「あと3年で30歳になる」というタイミングで自分のキャリアを見つめなおし、アメリカに渡るという道を選んだTomo Oginoさん。日米のデザインに対する価値観の違いや、日本人デザイナーがグローバルに活躍できる可能性とそのポイントを聞いた。
【プロフィール】
コミュニケーションデザイナー
Tomo Ogino
武蔵野美術大学を卒業、大学の研究室および日本の企業に勤務した後、一念発起してアメリカのArt Center College of Designでグラフィックデザインを学び直す。在学中にNYのTDC(Type Directors Club)を受賞し、成績優秀者に与えられるDistinctionを得て卒業。複数の企業の誘いを受けたが、ロサンゼルスでクライアントと直に関われるフリーランスのデザイナーとしてやっていくことを決める。それ以来、米Bowman Design GroupやPley、Tokyo Work Design Weekなど、様々な企業やサービス等のブランディングに携わっている。
― クライアントの多くがアメリカの企業というTomoさんですが、日本とアメリカでデザインやデザイナーの立ち位置の違いを感じますか?
世界的に、「かつてないほどデザイナーの価値や重要性が高まっている時期」と言われています。デザイナーという仕事の収入や将来性という面では、日本よりアメリカの方が総じて良いと言えるでしょう。アメリカでは、デザイナーがプロダクトやサービスのコンセプトレベルから関わることが多いです。「デザイン思考」という言葉に代表されるように、「デザイン」という言葉の指すものが広いんですね。さらに「エクスペリエンスデザイン(体験デザイン)」という考え方が主流で、これまでの視覚的なデザインを主としたデザイナーの役割を超えて、コンサルタントなど他の職種とのボーダーラインが良い意味で曖昧になってきています。
日本ではロゴやパッケージデザインなど「できあがったもの」をデザインと捉えることが多く、広義でのデザインの価値を理解している経営者が少ないと思います。アメリカでも、最近はちょっとしたツールがあればそれらしいデザインができるし、クラウドソーシングも使われていますが、安さや見た目の美しさだけを求める会社は私のところには来ません。デザインの真価やプロセスを理解してくれるクライアントを選別することも必要になりますし、良いクライアントに恵まれない時は、クライアントを教育することもデザイナーの役割です。そうすることで、モチベーションはもとより、自分のデザイナーとしての価値もあがりますし、ひいてはデザイン界全体の地位向上にもつながります。
これは、デザインの売り方の問題なんです。外見だけがきれいになれば良いのであれば整形手術のようにすぐにでもできますが、内面からの充実にはとても時間がかかりますし、そこでデザイナーの真価が試されるのです。コンセプトレベルで勝負するデザイナーは、幅広くマーケットを分析する統計やアンケートなどのサーベイだけでなく、対象を深く掘り下げるインタビュー等のリサーチの手法を取り入れたり、ワークショップなどを通してクライアントと共にデザインを作り上げていく過程、そしてインスピレーションの収集など、ペンをにぎってスケッチする前の部分に時間をかけています。日本のデザイナーには、デザインの多角的な部分をぜひ売り物にしてほしいですね。みんながそうすることで、世間のデザインに対する認識も高まっていくはずです。
― Tomoさん自身はどんな仕事のしかたをしているんですか?
私は、社名のロゴをリデザインしたい企業や、新しいサービスを提供するスタートアップ企業のブランディングの仕事が多いです。
デザインを始める前に必ずワークショップをするのが特徴です。クライアントと一緒にそのブランドの価値や意義、メッセージなどを見つけ出し、デザインのエッセンスとなるものを生み出す作業をする。その上で、そのブランドの本質を象徴化した長く愛されるアイデンティティデザインや、それに伴うデザインシステムを考えていきます。
クライアントから声がかかったときは、このような仕事の進め方をあらかじめ説明し、「価値の高いアウトプットを出すために、これだけのプロセスが必要です。だからこれだけの価格がかかります」ということを理解してもらった上で契約をします。
― アメリカで日本人デザイナーはどう見られているんでしょう?
