映画『モテキ』や映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』などの衣装をはじめ、名だたる作品のスタイリングを担当してきた伊賀大介氏。監督やアーティストと対話を重ね、作品の世界観を「衣装」から支えていく。彼が信頼を集め、支持される背景には、細部にまでこだわり抜く仕事のスタンスがあった。
伊賀大介「作品を引き立てるスタイリング」へのこだわり
・「80円のポロシャツ」が教えてくれること
・人の意見を入れた方がおもしろくなる
・対話によって、作品理解を深めていく
・映画は考察しながら観るもの
・4年間、小遣い月1万円の修行時代
伊賀大介氏が語ってくれたのが、実写映画のスタイリングで心がけていることについて。作品の舞台となる街の雰囲気、時代考証などを踏まえていく。
渋谷すばるくんと、二階堂ふみちゃんが主演した映画『味園ユニバース』でスタイリングを担当させてもらって。冒頭のタイトルバックで渋谷くんが着ているのって「80円のポロシャツ」なんですよね。僕が西葛西で買ってきたやつ。
作品は、大阪で本当に起きそうなことが題材。だから、その街で、本当に生活しているよう見える服のほうがいいと思っていました。服が作品の世界観を壊してはならない。特に印象に残っているのが衣装合わせの時に、渋谷くんが黙々と脱いでは着て、試しながら決まったこと。なんか言葉を超えたところ、無言でセッションしていくみたいでした。
ふみちゃんが着ているのも、ミズノのランバードで。アディダスやナイキにはないローカル感があります。生活の匂いが染み込んだ服って、女優さんやジャニーズのみなさんが持ってる「オーラ」を服がうまく消してくれる気がします。
こういった作品の場合、服を買い付けるのにリサイクルショップってすごく良くて。普通の人たちが「もう着ねえや」みたいな服が置いてあるし。
映画に出てくる街を歩いてみることも多いです。イトーヨーカドーやイオンとか、イートインスペースで女子高生がたむろしていたり、イカ焼きを食いながらまったりしてるおっちゃんがいたり。同じ「イオン」でもバイブスが違う。
着てる服はもちろん見るけど、何をしているのか、どういった雰囲気か、観察しています。
もちろん、僕ひとりが「この服で」と決めるわけじゃない。監督はじめ、出演者のみなさんとも話し合って決めていくことがほとんどです。
僕はいろんな人の意見が入る方が絶対におもしろい物ができると思っていて。たとえば、若い女の子のスタイリングする時、最終的にどんな子たちの目に触れるのか、一番重要じゃないですか。
アシスタントの女の子のほうが年齢的に近ければ「どう?」って聞いてみるし。考える材料になる。いいと思ったら僕のほうから監督に提案することが多いです。
続いて、伊賀大介氏が大切にしている「対話」についても語ってくれた。
『モテキ』の時、監督の大根仁さんとめちゃくちゃ話をしたことが印象に残ってます。麻生久美子さんが演じた「るみ子」というキャラクターがいる。「彼女は実家住まいで手取りは21万円。家に3万入れて、数万のローンが組める。飲みに行く時の場所はあそこで…」とか飲みながら朝までよく語り合ってました。
表現したかったのは「このお話は“あなたの話”であり、“私の話”でもある」ということ。衣装で考えていくべきは、その時代を生きる人が、その時代に見ているものをどう盛り込むか。
長澤まさみさんが演じた26歳の「みゆき」にはバレンシアガのバッグを持ってもらいました。当時20代後半をターゲットにした雑誌でも取り上げられていて、すごくマッチすると思って。
大根さんが得意とする「あるある!」「そうそう!」の集大成にしたかったんですよ。
じつは、2011年に放映された映画ですが、クランクインする直前に震災があって。物語は「童貞が恋愛に奮闘してただ頑張る」という話。映画なんて撮っていていいのか?みたいな空気もあって。
ただ、逆に振り切れた部分もあるんですよね。
映画を観てちょっとでも気持ちが楽になってほしい。こんな時だからこそ観た人は「超楽しかった」でもいいし、「くっだらねえ」でもいいから。
