2021.11.05
表面だけの「エモい」にしないために。経営とブランドの伴走者として向き合う、キルタの仕事観

表面だけの「エモい」にしないために。経営とブランドの伴走者として向き合う、キルタの仕事観

外資系の広告代理店にてクリエイティブとして働きつつ、スタートアップ「yutori」のPRを担当。さらに多方面のブランド戦略に携わってきたキルタさん。2021年5月に独立し、アートコレクティブ「Ochill」を主催する。彼はいかにして自身の強みを見つけ、活躍の場を広げたのか――。

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▼前編
僕らが“吸うお茶”を通してつくりたい「well-down」な時間

後編
表面だけの「エモい」にしないために。経営とブランドの伴走者として向き合う、キルタの仕事観


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キルタ / Kiruta Wataru (@kiruta_wataru
1993年生まれ。外資系広告代理店にクリエイティブとして所属しながら「yutori」のPRを創業期より担当。2021年5月に独立。広報PR活動のデザインやクリエイティブディレクションを継続しつつ、自身でも「Ochill」を主催。その他、お茶のスタートアップ「TeaRoom」、蒸留ベンチャー「エシカル・スピリッツ」、狩猟の追体験「罠ブラザーズ」、ウェルネスプロテイン「KOREDAKE」、ふたり指輪「CONNECT」、オーダーメイド型ライブハウス「TOKIO TOKYO」などの多方面の企業やブランドに携わる。それぞれのプロジェクトによって役割、肩書きが異なり、マルチに活躍する。

「yutori」から、はじまった。

2020年にZOZOグループ入りした「yutori」ですが、創業時よりPR戦略を担ってきたと伺いました。そもそも「yutori」に関わるようになったきっかけとは?

もともと「yutori」代表の片石と、友だちだったんですよね。お互い社会人1年目くらいのとき、僕が企画していたお茶会で知り合って。同じ年ということもあり、すぐ仲良くなりました。

当時、彼も会社で働いていて「yutoriっていう名前で会社をつくりたいんだよね」と話をしていて。「もし起業したら何か役に立てたらいいな」くらいの感覚でした。

そこから間もなく起業したので、なにかと相談に乗ったり、PRを手伝ったり、企業理念を一緒に考えていましたね。

「yutori」はプレスリリース、企業理念など、感情に訴える「言葉」でも注目されました。そういった言葉は片石さんと一緒に考えていったのでしょうか?

そうですね。一緒にというよりは、yutoriにはyutoriらしさがあって、片石には片石の周波数がある。共鳴しながら、増幅させていくというか。もちろん僕の感覚もありますが、片石の言葉を拾っていって形にしていきました。あと…個人的には、学生の頃にインターンしていたPR会社や前職でも、いわゆるテンプレなプレスリリースはたくさん書いていたので、飽きていたんですよね(笑)

いわゆる「型にハマらないプレスリリース」が話題になることもあるキルタさんですが、大切にしていることはありますか?

やっているのは、ただ話を聞くこと。その当事者とじっくり対話して出てきた言葉や空気感、ニュアンスを掴んでいくことかもしれません。あとは、その人格を自分に憑依させながら、その企業やブランドらしいPRをデザインする。そもそも自分が共感できることしかできない、というのもあります。自分自身が感情を揺さぶられることしかやっていないのかもしれない。なので、奇をてらってるわけでも、無理やり表面的なエモい表現をしようとしているわけでもなくて。よく「エモいPRを仕掛けたいから手伝ってほしい」と言われがちなんですが、何をエモいと感じるか、本当に人それぞれ。なので表面だけなぞってもたぶん届かないんですよね。もし、僕が手掛けるものをエモいと感じてくれている人がいたら、シンプルに僕らが感情を揺さぶられたところと重なる部分があっただけ、ということなんだと思います。だからこそ、「エモい表現」に特定のカテゴリーやテイストは無くて。その人から生まれる言葉をデザインしていくことで、誰かの感情が揺さぶられるものになるのだと思います。

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ZOZOグループにジョインした際のプレスリリース『臆病な秀才の最初のきっかけを、創り続ける。』冒頭一文は、“ yutori は、「なぜかわからないけど古着が好き」という、1人のピュアな「好き」から生まれた。たった1人が「好き」を宣言し裸で踊ることで、仲間は増え、形成された「会社」である ”より始まる。その他、「赤澤える、『私たちの株式会社』を設立。」のリリース、「高円寺の老舗銭湯「小杉湯」が有形文化財に登録」のリリース、「リチカ、8億円の資金調達を実施」のリリースなどをキルタさんが手掛けている。

陰にこそ、神が宿る

PRしていくもの、その当事者とすごく近い距離にいらっしゃる感覚があります。

そうですね。あくまで自分はですけど、PRは経営の「伴走者」だと思うので、究極はその人の恋愛相談にまで乗れてこそかな、と。プライベートでも、仕事でも、陰にあるような「どん底の気持ち」までを共有し合いたい。どこまで一緒に堕ちていけるかどうか。

PRってプレスリリースや、それによるメディア露出が注目されがちですが、それって本当に一側面でしかないですよね。「あ、自分の出番だ」と思う時って、だいたい危機的状況の時。炎上しているとか、社内トラブルが起きているとか、当然急遽のリリース対応などもすぐにやらないといけない。何より、窮地に立った時の経営者のとなりで味方として寄り添えるか。たとえば、夜中に急に連絡がきたりして、とりあえず頼ってもらえている時。それが存在意義なのかなと思っています。表に見えないリアルなところ、「陰」に神が宿る。なので、自分の魂が丈夫じゃないとできないなと思います(笑)

