TakramがISSEY MIYAKEと制作したコサージュ(花飾り)にはユニークな仕掛けが。ラッピングペーパーが手紙の便せんになっている。贈り手と受け手、「二人だけのメッセージ」が閉じ込められる。実際にプロポーズに購入した人もいたという。制作に携わったTakramの渡邉康太郎さんが背景を語る。
誰しも、家にはずっと大事にしているもの、捨てられれないものがある。お婆ちゃんが使っていたタンス。はじめての海外旅行で買った帽子。溜め込んだ映画の半券…。
きっと「あなただけの大切なもの」があるはずだ。Takramの渡邉康太郎さんはこう解説する。
「ものの背後には、思わず語りたくなってしまう記憶がある。思い出の『断片』は、ものの形をしながらも、人々の心の底にある物語を引き出します。」
TakramがISSEY MIYAKEとともに制作した、コサージュのラッピングにも「物語」を宿す仕掛けがあった。
関連:世界は一冊の本。読み解かれるのを待っている|Takram 渡邉康太郎
※本記事は、大人のための街のシェアスペース・BUKATSUDOにて開催されている連続講座、「企画でメシを食っていく」(通称・企画メシ)の講義内容をCAREER HACKにて再編集したものです。
「FLORIOGRAPHY」についてお話させてください。
みなさん、最後に手紙を書いたのはいつでしょうか。何か大切なことを、大切な人に伝えようとした時ですよね。
たとえば恋人に手紙を書く。伝えたいことはたくさんあるはずなのに、いざ便せんを前にすると、なかなか言葉が見つからない。こんな経験は誰しもあるはずです。
どうにか最初の一言を書き始められれば。
この「最初の一言」を書くために補助線を引くのが「FLORIOGRAPHY」です。
FLORIOGRAPHYはISSEY MIYAKEを代表するスチームストレッチ(生地にスチームを当てることで、生地が縮んで立体的な花のフォルムが生まれる)の布でできたアクセサリーで、花の形をしています。年末のホリデイシーズンの贈り物として使ってもらえれば、という思いを込めています。
花を包んでいるラッピングペーパーは実は手紙になっていて、メッセージを書き込めます。ただし白紙の便せんではなく、あらかじめいくつかの言葉が散りばめられている。
「DINNER」
「TOUCH」
「SKIN」
「SMILE」
英語で刻印されているのは、この他にも「待ち合わせ」「水曜日」「コーヒー」など、全て日常の言葉です。送り手は手紙を書き始める前に、いくつか目に留まった言葉を丸で囲む。
日常の言葉だからこそ、何かを選ぶと、贈り手と受け手二人だけの思い出が浮かび上がります。二人の関係自体を言祝ぐような手紙にしてもらえればと。
たとえば「DINNER」であれば、記念日の晩御飯を思い返すかもしれない。「WEDNESDAY」なら二人の水曜日の約束。きっとそれぞれの物語が手紙の上に花開きます。
偉大な人、声の大きな人の物語は、メディアを通して聞こえやすいものです。だけど、世界中にいる一人ひとりが全員、実は素晴らしい物語を携えている。そういう小さな「ものがたり」をそっと引き出すことのできる「ものづくり」が、僕の理想です。
「FLORIOGRAPHY」をつくって嬉しかったのは、「恋人にプロポーズしたいと来店した人がいた」という噂が聞こえてきたことです。彼ら、彼女らのプロポーズがうまくいったか、それはわかりませんが、きっと心に秘めた思いを、花と手紙に託してくれたのではと思います。
もう一つ私が手がけたプロジェクトの事例を紹介します。
ある本屋さんです。販売しているのは、たった一冊の本だけ。誰もがワンクリックであらゆる本を買える時代に、あえて、一冊だけの本屋さんをつくる。実験のような、遊び心のようなチャレンジです。この本は一週間ごとに変わります。その間、著者によるイベントを開催するなど、読者と著者、読者同士が出会う場所としても機能します。店長は森岡督行さんという方です。
ある時、森岡書店では野鳥の求愛行動をテーマにした写真集を扱っていました。僕も書店の中で本を眺めていたところ、大学生くらいの男の子がパッとお店に入ってきた。そして突然雷に打たれたような顔をして、本を買い意気揚々と出ていったんです。まるで「僕のための本だ」という表情でした。
僕の想像では、おそらく彼は「野鳥の求愛行動にもともと興味があった」わけではないと思うのです。想像で、ちょっと分析してみると…。
静かな通り沿いのとても小さな書店。しかも一冊しか本を置いていない。店先に目をやると、まるで一冊の本と「目が合った」ような気がする。「この場所は、この本は、僕のために用意された特別なものなのかも」と。これはある種の勘違いかもしれません。でも一人ひとりがそう思ってしまうような出会いです。
多くの冊数がある書店では、似た本がたくさん並ぶので、衝撃的な出会いはあるようでない。でも選び抜かれた一冊だけがあると、人はそこに意味を見出してしまう。個人に最適化できる自動レコメンデーションの時代にこそ、こういった「一冊だけ」というしつらえが意味を持ちます。
無名の人々の記憶は淡雪のように儚いもので、記録しないと、当然溶けて消えてしまいます。社会には残らない。でもそういった淡雪こそ、何かの形で残していきたい。
最後に、ある町の図書館ついてお話させてください。徳島県神山町に『Hidden Library』という図書館があります。小さいので「図書室」のほうがイメージが近いかも。これは出月さんというアーティストの作品でもあります。
ここは本を借りるというよりもむしろ預ける場所です。人生のうち3冊まで本を預けることができる。ただし条件があって、その人自身が神山町の住人であること。そしてタイミングは、卒業、結婚、退職の時だけ、つまり「人生の分岐点」に読んでいた本であること。1冊でも本を預けると鍵がもらえて、自由に出入りし、本を借りられます。
僕は住人ではないし本を預けてもいないので、中には入れなかったのですが、でも想像します。本棚の前に立ち、一冊の本に目を止める。背表紙に人差し指を掛けて引き出す。その時指にかかる重さは、本一冊の重さに加えて、誰かの人生の重さでもある…。
この一冊は、自分のお父さん、お母さんが出会ったという証拠なのかもしれない。親友のおじいちゃんの「卒業」を物語るものかもしれない。色々な人生の、バトンをつないでいくようなデザイン。
置かれている本の一冊一冊に、小さな淡雪の中に、どんな記憶が潜んでいるかはわからない。でもたしかに、名前のない町の住人たちの人生の記録になっている。形のない記憶の形見です。
僕自身も、こういった淡雪を掬い取るようなデザインの活動をしていきたいと思います。
撮影:加藤潤
文 = まっさん
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