2020.02.18
「しんどいときこそ鼻歌を」マネーフォワード 辻庸介の怒らない仕事スタンス

「しんどいときこそ鼻歌を」マネーフォワード 辻庸介の怒らない仕事スタンス

2012年に創業し、人々と「お金」の関係性を捉え直し、その課題解決に取り組んできたマネーフォワード。2017年には東証マザーズ市場へ上場。創業者でありCEOの辻庸介さんは、現在に至るまで「矛盾」と向き合い続けてきた。現在になってわかった「社長の役割」や、次なる壁への立ち向かい方とは。

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全2本立てでお届けします!
[1]迫りくる競合、フィンテック黎明期。マネーフォワードが向き合ったあらゆる矛盾|辻庸介
[2]「しんどいときこそ鼻歌を」マネーフォワード 辻庸介の怒らない仕事スタンス

全体のバランスが取れるのは、唯一、社長だけ

事業が軌道に乗り、大型の資金調達も経て、組織が拡大していったマネーフォワード。辻さんには「経営の焦り」から来る反省と学びがあったという。ただ、創業者として、あるいは経営者としても、アクセルを踏みたいところで自身を律することの難しさは、想像に難くない。速く前に進みたいが、決して焦ってはいけない。この「矛盾」はどうすべきか。

「経営とは矛盾の超克です。たとえば、メンバーに高い給料を払い、誰もが幸せになってほしいけれど、株式市場に対して利益をもたらしながら、株主や会社が継続的に繁栄するための再投資も必要です。ユーザー、社員、株主、取引先、メディア、社会と、あらゆるステークホルダーの間で、それらのバランスが取れるのは唯一、社長だけだと思っています」

全員をフェアに捉え、バランスを取るのが社長の仕事。それが経営の機能だとすれば、確かに社長の日々は矛盾だらけにも思える。どこか一つに特化したり、バランスを欠いたりすれば、早晩どこかで無理が来る。

「過ごしている時間や考えていることが長いところに、どうしても感情移入するじゃないですか。でも、それはそれでいいんです。プロダクトを作っている人はユーザーを見てほしいし、IR担当なら株主の話をよく聞いてもらいたい。それらをインプットして全体的な判断をするのが、社長にしかできない仕事なのでしょうね」

とはいえ、「あちらを立てればこちらが立たず」という状況に苛まれる場面もありそうだ。

「僕が意思決定をする時には、なるべく背景を説明します。僕の経験や知識、ステークホルダーからの情報全ては渡せません。説明を受け取った側に不信感を持たれないようにするのが信頼関係であり、伝え方であり、リスペクトが大事になると思っていて。これは社長に限りません。正当な理由のもとに、『彼が言うなら』という決断に付いていける組織でありたいですね。つまり、矛盾があるからこそ、お互いの共通理解やリスペクトが組織にとっては大事ということでしょう」

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表出されないナレッジを獲りに行く

創業から8年を迎え、株式上場も経験した今、次に当たりそうな「壁」は見えているのだろうか。社員数は連結で700名を超えた今、辻さんは「1000人の壁」を挙げた。

「組織が大きくなっていくと、仕事やプロダクトを自分ごと化しにくくなっていき、タコツボ化していきますよね。それをいかに解消するかは、今後より考えなくてはなりません」

辻さんはその壁に備えて、自ら情報や経験を得るべく動いている。インターネット上に情報があふれるようになった現在も、決して表出され得ない重要なナレッジは人が持つ。

「先日も9000人規模の会社を経営される方とお会いし、経営の意思決定プロセス、会議体の組み方、社長と役員陣の距離、海外進出の進め方などを聞いて、とても勉強になりました。人事のことなども含め、表立って話せないことが多く、万人に明かすメリットもないですから、こればかりは会ってお聞きするしかない」

辻さんは経営について学びながら、現場でも汗をかく。既存事業についてはリーダーへ基本的に一任しているものの、スピード感を持って意思決定する新規事業には携わっている。

「既存事業はユーザーへの提供価値がわかり、ビジネスモデルが固まっていれば、苦労するポイントをいかに乗り越えるかが勝負です。でも新規事業は提供価値の見定めからビジネスモデルまで、わからないことだらけ。僕らは“解像度”と呼びますが、新規事業のほうがビジネスの解像度が良くないので難易度は高い。そういった課題は経験のある人が積極的にやるべきだと考えています」

解像度を上げるには「経営の経験やサービスを作った成功体験」が近道だと辻さんは言う。

「僕は28歳の時にマネックス証券へ移りましたが、社員40名ほどの頃でした。そこから1000人ぐらいまで増えていった経験は大きな財産になっています。経験すると考えるし、失敗も色々する。マネーフォワードでも若い人に多くの経験をしてもらおうと、プロジェクトリーダーの任命や海外オフィスへの派遣も積極的です。経験で人は成長しますからね」

