「スポーツは時代を少し先取りしている」こう語ってくれたのが、大川佑さん(「Goal.com」日本語版編集長)だ。スポーツは資金の流動性があり、テクノロジーの進化も試されやすいと解説してくれた。取材日は折しもラグビーW杯が終わった11月末、その熱狂を振り返りながら、大川さんに聞いた。
──サッカーからは少し離れてしまいますが、「スポーツメディア」の視点から、2019年のラグビーW杯の盛り上がり、どのようにご覧になりましたか。
自国開催なのも大きいですが、新しい挑戦を成し遂げていく姿がわかりやすく伝わってきましたよね。今回のラグビー日本代表は、1998年や2002年のサッカー日本代表の感覚と近しいのではないでしょうか。サッカーは、1998年に日本代表がフランスW杯に初出場し、3戦全敗でしたが、2002年に向けた希望が一気に開けました。
今回のラグビーW杯も構図としては、ほぼ同じ。2015年のW杯で南アフリカに勝って希望が開け、今年はさらに上位にいけましたから。今回のラグビーW杯が成功したのは、見る側にとっても期待感やワクワク感といった背景にあるモチベーションが、ダイレクトに響いていたように思います。
──個々の選手の必死さも、メディアを通じて伝わってきましたね。
そうですね。おそらく、選手たちの意識でも、自分たちがメディアにしっかり出ないとラグビーが盛り上がらないと考えていたのかもしれません。
福岡堅樹選手が「引退したら医師になる」と語ったように、選手のサイドストーリーがテレビという強力なメディアを通じて届けられていったので、見る側も感情移入しやすかった。
──リーチ・マイケル選手の『情熱大陸』、ついつい見ました。
それから、ラグビーの良さは大会期間が長いことだと思いました。サッカーは五輪なら3週間ほど、W杯でも3週間から4週間ですが、ラグビーW杯は6週間。今回なら、強豪のアイルランドに勝ってからも、開催期間が長く残っていました。
スケジュールに余裕があるラグビーだからこそメディアのアテンションを取りやすく、しかも歓迎されるストーリーもあった。その相乗効果が生まれて、新しい視聴者も「面白い!」と気づけたんじゃないでしょうか。
【プロフィール】大川佑
『Goal.com』日本語版編集長。系列のスポーツ動画配信サービス『DAZN』のソーシャルメディアコンテンツ制作を手がける責任者も兼務。
僕は「ストーリーを伝えること」が、今後さらに大事になると踏んでいます。情報を「点」ではなくて「線」で伝える意識ですね。そこでは、文字と映像の融合が、新しいストーリーテリングの糸口になるのではないかな、と考えています。
たしかにメディアとして、「点」で数字を稼ぐのはビジネスとしても必要なミッション。ただ、スポーツ業界のひとりとしては、「どうやって文化を育てるか」も考えたい。スポーツは決して稼げる業界ではないので、もっとパイを広げていかなければいけません。メディア同士が健全なライバル意識をもって、内輪ではなく外へも広げていかないと。
ただ、そのための「入り口づくり」が、昔よりもずっと難しいというのが悩みです。
──どんな課題が、難しくしているのでしょう。
たしかにSNSなどの発信含め、スポーツ自体の認知は増えても、そこから理解を促進するのが難しくなっているんです。
今の時代、デジタルではレコメンドの進化もあって、コンテンツが「パッケージ」から分解されてきています。サッカーニュースであっても、記事単位で物事を見ることが増えている。良し悪しがあれど、昔は紙のメディアやテレビ番組といった情報源しかなかったから、そのパッケージ全体をベースに、みんなが物事を理解してきたわけです。
──なるほど、理解度の足並みが揃いやすかったといえますね。
さらに、そのパッケージには、本題と関係のないコンテンツや、ウェブメディアでたとえるなら「数字が取れないコンテンツ」も入っていました。それらが文化を形成してきた部分も少なからずあったと思うんです。
サッカー雑誌で目にしたプレミアリーグのページが、新しい興味を拓いてくれた……そういう偶然の出会いが、デジタルでは非常に起きにくくなっていることは、危機感といっていいと思います。今は読まれるコンテンツが、より読まれていく傾向にある。コンテンツのディストリビューションにおいても、情報が「面」ではなく「点」なんですね。
レコメンデーションエンジンを搭載したプラットフォームによって、たしかに圧倒的にリーチ量は増えました。一方で、レコメンドによって、世の中が「自分の好きなもの」しか見なくなってきてしまってもいるのだろうと。
──それがパッケージであれば、「好きでないもの」も組み込みやすかった。
そうです。ウェブメディアが記事単体で数字偏重になると、そういった文化や香りが消えてしまう。DAZNによって映像が見やすくなったことで、自ら解釈しやすくはなったのはよいけれど、それをストーリーに翻訳してくれる人が、いなくなってしまうんです。
──単純な試合結果だけでなく、踏み込んだ解釈や考察も含めたストーリーは、文脈の理解にもつながりますね。
仮に、今は「点」の発信でよくても、最終的には自分の首を絞めるかたちになってしまうはずです。自分たちの持っていた資産を食いつぶして続けるようなもので、新規層がエデュケーションされなかったり、これまでのファンが他のメディアやスポーツへ移ってしまう状況が起きうると思っていて。それこそ今は、ラグビーの方が盛り上がってますからね。
──「点から線へのストーリー」で、Goal.comさんが実施されていることはありますか。
数字が出なくてもいいけど、「いい読み物」をつくることも意識しよう、と言っています。極端な話、大物監督の就任といった文章が2行しかないニュースのほうが、3000文字のコラムよりも圧倒的に数字が出ちゃうことがあるんです。でも媒体としては、長い目で見て、いい読みものにもお金を振り分けていく。
たとえば、うちならスペイン在住のフリージャーナリストである江間慎一郎さんの記事は、ぜひ読んでもらいたい。彼が書く文章は、最近の言葉を使うなら「エモい」。香川真司選手の記事なんて、小説を読むかのようにスペインからの情緒が伝わってきます。
そういう才能のある書き手や、情報の伝え手が、絶滅危惧種になりつつあるんですよ。貴重な人はサポートしたいし、彼らが活躍して報われるデジタルメディアでありたい。もしくは、しっかり記事の数字も出るような世の中であってほしいな、と思いますね。
編集 = 白石勝也
写真 = 黒川安莉
取材 / 文 = 長谷川賢人
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