2016.10.19
エンジニアと健全なバトルをしてますか? Increments 及川卓也が語る優秀なPMの条件

エンジニアと健全なバトルをしてますか? Increments 及川卓也が語る優秀なPMの条件

MicrosoftやGoogleでヒットプロダクトの開発に関わってきた及川卓也さん。現在、プロダクトマネージャーが育つ土壌づくりを推し進める。なぜ、業界全体での底上げに取り組むのか?及川さんのインタビューを通じて見えてきたのは、日本のITをより強くしたいという及川さんの思いだった。

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PMが育てば、日本のITは欧米に負けないくらい強くなる|及川卓也

プログラマー向けの情報共有サービス「Qiita」。提供元であるIncrementsでプロダクトマネージャー(以下、PM)を務めているのが及川卓也さんだ。

及川さんはMicrosoftやGoogleといった企業で、さまざまなヒットプロダクトの開発に関わってきた、まさに日本のPMの第一人者といえる存在。

PMは海外だと多くの優秀な人材がこぞって志願し、“ミニCEO“(プロダクトに対する経営者)と捉えられることも多い。しかし、日本における認知度はまだ低く、その重要性に見合った正当な評価を受けていないのが現状だと語る。

いま、日本におけるIT業界全体に言えると思いますが、きちんとPMが評価される土壌が整っておらず、優秀な人材が集まらないんです。とくにアメリカでは、優秀な学生はこぞってGoogleやAppleに入りたがります。でも日本の優秀な学生が選ぶのは、外資系の金融だったり財閥系の企業だったり。そもそもIT業界を選ぶ人は多くありません。

当然、働きに見合う報酬が受け取れない。裏返せば、PMという職種の認知度を高め、重要性が正当に評価されるようになれば、日本でも優秀なPMが育っていくはず。こういった考えのもと、及川さんは先日FiNCで開催された白熱プロダクト教室をはじめ、10月24日には日本で初のPM向けカンファレンスとなる「Japan Product Manager Conference」などに積極的に取り組む。

Japan Product Manager Conferenceなどのイベント開催を通じ、PMが育つ土壌を整えていきたいです。いま、多くのPMが活躍しているIT企業も存在します。社内での取り組みやそこでの知見をもっと社外にアピールしていく。教育の場やPM同士の横のつながりを作りたいです。 優秀なPMが育てば、日本のIT業界は欧米諸国に負けないくらい強くなるはず。

及川さんがこれほどまでPMの重要性を語るのはなぜか。そして優秀なPMに求められる条件とは?


[プロフィール]
及川卓也 (Takuya Oikawa)
Increments株式会社 Product Manager

早稲田大学理工学部卒業後、外資系コンピューター企業での研究開発、マイクロソフトでの日本語版・韓国語版Windowsの開発統括を経て、グーグルでプロダクトマネージャとエンジニアリングマネージャを務める。2015年11月より、プログラマのための技術情報共有サービス「Qiita」やドキュメントを軸としたコラボレーションサービス「Qiita:Team」を提供するIncrements株式会社にてプロダクトマネージャとして従事。エンジニアのキャリアプランニングやエンジニアリングマネージメントなどの領域で自社のQiitaやQiita:Teamの活用を軸としてスタートアップにアドバイスも行う。

PMは「ユーザーに提供できる価値」を定義せよ

Increments 及川氏

― 及川さんがPMを重要だと考える背景に迫っていければと考えています。そもそも、日本だとその定義も曖昧ですよね。

そうですね。私が考える定義は、プロダクトチームを組織し、製品開発を成功に結びつける中心的存在といえます。具体的な役割は、ユーザーに価値を提供できるプロダクトがどんなものかを定義して、それをエンジニアやデザイナーといったチームメンバーに共有すること。

ユーザー調査をしたり、市場調査をしたりして、どんなプロダクトが必要とされているのか、価値があるのかという段階からプロダクトに関わる。PMはプロダクトのすべてを網羅すべき存在。純粋なサービスとしてだけでなく、ビジネスとしてどれほどの成果が出せるのか、会社や組織にとってどんな意義のあるものなのか、事業サイドとの折衝を行うこともPMならではの役割と言えますね。


― プロジェクトマネージャー(以下、プロマネ)とも混同されやすいですよね。

プロマネは、実際にプロダクトの仕様やデザインが決まって、実装のフェーズになってからオペレーションを回していく役割です。 ですので、プロマネの役割はPMの役割のなかに含めるのが妥当だと思います。わかりやすく一番違うのは、PMは最初のアイデアの部分を担っているかどうかだと思います。


― アイデアから担う。PMの資質を持っている人材は限られているような気がするのですが…。

重要なのはチームとして成功することなので、自分に天才的な資質がなくても、チームのメンバーからアイデアを拾い上げて形にしていくことだっていいんです。

僕は人類における最高峰のPMとして、スティーブ・ジョブズをよく例に出します。彼は世の中のニーズを先取りして潜在的な市場を見つけ出す圧倒的な才能があった。組織をひとりで引っ張ってきた。ただ、誰もが彼のように天才的なPMになれるわけじゃない。その答えは組織やプロダクトのあり方、それぞれと言っていいと思います。

健全なバトルをしているか?

