常に変化するWEB・IT業界では“エンジニアはトレンドを追い続けなければならない”と常識のように語られる。しかし、一方でその方法論は体系化されていない。そこでお話を伺ったのが日本マイクロソフトの井上章氏だ。エバンジェリストとして最新技術をわかりやすく説明する立場にある同氏のトレンドウォッチ術とは。
常に新しい技術を取り入れ、変化し続けるWEB・IT業界。「今日の常識は、明日の非常識」と表現されることもあり、そのスピード感には目を見張るものがある。同時に常に変化が求められる環境であり、エンジニアのなかには「自分の技術がいずれ淘汰されてしまうのかもしれない…」と不安な気持ちを抱いている人も少なからずいるだろう。
そこで今回は、最新技術と向き合うためのファーストステップとして“トレンドウォッチ”に焦点を当てることにした。トレンドウォッチの方法論を明らかできれば、技術に対する不安を解消するきっかけになるのではないか、と考えたからだ。インタビューさせていただいたのは、日本マイクロソフトのエバンジェリストとしてトレンドの最前線に身を置く井上章氏。井上氏の語るトレンドウォッチの方法論、そして今押さえておくべき最新技術とは―――。
― まず、エバンジェリストになるまでの経緯を教えてください。
もともとは、ハードウェアのエンジニアだったんです。学生時代にバンドをやっていて、スピーカーやミキサーといった業務用オーディオ機器を扱うことが多く、メンテナンスやカスタマイズもしていました。音楽の道を進もうと考えたときに、ミュージシャンとして大成するのは難しいけど、エンジニアとしてなら関わっていけると思い、オーディオ機器メーカーに就職しました。
就職して間もなくは、アナログ回路を設計していましたね。しばらくして出始めたのがWindows 95です。アナログからデジタルへの潮流は、オーディオ機器業界にもやってきました。ソフトウェアに関心を持ち、アセンブラやC、C++などを独学で勉強し始めたのはその頃ですね。勉強するなかで学んだことをもっと実務に活かしたいという気持ちが高まり、ソフトウェアのエンジニアにキャリアチェンジしました。
転職してからはメインの仕事とは別で自主的にWEB関連知識を学ぶようにしました。具体的には、WEB業界の団体が主催するイベントへの参加ですね。そこで生まれたコネクションから、イベントで話す機会や連載記事を寄稿する機会が徐々に増えていったんです。独立という選択肢を意識し始めたのは、その頃ですね。
― その後独立されるわけですが、なぜフリーのエンジニアからエバンジェリストというキャリアを歩むことになったのですか?
フリーに転身してしばらくしたときに、Googleのデスクトップガジェットのコンテストが開催されることを知りました。思い切ってエントリーしたら、入選しまして。GoogleのUSサイトにも名前が載り、それをきっかけにある出版社からGoogle デスクトップの本を書いてみないかという依頼を受けたんです。以降、何冊か書かせていただきましたが、書籍の執筆はやり甲斐がありましたね。ただ、オファーがなくなったときを想像すると不安でしたし、もともと営業活動への苦手意識もあったので、フリーという働き方が自分に向いていないと思うようになりました。
そんなとき、エンジニア向けに開催されるカンファレンスイベントに足を運んだんです。会社員時代から定期的に参加していたイベントだったのですが、そのステージでエバンジェリストが最新技術について紹介する場面を見ました。最新技術を敏感にウォッチして、人前で話したり、書籍を執筆したり…。当時自分が仕事以外でやっていたことをプロフェッショナルとして実践している姿に憧れを抱きましたし、素直にやってみたいと思うようになりました。その後、日本マイクロソフトがエバンジェリストを募集していることを知って応募し、今にいたるという流れです。
― エバンジェリストになる以前から最新技術の動向に注目していた井上さんにとって、トレンドウォッチとはどのような位置づけですか?
自分の経験上、プログラミングばかりしていると、それで満足してしまうことがあります。人によっては、自分の殻に閉じこもってしまうこともあるでしょう。でも、エンジニアである以上「バズワードとして挙がっている技術は何か?」くらいは最低限押さえておきたいですよね。普通に生活していて、新聞を読んだり、ニュースを見たりするのと同じレベルです。それが、私にとってのトレンドウォッチです。
― エンジニアにとって技術トレンドとは、働くうえで最低限押さえておくべきものなんですね。実際、井上さん自身はどのようにトレンドウォッチをしているのですか?
