2019.08.26
奥深き「本の装丁」の世界へ。佐藤亜沙美が語る、ブックデザインという仕事

奥深き「本の装丁」の世界へ。佐藤亜沙美が語る、ブックデザインという仕事

ブックデザイナー佐藤亜沙美さんが『本の装丁』デザインで大切にしてきたこととは?8年間在籍していたコズフィッシュでの日々に今の姿勢を決める「金言」があった——。

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念願だった、祖父江慎さんの事務所へ

人気ブックデザイナーである佐藤 亜沙美さん。彼女がこの道を進むきっかけから語ってくれた。

ときどき「これは自分のために書かれた本だ」と感じる本と出会うことがあります。

ちょうど21歳のとき、広告デザインの仕事をしていて、表現方法を探しに、毎日、本屋に通っていました。その時期に思わず手に取ってしまう本と、手に取らない本があって。

ある日、私が手に取る本のほとんどが「祖父江慎」というブックデザイナーの方がデザインを担当されていることに気がつきました。祖父江さんが担当された本は堅い印象の本もあるなかで圧倒的な個性を放っていました(笑)。

当時、広告デザインに対して、どこか迷いを感じていたんです。不特定多数の大勢に伝えることの不確かさ、心もとない気持ちがあったのだと思います。

広告の世界は、自分が作ったモノがどこに届いているのかがわからない。その曖昧さがとても苦手で…。

そのとき、祖父江さんのデザインに触れ、少なくとも「私」には届いていた。「この人は、私に必要なことを絶対に知っているはず」と確信し、勝手に師と決めて「事務所で働かせてほしい」とお願いしつづけました。

当然「いまはスタッフを募集していないから」って断られ続けて。それでもと頼み込んで、土日だけのアシスタントを申し出て手伝わせてもらって。事務所に人手が必要になったタイミングで在籍させてもらえることになりました。

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【プロフィール】佐藤 亜沙美
1982年生まれ。ブックデザイナー祖父江慎さんの事務所「コズフィッシュ」に8年間在籍。2014年に独立、『サトウサンカイ』設立。2016年より『Quick Japan』アートディレクター、2019年からは「文藝」アートディレクターを努める。その他『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)『生理ちゃん(小山健)』など人気書籍の装丁を手掛ける。

「普通」に落ち着かせない

こうして祖父江さんの事務所で働くことになった佐藤さん。ぶつかったのは「普通」からいかに逸脱できるか? デザインの必然性を問われる日々が待っていた。

祖父江さんに何度も何度も叩き込まれたのは、大きくこの2つ。

「その作品じゃなきゃ成立しないデザインなのか」

「お金をかけてできるものが必ずしも面白いわけじゃない」

あともうひとつ、ずっと心に残っているのが、

「『普通』にすることで落ち着かせないでね。」

という言葉でした。「それっぽいデザイン」を提案すると、必ず指摘されました。その作品への考え方が必然性に乏しいということだったのだと思います。

「普通」であることは安心だし、なによりわかりやすい。あらゆる面で便利です。なんとなくしっくりきたような気持ちになってしまう。でも、意外性に欠けるので刺激も少なくなってしまう。これは個人的な考えですが、「頭より身体や目の方が賢い」から、誰もがすぐに理解できる表現だと目の喜びが少ない。思考を積み上げてできたデザインは頭で見るデザインになってしまう。

ブックデザインの難しさ、おもしろさは「作品をどう飛躍させるか」にあると思っています。デザインできずに悩んでいた時、祖父江さんにもらったアドバイスが「言葉で構築しようとせず、直感的に面白いと思ったことを視覚化するといいよ」というものでした。

どうすれば「それっぽさ」から逸脱できるか、考え続けるということ。デザインの必然性に探し出すプロセス。その力をトレーニングしてもらった時間でしたね。

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「紙一枚」に手描きのラフを

もうひとつ、デザインに行き詰まったとき、アイデアをよりシャープにしていく術を明かしてくれた。

祖父江さんの事務所に在籍していた8年間のうち、しばらくはただただもがいていました。作品を読み、デザインの必然性を探り、視覚的な刺激を見つける。…当時のわたしにはとても難しいことのように感じていて、長い時間ピンとこなかったんです。