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コンセプトの言語化について「自分が共感して、自分ごと化してこそ言葉にしていける」とキルタさん。「向き合う当事者本人が心からやりたいと思っているかも大切かもしれません。何のためにやるか、本気でやりたいと思っているのか、などを聞いていると1時間じゃ全然話し足りなくて“また後日話しましょう”と必ずなるんですよね。その対話の中で、嘘のない言葉をとことん拾っていくだけかなと思います」

いつか、何かにつながっていく予感だけがある

2021年5月、勤めていた外資系の広告代理店を辞めて独立されたと伺いました。今では肩書きも、携わるブランドも、どんどんジャンルレスになっていっている印象です。

そうかもしれません。外から見ると何者?みたいにわかりづらいですよね。自分でも模索しているところで。たぶんこれまで仕事につながるとか、お金になるかとか、キャリアのこととか、あまり考えずにやってきたんですよね。ただ、とにかくいろんな人と話すなかで「波」を感じたことだけに関わらせてもらえて。結果的に何かに結びついて、仕事にもつながっていく。そんな感覚がずっとあったし、逆算して狙ってやってもうまくいかないことがほとんどでした。

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もう最近だと役割がPRだけじゃないと思うのですが、ご自身では、自分の強みをどう分析していますか?

難しいですね(笑)なんだろう、自分の肌で感じた「ここに価値がある」と思うところを言語化し、自分で仕事を作っていけるところかなと思います。

前職の広告代理店での仕事って、企業や商品が解決したい課題と予算があった上で、クリアしていく仕事が中心にあって。もちろんそこにおもしろさはありますが、僕自身で言うと、自分が心からやりたいと共感できることじゃないと上手くいかない。なので、企画から持ち込んで、相手にとっても「必ずやったほうがいいこと」と「自分がやりたいこと」を常に重ねて、仕事をつくってきたように思います。会社員のときもそれでいろいろな仕事につながっていったように思います。

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キルタさんが会社員時代にクリエイティブディレクターとして携わった「チュッパチャプス」のブランドメッセージ「FOREVER FUN」を体現するプロジェクト。画像:AdverTimes(アドタイ) by 宣伝会議 『チュッパチャプスが新ブランディングプロジェクト「FOREVER FUN」を開始』より)

会社員をやめたら、そこは野生のサバンナだった。

会社員をやりながらも、さまざまなブランドに携わることが出来ていたわけですよね。なぜあえて独立されたのでしょう?

広告代理店のなかでも、かなり自由に仕事させてもらえていて、本当に感謝しかないんですよね。ただ、やっぱり広告業界での評価って賞を取るとか、話題をつくるとか、目立ってこその世界。そういう価値基準に自分が合わないな、という気持ちがありました。

広告を“任される”んじゃなくて、好きだと思える人、企業、ブランドと向き合って、ちゃんといいカタチで価値を伝えて、現象にし、共感してくれる人を増やす。そのための存在意義から提案したい。そう考えていたタイミングで、会社からも色んな打診はされていて。すごくありがたい話でもあるのですが、半分勢いもあって「それなら、やめようと思っています」と言ってしまった。

あともうひとつ大きな理由として、さまざまな起業家の相談に乗ってきて、ゼロからはじめる事業、その資金調達などに向けた話をしていくのですが、やっていない自分が外から言うことに限界というか、違和感が芽生えてきて。それが「Ochill」のタイミングとも重なった。結果はどうあれ、まずは自分も一人の経営者として、フリーランスとして、経験することが重要かなと。実際、いまはいろいろと大変で(笑)世の中、大事なことって大変だし、面倒くさいことも多いんだなと日々学んでいます。

独立後にキルタさんが共同企画した「週刊じゃらん」特別コンテンツ「はじめまして 帰省」。生まれ育った故郷への帰省ではなかったとしても、まるで帰省したときのような心地のいい場所へと足を運ぶ。そういった新しい旅行のあり方を提案するプロジェクト。

独立してみて変化はありましたか?

独立してみて、後悔はなかったですが、はじめの頃はかなり情緒不安定だった気がします。会社員って保険とか、税金とか、いろいろ守られていたんだなと実感したし、何より安心できる場所でした。独立してから、むしろ何もしていない休日とか、不安で仕方なかったです。

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(Flat Share Magazine『会社を辞めました、』より)

ただ、「生きている心地」はしますよね。これまで「動物園」というよりは割と自由な会社、「サファリパーク」くらいのところにいて、そこそこの自由と、収入という「餌」が定期的にもらえていた。そこからいきなり「野生のサバンナ」に放り出された感覚。はい、今日から自分で餌を獲って生きていってください、と(笑)。全て自分の責任。こういった環境に身を置くと意外と「待ってたよ」みたいに言ってくれる人たちがたくさんいた。会社員時代には見えてなかった世界があって、いろいろな経営者とも見えない壁があったものが、無くなった感じはすごくあります。だから、話をしてもらえることの中身も変わった気がします。

といっても、独立して半年なのでまだまだ不安もあるし、どうなっていくか自分でもよくわかっていないです。ただ、自分がやりたい、好きだと思えることをもっと探求していけるようになったことは間違いない。その軸はブラさずにやっていければと思っています。

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(おわり)


取材 / 文 = 白石勝也


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