18歳のアーティスト『ぼくのりりっくのぼうよみ』が、Webメディアを立ち上げるためにクラウドファンディングで支援を募っている。なぜ彼はアーティストでありながらWebメディアを立ち上げるのか。そして、どこへ向かうのか。『ぼくのりりっくのぼうよみ』の言葉を追いかけてみたい。
今、日本の音楽シーンにおいて「天才」と称されるアーティストがいる。
彼の名は『ぼくのりりっくのぼうよみ』(以下、ぼくりり)。もともとインターネットに音源を公開しており、音楽オーディションでいきなりファイナリストに選出されると、2015年12月、17歳のときにアルバム『hollow world』でデビュー。彼の紡ぎ出すリリックとメロディ、そして確かな表現力は多くの人の心をつかんだ。
2017年1月25日には、2ndアルバム『Noah's Ark』をリリース予定。収録曲の『Be Noble』が、映画『3月のライオン 前編』の主題歌に起用されるなど、注目度はますます上がっていくだろう。
そんな『ぼくりり』が新たなプロジェクトをスタートさせた。それが《CAMPFIRE》でのクラウドファンディングだ。目的はなんと「Webメディアをつくること」。しかも、すでに目標金額である500万円を大幅にクリアし、パトロン数は約680名(2017年1月21日時点)。2ndアルバムと同じ『Noah's Ark』という名を冠したメディアはすでにリリースされ、第一弾記事として研究者/メディアアーティストの落合陽一さんとの対談が公開された。
なぜ『ぼくりり』は、アーティストでありながらWebメディアを立ち上げたのか。そしてなぜクラウドファンディングという手法をとったのか。そして、何を目指しているのか…。核心に迫ろうとすればするほど、ひらりと軽やかに交わされ、同時にそのイタズラな表情で紡がれていく『ぼくりり』の言葉たち。そんな彼の言葉に翻弄されながらも、鋭い「未来へのまなざし」を垣間見た。
― いろいろお聞きしたいことがあるんですけど…まず、『ぼくりり』さんがWebメディアを立ち上げることにした背景から教えてください。
きっかけは、僕が社会に抱いた問題意識です。テクノロジーが発達し、情報が溢れかえっていて、人間の理解が追いつかない。この状況に危機感を覚えました。
僕、Twitterが好きなんですけど、たとえば「ラーメン食べたい」というTweetをしたらリプライが多いんですね。でも、「メディアやります!」、「クラウドファンディングで~」みたいなTweetには理解が追いつかず反応が薄い。タイムラインのなかでラーメンのTweetには反射的に反応しているわけです。ある種botに近い状態になっている。
「理解する」というフェーズが失われると、情報を自らの知恵に変えていくことができません。その先に待つのは哲学でいうところの「哲学的ゾンビ」だと思うんです。知恵、意識や感情、つまり人間の自由意志がどんどん失われていく。
自由意志のことを哲学では“クオリア”と言うのですが、クオリアを失った存在は生きる意志を持たず、その選択ができないゾンビそのもの。僕は、そんな哲学的ゾンビにならないための術や戦うための武器を共有したい。そこでメディアをつくろうと思いました。
メディア名であり、アルバムタイトルにもなっている『Noah's Ark』は、旧約聖書の『ノアの方舟』のエピソードに由来しています。情報の洪水によって自由意志が奪われていく現代の『ノアの方舟』をつくりたいな、と。
― なぜクラウドファンディングで出資を募ることにしたんですか?
今、自分が出資を募ったらどのくらいの共感を得られるのだろう、と。自分の価値を証明する、実験的な意味合いが強いですね。
価値を証明するとき、お金って便利な尺度なんです。たとえば僕のプロジェクトに3000円払ってくれた人がいたとします。その人はさまざまな使い道があるなかから『ぼくのりりっくのぼうよみ』のクラウドファンディングを選んでくれたわけです。僕にとっては価値を認めてもらえたということになる。
― 出資者は「ファン」という関係を超えそうですね。
誤解を恐れずに言うと“共犯者”ですね。出資することで「お金を払ったんだから、楽しまなきゃ」というある種の強迫観念が芽生えると思うんです。
『Noah's Ark』はあえて万人受けする内容にはしていません。『Noah's Ark』のようなメディアの場合、出資者とそうでない人とで得られる情報の質や量に差が出てきます。つまり僕のことを理解して出資してくれた人を対象としているからこそ挑戦ができる。
出資者のみなさんとは役割が違うだけで、僕との間にヘンな力関係みたいなものはありません。高揚感や達成感を共有していく存在になれると思っています。
― かたやで今回のプロジェクトって『Noah's Ark』の記事を読んでもらうことや音楽を聴いてもらうことが目的じゃないように感じるんですよね。一体どこをゴールに設定しているんですか?