― PMのあり方はそれぞれでいいと。では、成功するプロダクトが生まれるチームに共通項はあるのでしょうか?

健全なバトルがあることですね。とくに、PMとエンジニアはどんどん意見を戦わせるべき。PMが求める仕様やプログラムを、どうやって実装するのか、そもそも実現可能かどうか判断するのはエンジニアですから。

これは僕がGoogleでPMとエンジニアリングマネージャーの両方を経験したうえで言えることなのですが、ユーザーにとって価値のあるプロダクトと、エンジニアにとって必要な技術や経験は必ずしも一致するとは限らないんです。

たとえば、ユーザーが求めているプロダクトが、既存の技術だけで作れるとすると、エンジニアは新しい技術を習得したり、経験を積んだりする機会を失うことになります。それではエンジニアが成長できない。 短期的に考えればいいかもしれませんが、長期的に見るとチーム全体にとってマイナスです。

組織に余裕がないと、PMとエンジニアリングマネージャーは兼任になってしまうことが多いですが、本当は別の人間がやった方がいい。PMとエンジニアリングマネージャーがそれぞれの立場で意見を戦わせて最適な解を見つけることが、チーム全体のプラスになります。


― バトルをしても、最終的にどこか着地点を見つけていく。とすると、妥協が重なってプロダクトの価値が失われてしまうということはないのでしょうか?

私たちが作っているモノは本当に価値のあるものだ、全員が納得できればやれると思えます。PMがメンバーに信頼されていれば、最終的にはみんなPMについていく。だからこそ、PMという存在はプロダクトの成功を左右する重要な存在なんです。

プロダクトの価値が失われるのは、PMがきちんと役割を果たせていない時。たとえ実装が難しかったり、自分たちの経験や成長につながらなかったりしたとしても、ユーザーに価値のあるプロダクトを届けたいという目標を達成することが絶対のミッションです。

PMはエンジニアからの信頼を勝ち得なければならない

及川氏

― プロダクトを成功へと導けるPMと、そうではないPMの差異はどこに出ると思いますか?

ひと言で言うと「人間力」があるかどうか。チームメンバーの信頼を勝ち得るだけの何かがあるかどうかです。たとえば、さきほど例に出したスティーブ・ジョブズは、圧倒的な先見の明があったから、チームメンバーから信頼されていました。

しかし、人柄は決して良くはなかったと評価されていますよね。逆に、その人自身にずば抜けた能力がなくても、チームメンバーがこの人の言うことなら信じようと思われるような人柄であれば、それは優秀なPMだと言えると思います。なので、 決して「人格者でなければいけない」ということではありません。


― その「信頼」を勝ち得るために必要だと思うスキルや経験はありますか?

以前は、優秀なPMにはエンジニアの経験が必要だと思っていたんです。でも、それも変わってきました。というのも、それは自分の経験に基づく判断でしかなかった。僕がこれまで作ってきたプロダクトのユーザーは開発者がメインでしたから、ユーザーにとって本当に価値のあるプロダクトを定義するために、エンジニアの経験が必要不可欠だったんです。

つまり重要なのは、ユーザーをどれだけ理解しているか。

たとえばプロダクトのユーザーが一般の消費者なら、エンジニアリングの経験は必ずしも重要ではないわけです。もちろん、実装するのはチームのエンジニアですから、コミュニケーションがとれるだけの知識は必要ですが。


― ということは、新卒や経験の浅い若手でもPMとして成功する可能性はあるのでしょうか?

もちろん、あると思います。ただそのためには、ユーザーに対する理解と、プロダクトへのこだわりが人一倍必要です。くり返しになりますが、PMにとって一番大切なことは、チームメンバーからの信頼を勝ち得ること。

経験の浅いPMでも、プロダクトの妥協のなさや、細かいところまでのこだわり、論理的思考力があれば、自分より経験豊富なエンジニアからも一目置いてもらえると思います。

実は、Googleには新卒のPMがいます。彼らの場合はMBAを取っていたり、コンピューターサイエンスを学んでいたり、かなり優秀な人材といえる。一方で、はじめは前提知識を持っていない人もいます。 ただし、高いレベルを目指して自ら学んでいけることは絶対条件だといえます。

そういった意味でも、いきなり「やってみて」と始めるのはむずかしいもの。経験が浅いうちには必要な知識を座学で体系的に教えた方がいい。そのうえで、実際の業務のなかでPM的な発想力を磨いていく、という教育が必要ですし、多くの企業の取り組みを紹介して取り入れていける。こういった「場」づくりをしていければと思っています。

(おわり)


文 = 近藤世菜
編集 = 大塚康平


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