監督や出演者と話をして、腹くくって、やるならとことんやる。その結果、本当に素晴らしい作品になったと思います。
ミュージシャンのスタイリングの時も、すごく話を聞いてますね。もしアルバムなら、つくるのに1年とか2年とかかかってるんですよ。歌詞を考えて、練習してレコーディングして。そのプロセスとか物語を無視してスタイリングはできない。
彼らの世界観を壊してはならないんですよね。「これが俺たちだ」ってちゃんと思ってもらえるビジュアルに近づけたい。だからとことん話をするようにしています。
作り手側でもある伊賀大介氏だが、普段、映画を見る時に気をつけていることもある。
映画を観る時、何を読み取るか。時代背景や社会情勢を踏まえて見ていく。これってすごく勉強になります。
シリーズものの中でも、2018年は『ワンダーウーマン』『オーシャンズ8』など女性がヒーローとして活躍する作品が多く出てきましたよね。背景にあるのは「Metoo」のような運動。2017年にアカデミー賞を受賞した『ムーンライト』もLGBTのような運動が背景にあったと推測ができます。
音楽にしても、脚本家や監督の選曲について考察する。ひとつの作品を「点」として捉えて、むすびつけていくことで、時代を紐解くメッセージになっていることが多い。インスピレーションももらえるし。
あとは昔の映画を観ることも多いですかね。ぜひ黒澤明の『七人の侍』は、脚本家の橋本忍が書いた『複眼の映像』という本を読んでから観てほしい。新たな視点がもらえるから。
とくに昔の作品って「志」とか「こだわり」がヤバいんですよ。妥協して作るのはダサい。後の世代が観た時に、ガッカリさせたくない。だから、危機感は常にありますよね。映画業界、スタイリストの仕事を次世代につなげていかなきゃって。
当然だが、伊賀大介氏にも新人時代はある。壮絶な師匠との出会い、そこから「かっこいい仕事」を、文字通り「体」で学んだのかもしれない。
もともと服飾の専門学校に通っていたのですが、全くやる気のない学生でしたね。
たまたま知り合いに、熊谷隆志さんを紹介してもらって。会って突然、「お前やる気あんのか?」って言われました。そこでオレの人生が決まりそうな気がしたんですよ。直感的に。熊谷さんに「学校やめたんで、弟子にしてください。明日から働けます」と伝えた。当然、親とはひと悶着ありましたけど…すぐ働き始めました(笑)
熊谷さん、とにかく私服がかっこよかったんです。掃除の人が着てるダスターコート、ボロボロのパーカーに年季の入ったワークブーツ…とかそんな感じ。
ただまぁ…修行時代は壮絶でしたね。マジで怒られる。いきなりプロの現場ですから。着せる服間違えちゃったり、裾上げを間違えちゃったり。それがスタイリストとして「一生」の仕事として刻まれてしまう。マジでやばいと思って食らいついていくのに必死で。
あと…熊谷さんの暇つぶしで60年代のストーンズみたいな格好させられ、「今日お前これで現場行け」とか。実際にやっていました。みんな引いちゃって、誰も突っ込まないんですよ。「ちょっとモヒカンにしろよ」とか「メイクしろよ」とか、いろいろやらされたな(笑)
4年間、毎月1万円の小遣いで、なかなかハードな修行時代でした。ただ、毎日が刺激的で、いろいろな現場を経験させてもらいました。もう1回やれといわれたイヤだけど(笑)
そんな中、たぶん僕にチャンスが降ってきたのは、まわりに「やりたいこと」を話し続けてたからなんです。根拠はなかったけど、夢だけはデカく語ってました。映画のスタイリングをやるとかもそう。とにかく「やりたいこと」のハードルは高いほうがいい。あとは「これなら絶対に負けないもの」をつくる。こだわり抜く。このあたりは持ち続けたことかもしれません。
※本記事は、大人のための街のシェアスペース・BUKATSUDOにて開催されている連続講座、「企画でメシを食っていく」(通称・企画メシ)の講義内容をCAREER HACKにて再編集したものです。
撮影:高野和樹
文 = まっさん
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