2017.06.07
サイボーグ技術で、「人間」を解き放つ。メルティンMMI 粕谷昌宏、未来へのまなざし

サイボーグ技術で、「人間」を解き放つ。メルティンMMI 粕谷昌宏、未来へのまなざし

「人間を、身体という制約から解放したい」こう語るのは、サイボーグ開発ベンチャー『メルティンMMI』CEOの粕谷昌宏さんだ。なぜ、粕谷さんはこのような発想に至ったのか。そして彼が見据える未来とは―。

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ロボットハンドに「学習」させる。メルティンMMI 粕谷昌宏

いわゆる「機械」とは根本的な何かが違う。素人目にもそのマシンが、異色であることは明らかだった。

メルティンMMIが開発しているロボットハンドは、人の皮膚を思わせる素材、無数のケーブルと機械が組み合わさっている。「筋電義手」の一種として括ることも可能だが、不気味に感じるほど、関節の動き方は機械の「それ」とは違っていた。


  


同社CEOである粕谷昌宏さんはこう語る。


「技術としてはロボットのテクノロジー、そして、機械学習を用いています。いわゆる義手ではなく、最終的には「義体」の開発を目指しており、その過程に位置するもの。つまり、ロボットハンドと言ったほうが正確かもしれません」


ワイヤーが伸び、その先に駆動源がある。そうすることで人間と同じような動きに近づける。多くの関節が連動して動くことで「力強さ」の再現にも寄与しているのだとか。


「あえてワイヤーを通し、モーターは外においています。実は人体と同じような構造。手を動かす筋肉も手そのものにはなく、そのほとんどが腕の周辺についています。だから手を動かすと腕の筋肉が動くんです」


メルティンMMI_粕谷昌宏さん


いわゆる「筋電義手」は、これまで腕に貼ったセンサーにより波形の有無を読み取り、制御するものが大半だったそうだ。しかし、彼らがつくっているロボットハンドは、波形そのものを「手」に学習させるアプローチ。


腕から発せられる波形、そのものを見分けていく。たとえば、グー、チョキ、パー…どの波形なのか。特にチョキは、小指、薬指や親指の動きと“パー”といった動きが組み合わさっています。複数の異なる生体信号のパターンを見分けることで、はじめてさまざまな動きが実現できるんです。なので、機械学習によってさまざまな波形を学習させています」


メルティンMMI_粕谷昌宏さん


「義手」というと、手の不自由な方の利便を高めるために開発されるもののようにも感じる。だが、粕谷昌宏さんは全く別の次元で「身体」を捉えていた―。


「手が2本、足が2本が健常であると誰が決めたのでしょう。そもそも、手や足の本数で「障害」と「健常」を分けることにあまり意味はない。私は0本であろうが、4本であろうが、本人が望む身体であるか否かで、障害か、健常か、規定されるべきだと捉えています」


彼らが目指しているのは、望む身体を選択できる未来。極端にいえば、腕が4本、足が4本といった体を本人が望むのであれば、それを叶えていくということ。つまりそれは「サイボーグの開発」を意味している。


「もっといえば、私は人間を“身体”という制約そのものから解放したいんです」


なぜ、粕谷さんはこのような発想に至ったのか。そして彼が考える未来の「人間」のあり方とは―。

身体という「物」の制約を無くしたい

メルティンMMI_粕谷昌宏さん


― まず粕谷さんたちが開発している義手、ロボットハンドといってもいいのかもしれませんが、アプローチが他とは全く異なると感じました。なぜ、こういった発想に?


私個人でいえば、もともとSFが好きだというのも影響しているかもしれません。既存の枠にとらわれない、サイボーグ技術をやりたいという思いがありました。

たまたま最初のテーマとして「手」を開発していますが、そこだけがやりたいわけではないんです。身体を代替する機械がつくりたい。もっといえば、自分が生きたいように生きられる世界、およびテクノロジーを生み出したいと考えています。

最終的には、脳から直接情報を読み出して、機械を制御できるようになれば、それこそ「身体」という物体の制約が全くなくなります。

すごく嫌いなのは、限界があるという状態。自分という存在は、何かしら外的な要因によって規定されている。だから、それを解放したいと考えています。


― 直接、脳から情報を読み出す…まるでSFのような話ですが、それが実現したとしてどのような未来がくるのでしょう。


それは、私にもわかりません(笑)もちろん世界が良い方に向かえばいいと思っています。

たとえば、身体の制約を取り除くとコミュニケーションの進化が起こるはず。感情であれ、意思であれ、今のところ、人間はアウトプットの手段として「体」をつかっていますよね。