その中でも先輩がやっていた「手描きでラフを書く」という方法をやるようになって、少しずつ掴めてきて。A4一枚で描いて、最初のうちは先輩に意見をもらっていました。フィードバックをもらって、リテイクしながら、祖父江さんに見てもらう。

1枚にまとめることで、人に伝えるための筋肉が少しずつ身についていきました。自分が考えていることがビビットになり、考えが視覚化されて、デザインのアウトラインが見えてきます。その段階で立ち上がったものが、読者に真っ直ぐ伝わっていくものになる。「自分の考えをまとめる」という作業にも近い。自分が何を面白いと思っていて、それを伝える上で何が必要なのか。よくアドバイスいただいたのは「遊びは1つに絞って強く」ということでした。その作品へ遊びの刺激を高めるために、他の遊びを捨てる勇気を持つ。その一点を絞るためにも俯瞰できる一枚のラフは有効です。

もうひとつ、手描きであることも大切に感じています。デジタルの良い点は、たとえば「四角」を描くと、真四角にできてしまう。でも、手で描くと絶対に真四角にはならない。正確すぎない線のあいだに面白いアイディアが転がっていることもあって。自分が考えてもいなかったところへ飛躍して、派生していく。たとえば、ラフを編集者に見せたときに、対話の中から意外なアイデアが生まれることもある。そうやって有機的なやりとりができるのもとても気に入っています。

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印刷所の人たちにも、やさしいデータを

>次に、佐藤さんがお話してくれたのは、仕事のスタンスについて。

もちろん装丁は作家、読者のためのものでもあるのですが、印刷所の方々にとってもやさしいデザインであることは大切だと思っています。

印刷所の方とお話をすると「入稿データがめちゃくちゃなんだよ」という愚痴をこぼされる方がときどきあります。いまはソフトも充実していて、デザインがしやすくなっていますが、その先の印刷の現場でどんな人たちが働いているのかが見えづらくなっていると思います。私も最初は現場のおじさんに「こんなデータで印刷できるか」ってよく叱られていたんです。だから、現場で働く人たちにとってどんなデータが優しいのかを教えてもらうことができた。すごくそれは幸運なことだったと今は感じています。確かにデスクの上でデザインをして、データを送りさえすれば印刷することはできます。でも、現場ではたらく人たちは大変な思いをしながら、様々なフォローをしてくれているんです。残念ながら印刷したものだけが届いて、どれだけのフォローがされたか見えないからなかなか気付きにくい部分ではあるのですが…。

どこで誰が苦労しているのか、ということは常に意識しています。だからこそ、できるだけ現場にも足も運びます。デスクの上で起きていることが全てじゃないし、私はそのデータの中に現場の人への感謝も忘れないようにしたい。

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誰か一人を徹底的に思い浮かべる

より良いデザインをする。そのために何をすべきか、佐藤さんの答えはとてもシンプルなものだった。コズフィッシュで「チャーミング」であることは人とコミュニケーションがとりやすくなることだと学びました。刺激的な表現だけではなくて、可愛さも含めた表現であることで受け取る人に「挨拶」できる。攻撃的なだけではなく、あくまでデザインはコミュニケーションをつなぐものであることを忘れないように、と思っています。個人的には強く刺激的な表現が好きです。強い表現を求めて、もっと刺激的にしたい、見たこともないものを作りたいと思っていた時期もありました。今振り返ると、自分にとっての刺激と誰かにとっての刺激はイコールじゃないってことに気付いていなかった。おそらく、受け取る人よりも自分の考えを優先したために、伝えるために必要な部分が欠けていたのだと思います。今はまず最初に誰がどういうものを必要としているのか、それを最優先に考えるようにしています。受け取る人を一人仮想して、徹底的に思い浮かべる。年齢も、性別も、服装とかまで含めて思い描いていきます。そうすることでピントがぶれなくなる。仮想したその人にまっすぐ届け!と、考えやすくなりました。

良いデザインはどのように届けべきかが考え尽くされていると感じます。受け取る人がいて、その人が手に取ってはじめて伝わったと思える。毎日、それの繰り返しです。

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※本記事は、大人のための街のシェアスペース・BUKATSUDOにて開催されている連続講座、「企画でメシを食っていく」(通称・企画メシ)の講義内容をキャリアハックにて再編集したものです。
*「企画メシ」の記事一覧はこちら

撮影:加藤潤


文 = 千葉雄登
編集 = 白石勝也


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