大事なのは、その技術のすべてを把握することではなく、まずは特徴とメリット・デメリットを理解しておくことだと思います。他の技術との違い、長所、短所…感覚としては要点の“つまみ食い”でしょうか。ほぼ毎日のように新しい技術がリリースされるこの業界で、一から十まで記憶していたらパンクしちゃいますからね。
― お話を伺っていると井上さんのキャリアにおいて、イベントへの参加が重要な転機になっているように見受けます。イベントへの参加もトレンドウォッチの一環なのでしょうか?
もちろんそういう側面もあります。同時に、トレンドを検証する場としての意味合いも強いですね。基本的にトレンドウォッチはワンウェイで、メディアを通じて入ってくる情報が発信者によって操作されていないとも言い切れない。だから、正しいかどうか見極める必要があります。その際に活用しているのが、イベントへ参加することで生まれるコネクションですね。自分の専門分野以外のエンジニアとディスカッションして意見をもらい、仕入れた情報の正誤を明らかにし、自分の言葉で語れるレベルまでブラッシュアップしていくというイメージです。その積み重ねが、知識を深め、視野を広げることにつながります。
― 一方で、現場のエンジニアからはイベントは敷居が高く、なかなか行けていないという話も聞きます。イベントに参加するコツみたいなものがあれば、教えてください。
最初は、様子見くらいの感覚でも、“とにかく話を聞くだけ”という受け身の姿勢でも問題ないと思います。自分自身もそうでしたし。大事なのは、閉ざされた空間から一歩踏み出すということ。参加すれば、「自分の専門分野とマッチしているな」「参加している人とコネクションをつくりたいな」などなど自分に合っているかどうかが見えてくると思います。コネクションができればコミュニティへと発展することもありますし、もし自分と技術を補完し合えるエンジニアがいれば活動の幅も広がっていきます。イベント告知ページを見ているだけでは、それらは判断できませんからね。コツというほどのことではないかもしれませんが、まずは足を運んでみるということをおススメしたいと思います。
― 日常のトレンドウォッチと並行して、エンジニアが身に付けておいたほうがいい技術とか、ベースとして持っておいたほうがいい考え方などはありますか?
個人的に身につけておいたほうがいいと思うのは、WEBの技術ですね。ネイティブプアプリもHTMLやJavaScriptで開発できるようになってきており、今後さらに可能性が広がっていく技術といえます。また、考え方の部分では、「ここは絶対に負けない」という分野を持っておくことが大切だと思います。“つまみ食い”の話にも通じますが、全部を追いかけていくことは不可能なので。「自分の得意分野・専門分野はココ!」というマインドセットをしておけば、トレンドウォッチする際の判断基準にもなりますからね。ある程度方向性を決めてインプットしていくことで土台が固まり、次のステップも見えてくるようになりますよ。
― 最後に、今“つまみ食い”しておくべき技術とは?
私が注目しているのは、2014年4月3日に1.0がリリースされた、大規模なJavaScript開発のために開発された新しいプログラミング言語、TypeScriptです。JavaScript を使用する機会は増えていますが、JavaやC#、C++を使用していたエンジニアにとってJavaScriptの習得はハードルが高い。しかし、TypeScriptを使えばJavaやC#に似た構文でプログラミングでき、JavaScriptにコンパイルされるという点が特徴です。もう一つ特徴を挙げるとしたら、さまざまなブラウザや開発環境で動作するという点ですね。Mac OS上の開発環境でTypeScriptを使っているエンジニアも多く、WEB開発に携わるエンジニアの方たちからの評価も高いです。また、関連書籍も既に国内外合わせて数冊出版されています。
― 押さえるべきとことは押さえて、肩の力を抜いて最新技術と向き合う。それが、トレンドウォッチするうえで大切なことなのかもしれませんね。今回のお話を通じ、トレンドウォッチのポイントが見えた気がします。貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
井上氏がコンテンツオーナーを務めるイベントのご紹介。
【de:code -Developers build the Future-】
主催|日本マイクロソフト
日時|2014年5月29日(木)―5月30日(金)
会場|ザ・プリンスパークタワー東京
詳細|http://aka.ms/decode14_cah
▼井上氏より
エバンジェリストのセッションの後には質疑応答の時間もあります。ぜひお気軽に足を運んでいただいて、気になることがあったら遠慮なくお声がけしていただきたいですね。29日の夜に開催するパーティーでは、エバンジェリストがゲストにお酒を振る舞わせていただく予定です。セッションの時間以外は会場内をフラフラしていますので、つかまえて話しかけていただけたら嬉しいです。
[取材] 城戸内 大介 [文]田中 嘉人
文 = 田中嘉人
編集 = CAREER HACK
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