今、この会話をしている「声」「表情」「しぐさ」それもすべて「体」が起点です。それを超えていく。つまり、音声や表情に置き換えることなく、思考や感覚をそのまま直に伝えることが可能となり、思考ベースで会話ができるかもしれません。そうすれば、コミュニケーションは円滑になり、かつ高速化されていく。

さまざまな研究も驚くべきスピードで進むでしょう。たとえば、10年かけて解明してきたことがたった1分で解明される可能性だってあります。現時点で人間が考えうることなんてちっぽけなもの。そんな人間の能力が飛躍的に向上できれば、人間とは何か。宇宙とは何か。そういう大きな命題に答えが出るんじゃないかと思っています。

人間を、人間たらしめているものとは何か

メルティンMMI_粕谷昌宏さん


― 表情も筋肉ですし、声も「音」という空気の振動。そういった制約を超え、コミュニケーションが高速化する。すごくおもしろいですね。粕谷さんご自身の体験も原点に?


そうですね。「言葉じゃなくて、そのまま思っている事を伝えられれば良いのに」とはずっと思っていました。

もともと子どもの頃から理数系が得意だった反面、言葉や文章にして伝えることが苦手で。なぜ、頭ではスピーディーに考えられるのに、相手に伝えるまでに音声やテキストに置き換えなければならないのか。もどかしさは原点にあるかもしれません。


― たとえば、言葉を介さず、意思伝達ができるようになったとします。「身体」という制約から解放される。同時に、それは「人間」と呼べる存在なのでしょうか。


難しいテーマですね。現段階において「人間とは何か」という明確な定義はなく、どう言ったらいいのか、私にもわかりません。ただ、感覚的にいえば、それはもう私たちが今思っている「人間」とは違う存在なのかもしれない。正確にいえば、いま、「人間」とされているものとは違う何かになっており、それを未来の人々は「人間」と呼んでいるかもしれない、ということですね。

じつは、私自身がこの分野に興味を抱いたきっかけとしても「人間とは何か」ということでした。私たちは何のために生きているのか。私という存在は何なのか。

この疑問に「答えを出さない」という選択を、絶対に取りようがない。なぜなら、それが私のコアな部分にあるからです。この目的が達成できるのであれば、こだわりや執着もありません。

たとえば、技術へのこだわりもあまりなくて。最近だと、再生医療にも興味があり、調べているところ。サイボーグ技術は複合的な領域ですし、それを突き詰めていけば「人間とは何か」を解き明かすことができる。そう考えています。

自分の能力は、研究室を飛び出すことで見えてくる

メルティンMMI_粕谷昌宏さん


― 粕谷さんご自身、研究をしながら、学生時代に起業されていますよね。研究の道でいくか、就職するか。はたまた起業か。理系出身者がキャリアの可能性を広げるために重要だと感じていることがあれば教えてください。


ポイントとしては2つあると思います。まずは何をしたいか、明確な「目的を持つ」ということ。もうひとつは「自分の価値を知る」という事です。

まずは何がやりたいか。これは持っていたほうがいい。「何がしたいか分からないけど取り敢えず大学院まで行きました」という人も増えていて。やりたいことがないという学生もいるのですが、絶対にあるはずなんですよ。ある話題について楽しそうに話すなど、誰にもでも興味が持てるものはある。そういうのを見つけ、かつ、目的を掘りさげていく。
現在、私はサイボーグ技術をやっていますが、それは目的ではありません。本当のコアにあるのは「人間とは何か」を解き明かすこと。興味が持てることから共通項を探っていく。そして目的さえ決まれば、そこに向かって何をしなきゃいけないか、自ずと見えてくるはずです。

もうひとつ、「自分の能力を知る」ということですが、 結構もったいない人もいて。研究室に閉じこもっていると似たスキルを持つ人との比較になってしまいますよね。その領域で尖った人がいると「自分は能力が高くない」と思ってしまいがち。ただ、社会的にはすごく評価されるスキルを持っている場合があります。

コミュニティの中だけじゃなく、社会全体から見た時、どのような特異性を発揮できるか。どのような価値が提供できるのか。それを知るためにも、研究室の外で活動してみたり、知り合いを増やしたり、かなり重要。そのような動きが仕事へと発展するケースもあります。趣味でやっていたとしても「うちの会社に来てよ」と誘われることも珍しい話ではありません。そのようにして、どんどん雇用やコラボレーションが生まれていくと良いですよね。


― 人生のテーマを見つける、コミュニティを飛び出してみる。いずれもキャリアの可能性を広げるために重要なポイントになりそうですね。理系学生はもちろん多くの人にとって参考になる話が伺えたと思います。また、現在、製品化に向けた開発も進行しているということで、さらなるご活躍、楽しみにしています。本日はありがとうございました!


文 = 白石勝也


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