新型コロナウイルスの影響で業績不振、雇用維持が課題に。そういった中「従業員シェア」とも言えるネットワーク構築の動きがある。自社で従業員を雇い続けることが難しい企業が、一時的に従業員を出向させる。この「災害時雇用維持シェアリングネットワーク」発起人である山野智久さんに伺った。
たとえ不景気になり、一時的に雇用維持が難しくなったとしても、従業員たちが業界の垣根を超えて働き続けられる「場」を提供できないか。
従業員たちを路頭に迷わせるのではなく、むしろ「成長」の機会を社外に求め、提供していく。
こういった「従業員シェアプラットフォーム」とも言える構想を打ち立て、すでに取り組みをスタートさせたのが、アソビュー代表の山野智久さんだ。きっかけについてはこう語る。
「アソビューは、アウトドアからテーマパークのチケットまで、遊びの予約ができるサイトを運営してきました。ただコロナの影響で4月は計画していた流通総額の5%に留まってしまった。一時的にでも人件費をおさえなければならない状況となりました」
ただ、単純に人件費を抑えるのではなく、「メンバーたちが成長できる機会」を創出することもこの構想の狙いだ。
「観光・レジャー産業の需要は必ず回復します。だから、来たるべき回復期に向けて、いつでも対応できるよう、個々が準備しておく必要があるんです」
そして4月21日にnote上で構想を発信。
noteがきっかけとなり、すでに出向元(出向希望)企業が約10社、出向先(受入希望)企業が約50社となり、広がりを見せている。
山野さんに、"実際に自社社員に従業員シェアというスキームを提供して見えてきたこと"。また、反響、このプラットフォームが広まることの意義について伺った。
ーーまずは仕組みについて詳しく教えてください。
はい、「従業員シェア」とありますが、具体的には、「在籍出向(*)」という形態で社員に出向の選択肢を提案する方法です。
在籍出向とは、もともと勤めている企業の社員として籍を残したまま、他の出向先企業で働ける形態のこと。
たとえば、災害による業績悪化で「一時的に雇用を維持できない」という企業がある。一方で、災害のタイミングで需要が高まったといった理由で「一時的に雇用を必要とする企業」もありますよね。
「在籍出向」を活用することで、いま人手が必要なところに社員を出向させることができ、結果として雇用維持が実現できるんです。人件費の負担は出向先の負担。販管費を分散できるという仕組みになっています。
(*)在籍出向…雇用契約は両社で持ち、業務遂行における指揮命令権は出向先が有します。
ーーnoteを拝見したんですが、まずは貴社の社員の方をなんとかしようという取り組みだったんですよね?
はい。「外出自粛」となって、ぼくらがテーマとしてきた観光・レジャー産業はとても大きい影響を受けています。経済活動としては非常に苦しい状況で、短期的には100%減。これは揺るぎない事実です。
そのど真ん中のサービスを展開していた僕たちも、事業計画に対しての流通総額が5%程度(マイナス95%)という状況に陥っていました。会社として存続していくためには、人件費、広告宣伝費といった「販管費」を60%以上削減することが必要だと試算しました。
ただ、今まで一緒にやってきた仲間を解雇することだけは避けたい。そこでこの「従業員シェア」のアイデアが浮かびました。
アソビューは、過去のスキルや実績はもちろん、人柄を重視した採用を一貫して実施してきました。例えばひとつの採用基準に「利他」を掲げていますが、人の喜びを自分の喜びにできる素晴らしいメンバーが集まっています。そういった背景もあり、初めに友人の経営者であるランサーズの代表の秋好さんに相談をしたら、「そういうことなら社員さんをぜひ受け入れたい」というポジティブな返答をもらいました。
その後、複数の友人の企業に声をかけ、出向のための面談もあらかた進み、仕組みも見えてきたタイミングでnoteを公開したんです。
ーーこれまで、なぜこういった仕組みが広まってこなかったのでしょうか?