何なんでしょうね…(笑)。強いて挙げるならプロセスであり、最終的には信用を集めていくということかもしれません。
今回は僕のやりたいことを理解してもらうために《CAMPFIRE》ページの説明文もがんばって書きましたが、ゆくゆくは何もせずとも「コイツならおもしろいことやるでしょ」と思ってもらえるようになりたい。絶大な信用を得ていくためのプロセス。
― 誰かのためにやるというものではない?
「誰かのために」という利他の気持ちだけでやるのは限界があると思うんですよね。当事者自身が発する言葉のほうが重みがあるし、そういうパワーってお金を払うかどうかにもつながります。
たとえば、募金活動にしても、サポートをしているボランティアの人たちが声をかけるよりも、当事者自ら動いて働きかけたほうが、説得力がありますよね。
あとは単純に「自分がやりたいからやる」という気持ちのほうが能動的だし、おもしろくなる。当然ですが、「僕はこれがやりたいんだ」と意志を表明したほうが、当事者意識は強いですよね。
― いろいろな意味でクラウドファンディングを自由に活用している印象を受けるのですが、『ぼくりり』さんはインターネットとどのように接しているんですか?
インターネットって、世界全体を切り取った一部分だと思うんです。だから「世界って何だろう?」と観察していて。
インターネットはどうしてもツール的な捉えられ方をされがちです。でも、たとえばTwitterのタイムラインも140文字の活字が並んでいるだけじゃない。世界の断片だと思うのですが、じゃあ、「その“世界”や“全体”って何だろう?」と。
“世界”や“全体”を知るためにすべてのアカウントをフォローしたところで、botばかりでタイムラインは混沌としてしまって何も情報として入ってこない。よく「世界では~」や「全体から見れば~」みたいな文脈で語られることがありますが、最近は“世界”や”全体”なんてものは存在しないんじゃないかとすら思っていますね。
― インターネットで世界の断片を集めている。こういった探求は音楽という表現活動はまた違うものなのでしょうか。つまり『ぼくりり』は何者になろうとしているのか、と。
う~ん…たぶん、コレというものはないですね。むしろ自分に何ができるのかを知りたいと思っています。今までも僕だからやれることを全部やってきただけですし。
音楽を始めたときも最初は趣味だったので、「これでお金を稼ごう」という意識はなくて、気付いたら今みたいな状況になっているだけ。だったら、自分が置かれている状況を“正解”にしたいな、と。今はアーティストとしての側面が強いですが、今後足を引っ張るんだったら引退してもいいと思っていますし(笑)。
目指すカタチとしては、「自分は○○です」と表現できない存在でありたいですよね。『ぼくのりりっくのぼうよみ』でしかないというか。代替可能な存在にはなりたくない。替えのきかなさや唯一性は大事にしたい部分。オールマイティーに何でもできるというよりも、何をしているのかよくわからないけど、いろんなことに特化した存在でありたいです。
― 表現ができない存在であり、同時に代替もされない存在。つまり本当のオリジナルということだと思うのですが、この時代、オリジナルであることほど難しいことはないと思います。やはりお手本とする人がいたほうが…?
作品を見ることはありますが、誰かをお手本にして、そうなりたいと思うことはないんですよね。好きなアーティストもいますけど、その人のアルバムを完全に聞いているというよりも、ある一枚だけがめちゃめちゃ好きという感じ。人よりも、成果に興味がある。だから、誰かを目標にするよりも、一つひとつ成果を残していくことが目指す姿への近道なのかな、と。
― 音楽だけにとどまらず?
そうですね。ゲームつくったり、漫画を描いてみたりってことには挑戦してみたいですね。バトル漫画とか興味あります。でも、絵の勉強は心が折れてしまいそうなので、原作とかで…(笑)。
― 「やりたいこと」や「好きなこと」をどんどん言葉にしますね。
発信してたら意外と何でもできるんですよ。「本を書きたい」と言ってたら、小説を書く機会もいただけたし。ハッキリ言って「こんなこと言ったらひかれちゃうんじゃないか」と不安な気持ちを抱くのは時間の無駄ですよね。自分が思うほど、周りの人は覚えていないし興味もない。気にせずどんどん発信していくことがいいと思います。発信し続けることで、ふとしたときに声をかけられることもありますからね。
― 具体的なお話をうかがい、今後『Noah's Ark』が、ひいては『ぼくのりりっくのぼうよみ』がどのような航路を進んでいくのか、ますます楽しみになりました。今日はありがとうございました。
文 = 田中嘉人
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