マクドナルドの「モバイルオーダー」や「パーク&ゴー」など、公式アプリのPMをつとめる飯沼亜紀さん。新型コロナの感染拡大を受けて、当初予定していたロードマップを急遽変更し、密回避の新サービスを爆速リリース。すべてはお客様に価値を届けるためにーー激動の開発舞台裏をお届けしたい。
▼全2本立てでお送りいたします。
前編:「マクドナルド公式アプリ」躍進の立役者 飯沼亜紀のPM1年目
後編:マクドナルドのPM、激動の1ヶ月半。密回避の新サービス、爆速リリース舞台裏
【プロフィール】 飯沼 亜紀 日本マクドナルド株式会社 デジタル&レストランプロダクト部 統括マネージャー
メーカー系ソフトウェア開発会社、アパレル製造小売会社でのプロダクトマネージャーを経て2018年より現職。得意分野は主にEC、OMO領域で、特に長年にわたり構築されてきた難解なオペレーションを紐解きテクノロジーの力で新たな体験をつくること。現在の主な担当プロダクトはマクドナルド公式アプリ。
【目次】
・新たなニーズに寄り添うことのできた「モバイルオーダー」
・急遽決定した、前倒しのリリース
・「足し算」ではなく「引き算」からはじめる。
・すべてはお客様に価値を届けるために。
ー コロナ禍において、とくに「マクドナルド公式アプリ」の果たした役割が大きかったと伺っています。プロダクトとして、どういった価値を届けることができたのでしょうか?
前提のところからお話すると、新型コロナウイルス感染拡大は、私たちにとって大きな影響がありました。営業時間の短縮、店内飲食の中止、オフィス街での来客減少...。
そのなかで、お客様に寄り添うサービスを展開したのは、「マクドナルド公式アプリ」内で提供している「モバイルオーダー」機能です。スマホで事前に注文と決済ができるので、レジに並んだり、対面で注文したりする必要がなくなります。非接触・密の回避という新たなニーズにマッチしました。
コロナ禍が本格化する前の2020年1月の時点で、モバイルオーダーの全国展開が完了できていたことは本当に偶然の幸運だったなと思います。2020年3月には、「マクドナルド公式アプリ」に統合されて、モバイルオーダーをたくさんのお客様に提供できる状態が緊急事態宣言前につくれていました。
ー 2020年5月には、駐車場で商品を受け取れる「パーク&ゴー」という新サービスもリリースしています。こちらも、コロナ禍以前の計画だったのでしょうか?
コロナ禍以前から、「パーク&ゴー」のリリースは予定していたのですが、もっと先の予定でした。
しかし、実は一回目の緊急事態宣言が発令される前から、「マクドナルド公式アプリ」のロードマップを大きく変更していました。
ー かなり早い段階で、大きな意思決定をされていたんですね。
そうですね。幸いにも「モバイルオーダー」を全国展開していたとはいえ、「この偶然だけでは全く乗り越えられる状況ではない」という危機感は、早い段階で全社で共有されていたのも大きかったです。
もともとマクドナルドは「店舗体験」を大切にしてきたこともあり、店内飲食できないシチュエーションは、会社としてもアプリとしても一切想定していなかったんです。でも、状況が一変したのは、2020年3月下旬ごろ。緊急事態宣言の発令が見えてきたタイミングで、「状況次第では自主的に客席を閉鎖しよう」と会社として決断をしていました。
この時点では、社内の感染症対策のチームから「お店でクルーがお客様に説明するから、アプリでは特殊対応しなくていいですよ」と言われていて、私も最初はそのつもりだったんですね。
でも2日くらい経って、「もしこの状況が長く続くんだったら果たしてそれは正しいんだろうか?」と考えて。店舗の運営を担うオペレーションのチームの担当者に電話で相談し、急遽ロードマップを変更することにしました。
半月先、来月、半年後、それぞれどのような未来が待っているのかということを考えながら、今この環境を前提としたときにマクドナルド公式アプリの未来がどうあるべきか。この観点で、予定していたロードマップを組み替えていきました。
ー ロードマップの変更も、かなりスピーディーですね。とくに組織規模の大きな会社だと、ステークホルダーとの交渉もあって、時間が掛かるイメージがありました。
まさにおっしゃる通りですね。私自身いちPMとしてマクドナルドのすごいところだなと感じている部分なのですが、PMに意思決定の権限をきちんと与えてくれているんです。もちろんステークホルダーに適宜報告・相談はしますが、「この会議で●●さんの承認を取らないといけない」という形式ばったルールはなにもありません。
重要なのは、お客様により良い体験が届けられているかどうか。そのカルチャーが全社に浸透しているので、コミュニケーションもスムーズなのだと思います。
ー ロードマップを変更する上で、マイルストーンはどのように立てていったんですか?