だいぶ状況は変わっていますが、もともと日本には、終身雇用で1社で長く働くという考えが根付いています。今までの常識からは、なかなか「雇用の流動化」だったり、ましてや「従業員をシェアする」という発想を持つ人は少ないんだと思います。
また、もうひとつ、経営者の心理的ハードルの問題もあると言えるかもしれません。というのも、「リーダーは従業員に対して毅然としていなければならない」という空想の「リーダー像」があると思っていて。
実際にぼくも最初は葛藤があったからわかるんです。従業員に対して出向を提案するのは、裏を返せば「うちの事業が今大変な状況だ」と社内外にさらけ出すようなもの。
ただ、こういった災害時はとにかくスピード勝負だから、悩んでいる暇はないんです。"リーダーとして"とか、かっこつけている場合じゃない。
僕も腹を決めて社員に伝えた結果、反応はすごくポジティブでした。意外とそういうものなのかもしれません。
今は災害時です。リーダーも人です。1人で溜め込まず、大変なときは従業員も含む仲間に弱音を吐く、助けを求めることがひとつの活路になるのではと思います。
ーー世の中的にも、同じように取り組みたいと考える経営者・企業は多そうです。
ちょうどうちの社員の出向先と面談を進めているとき、僕の周りの経営者から「社員を解雇するか、しないか」という話を聞くようになりました。
もちろん、解雇は1つのやり方で、解雇=悪ではないと思います。
ただ、この「従業員シェア」のアイデアを活用すれば、「解雇しか選択肢がない」という状況は変えられるんじゃないかなと。
このアイデアを一人でも多くの経営者に知ってほしくてnoteで発信した。そうしたら、FacebookやTwitterでもシェアされて、1日で私のところに約300件の連絡がありました。
連絡はほぼポジティブな内容でした。「社員を受け入れたい」という会社さんも50社近くあって。その多くが、このタイミングで爆発的に成長した会社でした。
たとえば遠隔医療やWeb会議システム、オンライン学習など。こうした会社にとっては、現状が追い風となって通常の採用プロセスをやっていても、業務が追い付かない状態です。
同時に、「うちの従業員を出向させたい」という経営者の方からの声もたくさんいただいています。また、中には「もう遅いけど、このアイデアを知っていたら解雇しなかったのに」という声もありました。
これはすごく寂しいことですが、新しい道を示すことができたという意味では、発信する意義はあったなと思っています。
ーーこれからやっていくことについて教えてください。
この取り組みをベースに、いろんな業界や地域で活用していただくことによって、1000人規模の雇用維持を実現できればと考えています。
民間企業の強みとして「スピードの速さ」があると思っています。こうした有事の時だからこそ、リーダーシップをもち、各社で連携して素早く動く。民間企業だからこそできると思います。
こういった考えは、2019年の千葉の台風災害の際、現地にボランティアに行った経験に由来しています。国や行政のサポート、また、ボランティアを束ねるNPOのネットワークが出来上がる2週間の間にも、困っている人が沢山いた。そういった人たちに対して、個人のネットワークでも貢献できることがあることを、目の当たりにしました。
この教訓を活かして、「従業員シェア」の取り組みの次のフェーズとして、IT業界を中心とした雇用を一人でも多く維持できるように、一般社団法人・非営利「災害時緊急支援プラットフォーム」(立ち上げ準備中)という組織に運営を移管していきます。これは、当社やクラウドワークス、マネーフォワード、ラクスル、READYFORといった企業の代表やNPOの代表、議員などの個人が発起人となり、災害時の緊急的な課題に対して人的なネットワークで対応していく非営利の組織です。その活動の一環として、noteに書いた人材マッチングのコミュニティを運用していきます。
災害時緊急支援プラットフォーム
https://platform-disaster.wixsite.com/index
また、従業員シェアとは別の取り組みですが、国が出す支援や補助などをわかりやすく、素早く共有する「政策アウトリーチ」も手掛けていく予定です。災害時にはスピードが大切で、各社が培ってきたネットワークを使えば、支援の呼びかけやアナウンスも早くできます。レジャー施設や、印刷会社をはじめ、地域の中小規模の会社の経営者や全国にいるフリーランスの方とつながることも可能です。
ーー最後に山野さんご自身の思いがあれば教えてください。
はい、観光・レジャー産業は今とても厳しい状況です。ただ、必ず復興します。それは史実が証明していて、実際に、SARSやリーマンショック、東日本大震災のときも、立ち直ってきました。だから今はこの状況を受け入れて、未来のためにできることをやっていければと思っています。
そのためにも、まずは自分自身が健康でいることが何よりも重要で。心と体を壊しさえしなければ、必ず再起できるはず。健やかでいれば、いつかまた仲間と一緒に事業を復活させられると思うんです。仮に復活できなかったとしても、これからの人生でより良いチャレンジが出来ます。
自分の周りの人の気持ちや心、体の健康を、こういう時だからこそ大事にする。そして何よりも自分自身を大事にすることをみんなでやっていければと思います。
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