日本はアメリカのデザイン業界でとてもリスペクトされてるんですよ。伝統文化はもちろん、例えば菓子パンの袋ひとつとっても、ユニークで面白いとブログで紹介されて、話題になっていたりします。また、私がLAに住み始めた当時、まだユニクロも無印良品もLAになかった時から、デザイナーの間ではウェブサイトやプロダクトデザインが話題になったりもしていました。
欧米や他のアジア諸国にはない独創的なデザインや、細かくて丁寧な仕事、品の良さ、それに「約束を守る」といったことも評価されています。だから私は、アメリカでやっていくためには「日本人であること」も自分のひとつのアドバンテージとして売り込むことにしたんです。
― 「日本人である」というだけで期待してもらえる、有利な状況にあるということですね?
そうです。ただ、やはり技術や実績は必要で、アメリカで仕事をするにはアメリカ人と同等ではだめです。同じレベルならアメリカ人を雇う方が企業にとってはラクですからね。企業からビザの発行をサポートしてでも「この人に働いてほしい」と思われるには、アメリカ人以上に存在の必要性を感じてもらわなければなりません。
― Tomoさんは、どういうところが評価されてきたのでしょうか?
大事なのは「これからもこの人と働きたい」と思われるかどうか。人間としての魅力やコミュニケーション力だと思います。
デザイナーでも「良い作品を作ればいい」というわけではなく、会議で発言しなければ存在する意味がないとみなされます。作品が良いのは当然のこととして、それをプレゼンテーションする語学力と説得力が必要です。日本人デザイナーは、そういうトレーニングを積んでいない人が多いので、実力があったとしても、それを表現する能力に乏しいことが多いように感じます。日本人にとっては美徳である「謙虚」や「言わなくても分かり合える」という思い込みは、ここでは役立ちません。
また、積極的に交渉するメンタリティも大事です。アメリカは交渉の文化ですので、私のようにフリーランスでなかったとしても、企業においても給料は交渉次第なのです。最初の頃は私もシャイで交渉下手だったのですが、経験を積むことで、自信を持って取り組めるようになりました。
― Tomoさんは日本の大学と企業を経験してからアメリカに行かれましたが、もっと早くに行けばよかったという思いはありますか?
日本で働いた期間について、以前は「時間をムダにしてしまった」と考えていたこともありました。でも、今ではあれがあって良かったと思っているんです。あの時にプロジェクトマネジメントの経験をしなかったら、今のような仕事の仕方はできなかったので。
よく日本の学生から海外に行くかどうかについて相談されるんですけど、みんな「新卒」という一度しかない機会を捨ててもいいものかと悩んでいますね。日本で働いていくならば新卒としてちゃんと就職できないとその後も厳しい、という状況があるから…。
私は、自分の夢や目的に沿って一番するべきことをやればいいと思いますが、新卒を気にする人には「そんなに気にするんだったら、一回日本で就職してみるのもいい経験になるよ」と言っています。周りを見ても、日本でフラストレーションを感じる経験をした人の方が、海外でいい仕事をしているという傾向がありますし、焦ることはないと思います。わたしがアメリカに渡ろうと決めたのも27歳の時です。当時の悩みがあってこそ、今の幸せを実感しています。
― 年齢は気にしなくて良いということでしょうか?
そう。アメリカでは就職の際に年齢を聞かれることはまずないですからね。実力主義のアメリカでは若くても仕事ができれば出世しますし、できなければ当然会社には残れません。それに、途中でキャリアのやり直しをする人も多いです。私が行った大学にも、キャリアチェンジをしてデザインの仕事で成功したいと、本気で学んでいる人がたくさんいました。
失敗したり、思い直して、やり直すことは全く恥ずかしいことではないので、年齢やこれまでのキャリアは気にせず、どんどんチャレンジしてほしいです。
― 最後に、Tomoさんの今後の目標を教えてください。
私はワークとライフを分けて考えていなくて、ライフが楽しければワークが輝く、ライフの中にワークが含まれていると考えています。12月に初めての子どもが生まれるので、喜びとともに不安もありますが、新しいチャレンジだととらえ、夫と一緒に考えながらやっていきたいです。それと、せっかくいろいろ学んできたので、それを社会に還元するために「教える」という活動もしていくつもりです。人生の大事な地点に立っている人たちに、デザインやそのキャリアに対して、できる限りアドバイスしていきたいですね。
― ますます充実したライフが待っていそうですね! 新たな活動も期待しています。ありがとうございました。
(Photo credits: Stella Kalinina, Taka Mark Kasuya)
文 = やつづかえり
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