しんどいときこそ鼻歌を

快活に話す辻さんだが、多忙な日々やこれまでの軋轢から、心の疲れを感じるような局面もあったのだろうか。

「……あまりないですね。楽観的なんですよ、大阪人ですから(笑)。起業家が楽観的なのは意外と大事で。僕は創業メンバーや経営陣に何でも頼っていますが、それを言えるかどうかでも、かなり違います。メンターをしてもらっている方も何名かいて、月に一度お会いしては、そこで声に出してしまう。とにかく溜めこむのがいちばん良くないです」

さらに、決めていることが、もうひとつある。しんどい時こその「笑い」だ。

「僕から鼻歌が聞こえたら、結構しんどい合図です。社長が怒ってると雰囲気が悪くなるじゃないですか。だから、わざとの鼻歌。そうしたら、周りも少し空気が和らぐから。それに笑うと、自分でも感情のコントロールがしやすくなるんです」

「楽観的」で「笑い」を大事にする辻さんは「人生はアップサイドしか無い」と言う。創業当時から、その思いは変わっていないという。

「よく考えたら、人生で死ぬほどの課題はないんですよ。仕事を失っても、現代ならどうにか働けるでしょう。最悪のケースになったときのラインを引いて想定してみたら、創業当初から少々のことは大したことがないと思えていました。尊敬する明石家さんまさんの『生きてるだけで丸もうけ』という言葉が大好きなんです。さんまさんを見ていると幸せになれますし笑えますから、すごいですね」

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焦りには眠りを、怒りにはペンを

かつては苦しめられた「焦り」にも、辻さんは対応策を見出している。大前提は「夜に考えないこと」に尽きるそうだ。

「焦っていても、次の日の戦いのためには寝ることです。それで、朝早く起きるんです。朝の30分は夜の2時間ぐらいの価値がありますね。夜はネガティブになりやすいから、とにかく早く寝るのが大事です。これも経験からの学びですが、睡眠不足では冷静な判断ができない。もし、人生に迷われていたら『夜は早く寝て、朝に考える』がオススメですよ」

コントロールがしにくい「怒り」の感情が湧くことも当然ある。そんなとき、辻さんは書いて怒りを可視化すると、うまく距離が取れると教えてくれた。

「先日も、ある役員にすごく腹が立ってしまって。ちゃんと1on1の面談で伝えようと、内容をテキストでガーッと書き出したんです。そうしたら案外、大したことでもなかった(笑)。相手にちゃんと伝わるように書こうとすると、相手が頑張っている背景も見ないといけないし、置かれた環境も踏まえると、意外と彼の態度も理解できてしまったわけです」

さらに、そうやって書いた文章を、辻さんは一度、誰かに見てもらうこともあるそうだ。それもこれまで「伝え方」で苦しんだ経験を持つからこその振り返りなのだろう。

「誰かの目を入れて、『辻さんの言いたいことは、こういうふうに変えたほうが伝わると思います』なんてフィードバックをもらうのが大事です。伝える手段や方法がよりベターになれば、ちゃんと伝わる。口だけで話すと、思ってもいないことが伝わってしまったりもするから、出す前にチェックしてみるのはいいですね」

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愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

さまざまな「矛盾」と向き合い、経験を得てきたからこその考えが、現在の辻さんとマネーフォワードをドライブさせている。

辻さんが創業当初は「知らなかったようなこと」も、現在はベンチャー界隈でのノウハウ共有も進み、エコシステムが日々作られている。「それを知っていれば僕たちが2年かかって処理した案件が、3カ月で処理できることもあるはず。僕らが取材で内情をお話するのも、次世代のために何か役に立ちたいからです」と辻さんは話す。

それら先人の知識を得て、辻さんは「先回り」の必要性を説く。いま、辻さんが「1000名の壁」に備えているのも、同様の教訓からだ。マネックス証券では1000名までの成長を経験したが、それ以上は未知の世界。だからこそ、経験者の知見を得るべく、さらに先へ進んだ経営者からの話を聞きに行く。

「まさに『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』です。僕らも、たとえば人事責任者とは『300人の壁が来たときの最悪のケースを考えよう』とディスカッションして、ビジョンやバリューの設定に備えたのを思い出しました。そもそもの壁があることを知り、行き当たったときに解決しやすくしておく。本質的には、課題はどこもそれほど変わりません。結局、歴史は同じことを繰り返します。だからこそ、賢者は歴史に学ぶんですが……学べないものなんですよ、意外とね」

最後に苦笑を見せた辻さんだったが、それは自らの軌跡を振り返った自嘲も含まれていたのだろう。そして、誰もが陥りがちな罠だという、ひとつの警鐘でもあったように思う。

>>> [1]迫りくる競合、フィンテック黎明期。マネーフォワードが向き合ったあらゆる矛盾|辻庸介


編集 = 野村愛
取材 / 文 = 長谷川賢人


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