの?」と、となりに座った初老の男性が話しかけてきました。
お互いひとりでしたし、何気ない世間話からはじまって。ただ、話せば話すほど「このおじいさん、只者ではないぞ」と感じるように。サイエンス、文学、音楽、歴史、政治、あらゆるジャンルに詳しく、話がとんでもなくおもしろい。
思わず「なぜ、あなたはこんなにもいろいろなことを知ってるんですか?」と聞くと「それは私が編集者だからだよ」と答えてくれたんです。
言われてみれば、僕が好きな雑誌にせよ、本にせよ、それらを作っている人たちがこの世の中にはいるわけですよね。今まで意識したことさえない業界、職種でした。
その方は「今井さん」という当時70歳くらいの編集者だったのですが、21歳の僕の目にはすごくスマートでカッコよく映りました。今でも記憶に残っている彼の言葉が「編集者の特権は、名刺1枚でどこにでも行けること、そして誰にでも会えることなんだ」と。
もしかしたら飽き性の僕に合ってるかもしれない。これが文章を書く、あるいは編集やメディアに携わる仕事を志す、最初のきっかけだったように思います。
その後、米コロラド大学留学を経て、早稲田大学大学院「政治学研究科ジャーナリズム」コースを修了。大学院在学中には『greenz.jp』でのインターンを経験した。体系的に学びつつ、自らもWebマガジンなどで記事をつくっていった宮本さん。
そして2015年4月、『WIRED』日本版を運営するコンデナスト・ジャパンへと入社する。そこで任されたのが、翻訳記事の編集だった。
『WIRED』US版のロングリード、いわゆる長文のノンフィクション、ドキュメンタリー記事の翻訳を担当していました。そこでものすごい衝撃を受けたんです。「世の中にはこんなにおもしろいものがあるのか」と。
翻訳そのものはプロの翻訳家の方にお願いするのですが、届いた翻訳された原稿と、英語の原文の文章、構成、表現を自分なりに一つずつ照らし合わせ、分解したり、研究したりしていたことを覚えています。もう何度読んだかわかりません。
参考:WIRED『スケボー界のレジェンドが、シリコンヴァレーのカリスマになるまで』
『WIRED』に掲載された1万5000字を超えるノンフィクションのロングリード記事。当時、宮本さんが衝撃を受けた記事のひとつ。
いったい何が彼の心をとらえたのか。「過去経験したことのない読書体験」がそこにはあったと振り返る
大好きな『spectator』という雑誌があるのですが、以前編集長の青野さんはこう書かれていて。
活字を追っていくうちに目の前で映像が映し出されるような刺激的な読書体験は、どんなドラッグよりも強烈なインパクトを僕に与えた。こんな物語をもっと読みたい、書かせたい。そんな思いがスペクテイターの創刊につながった。一遍の記事が新しい旅に出るきっかけを与えてくれるということを、僕は身をもって体験したのだった。
スペクテイター 青野利光
(引用)『spectator』 2015 SPECIAL ISSUE Vol.33 P.021
文章を読んで目の前に情景が浮かんでくる、登場人物たちの声まで聞こえてくる、まさに自分も同じような読書体験をしたのだと思います。そういった文章をもっと読みたいし、自分でも書けるようになりたいと強く思うようになりました。
その後、2017年に独立し、フリーランスの編集者・ライターとなった宮本さん。そして2019年2月、佐々木康裕さん、岡橋惇さんとLobsterrをスタートさせる。聞けば、Lobsterr Letterのエッセイパート「Outlook」は開始当時とは少しずつ書かれるニュアンスが変わってきたと言う。
世界のビジネストレンド、カルチャーがどう変わっていっているか。Lobsterrは、海外メディアが発信した情報を独自の視点でキュレーションしていく、といったコンセプトで始まっています。
なので、過去、僕ら3人のOutlookを見ても、はじめの頃は、流行っているサービスなどに多く触れていました。それが2年半続けるうちに「外の情報」は踏まえつつ、よりパーソナルな考え、問題意識にフォーカスするように自然となってきました。だから、自分の内側をよく観察しつづけないとなかなか書けなかったりもして。ただ、不思議とクローズドな雰囲気にはなっていないんです。
むしろ、個人的なことを掘り下げていくほど、読者のみなさんにシェアした時に、普遍的なメッセージとして届くことがある。この2年半やってきて、気づいた発見であり、それが僕が思うLobsterrらしさだと思っています。ただ、それもまたやっていくなかで変わるかもしれません。自分は何に関心が向いているのか。興味を持っているのか。続けていくことで見える変化があります。
3人の書き手それぞれの視点の変化、化学反応を、ロングスパンで触れ続けていける。そうすることで深まる思索を楽しむ。これもLobsterrの特徴かもしれない。そして「ニュースレター」というフォーマットは、その「パーソナルなつながり」をより強くする。
ニュースレターは本当におもしろい媒体ツールだと思っています。発信する側と受け手の間で、パーソナルなつながりができやすいフォーマットだという気はしていて。
受信箱にメールとして届く。ですので、自分個人に届いている感覚がありますよね。これは僕自身がいろいろな海外のニュースレターの読み手としても感じていて。先ほどの「パーソナルな考えを発信しつつも、それが読者と共有できている感覚を得やすい」というのは、少なからずこのフォーマットが影響しているかもしれないですね。
毎日膨大な海外メディアの記事、ニュースレターをチェックし、選定、要約していく。さらにOutlookでエッセイも書かなければならない。3週間に一度(3人で担当するため)とはいえ決してラクではないはずだ。ましていわゆる本業もある。それでもなお「言葉」で伝えつづけていく理由とは――。
たしかに本当に大変な時には、「どうしてこんな仕事を選んでしまったんだろう」と思うこともあります(笑)ただ、シンプルに自分が発見したおもしろい人がいて、おもしろいストーリーがあり、それを同じ時代を生きている人たちに共有をしてみたい。
柴田元幸さんという尊敬する翻訳家の方がいて、「翻訳という仕事は壁に梯子を掛け、その梯子を登って壁の向こうにはこんなに面白いものがあるぞと、はしごの下の人たちに伝える仕事なんだ」といったことをどこかで言われていて。僕は翻訳家ではないですが、まさに同じことがやりたいと思ったんです。
また、自分たちの問題意識を、同じ時代を生きる人たちと共有できるかもしれない。あるいは共有した先に、何か変化の予感があるのかもしれない。
共有する価値があると思ったものを伝えていく。これが僕の仕事だと思っているので、そこがシンプルなやりがい、喜びなのだと思います。
あとはすごい純粋にですけども、自分の書いた文章を「おもしろい」と言ってもらえることがやっぱり僕は何よりもうれしい。もしかしたら、もうそれだけでも生きていける気がしています。
取材 / 文 = 白石勝也
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