まず最初にやったのは「引き算」することです。ロードマップ上のアイテムのなかで、「環境の変化によりカスタマーニーズが急激に下がったもの」を洗い出し、開発の優先順位を下げました。たとえば、お客様に対して、「店内」での接客やサービスを想定して企画していた機能がありました。
逆に優先順位を上げたのは、「新たに生まれたカスタマーニーズを満たす」ものです。さきほどもご紹介した「パーク&ゴー」という駐車場で商品を受け取れるサービスが代表的な例ですね。もともとお客様の利便性のために計画していた機能でしたが、「密や接触を避けたい」というお客様のニーズに答えるために前倒しをしました。
その他、環境変化に対応するために、当初のロードマップ上にはなかった新しい機能も追加しています。店舗営業形態の変化、営業時間の変更など、正しい情報をお客様に提供できるように状況に応じて細やかな変更をしていました。
ー 前倒しでリリースを進めるなかで、どんなところに苦労しましたか?
アプリ上の機能のリリースは、開発チームが迅速に対応してくれたのもあって、前倒しのスケジュールを崩さずに進行できたのですが、ひとつ間に合わせることができなかったものがありました。
駐車場に設置する看板なんですけど、生産や設置工事の関係でどうしても大幅な前倒しがむずかしくて。多くの店舗で初期の対応としては看板の代わりに三角コーンに番号を付けて代用をするという風に運用していました。
代用するための三角コーンの手配や店頭でのオペレーション、看板のデザインなど、担当部署の人たちがみなさん急ピッチで対応してくれたことは本当に救いでした。自分たちにできることにフォーカスして、最善をつくせたからこそ前倒しが実現しました。
ー スピーディーな意思決定と実行のためのチームワーク...とくに環境が大きく変化するときこそ重要ですね。コロナ禍に入って1年余りになりますが、この1年とくに大事にされていたことはなんですか?
「お客様に届ける価値」を考え抜くことですね。コロナ対策はその一つであり、この1年の取り組みを語る上で外せないものでもあります。ただ、コロナ対策だけが「マクドナルド公式アプリ」の価値ではありません。
そもそも「マクドナルド公式アプリ」も、そのなかで提供している「モバイルオーダー」や「パーク&ゴー」も、コロナ対策のためにリリースされたものではありません。すべてのお客様に便利に使っていただくためであり、店舗にもベネフィットをもたらすためにリリースされたものでした。
なので、「コロナ対策を頑張る」ことを目的にするのではなく、お客様に提供する価値を見直しながら、あらゆる意思決定をしてきました。
ー プロダクトビジョンからブラさず、「コロナ対策」に囚われすぎないようにしたと。
そうですね。プロダクトの価値を「コロナ対策」にしてしまったら、コロナが収束すると共に、プロダクトは使われなくなってしまいますよね。
とくに「モバイルオーダー」の成功は、マクドナルドだけにとどまらず、日本の外食チェーンのスタンダードが進化していくことに繋がると信じていて。社内では「未来型店舗体験」と呼んでいるのですが、テクノロジーの活用と、人のぬくもりやホスピタリティを融合することで、より快適な店舗体験を提供していきたいと考えています。
私自身も肩書は「マクドナルド公式アプリ」のPMですが、仕事の成果は「店舗体験」だと捉えているんです。そういった意味でも、店舗運営を担うオペレーションチームとの連携は重視していますね。
デイリーで実施している開発チームの朝会にもオペレーションチームに参加してもらっていたり。開発チームからモバイルオーダーの注文をしたお客様に対する声掛けの仕方とかも意見を出したり、逆に店舗スタッフからの意見やお客様のニーズも非常に大事にしています。
今後も「モバイルオーダー」をはじめ、「マクドナルド公式アプリ」はさらに進化していく予定です。さらにお客様に快適な体験を届けるために、チームを超えて連携をしていきながら、開発を進めていきます。
(おわり)
取材 / 文 = 野村愛
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