インドの農家人口、約2.6億人を救おうとスタートアップに挑む日本人がいる。それが『SAgri(サグリ)』坪井俊輔さん(24)だ。なぜインドなのか?「より課題が大きく、困難を抱えた人がまだまだ多い」と坪井さん。さらに「市場の成長が期待できる」と事業の成功を見据えているーー。
人工衛星から取得した農地データを活用し、より正確な「農作物の収穫予測」や「農地スコアリング」で、貧しい地域の農業を支援する。
こういった「農業イノベーション」を志すのが、坪井俊輔さんだ。ソリューションは、単なるデータ提供に留まらない。
「どのくらいの収穫量が見込めるのか。どのくらいの肥料散布が、いつ必要となるか。とくに貧しい地域の農家が"情報”を手にすることで、お金の借入、未来への投資も可能になる。ファイナンス面での支援を行い、農業のあり方にイノベーションを起こしたいと考えています」
実際、2019年4月にインドに現地入り。インド人4名を含む7名のチームで事業開発に取り組む坪井さん。より具体的に彼らの提供サービスと、その背景にある「志」に迫った。
坪井俊輔(つぼい しゅんすけ)/1994年生まれ、神奈川県出身。2014年、横浜国立大学理工学部に入学。 大学在学中、NPO法人ETIC主催の私塾『MakersUniversity』1期生に採択。2016年6月株式会社うちゅう設立し、「宇宙教育」をテーマにした教育事業運営に従事。2016年8月、宇宙を切り口にした教育支援を目的にルワンダとカンボジアを訪問。2017年4月『一般社団法人DMMアカデミー』1期生に採択。2018年4月に第三回日本アントレプレナー大賞を受賞。 2018年6月にSAgri株式会社設立。2019年7月「10年間で10億人に良いインパクトを与えることができるアイデア」を募る『ジャパン・グローバル・インパクト・チャレンジ 2019』(シンギュラリティ・ユニバーシティ主催)にて優勝。現在はインドと日本を行き来している。貧しい地域における農業イノベーションに取り組む。
『SAgri(サグリ)』は農地データに特化した日本のスタートアップだ。まず彼らが提供するサービスの詳細について伺った。
『SAgri(サグリ)』は2018年6月に日本でスタートし、データをもとに、農薬・肥料の最適なまき方、収穫に最適な時期などがわかるアプリケーションを提供してきました。
独自なところとしては、どの畑で、どのような作物が、どのくらいの量、収穫ができるか、農地のスコアリング(評価)にデータを活かす部分です。
具体的にいうと、「衛星観測データ」に「土壌解析データ」を補足していくといった手法をとっています。
まず「衛星観測データ」でいえば、農地における有機物層量、植生指標などのデータが誰でも無料で取得できます。もうひとつ、「土壌解析データ」は、農地から「土」を持ち帰り、微生物量、植物の成長と必要とされる窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)などの含有量を測定していきます。
この2つのデータを組み合わせにより、収穫量予測や、農地のスコアリングに役立てていこうとするものです。
もともと世界規模での課題を解決したいと考えていた坪井さん。グローバルでのスタートアップにおいて、インド進出の理由については「課題の大きさ」と「市場規模」が決め手と語ってくれた。
インドの人口は約8億人、労働者でいえば5億人ほど。そのうちの約57%、つまり約2.6億人が農業に従事していると言われています。日本の農家人口は約175万人と言われ、減少傾向にある。そういった中、インドには大きなチャンスがあると考えました。
インドの地方の農家は「信用」がなく、金融機関から良い条件でお金を借りることができない現状もありました。農作物の適正価格もわからず、買い叩かれるケースもある。これが悪循環となり、貧困から抜け出せていない。
そもそも、どの農家が適切に農作物をつくっているのか。あるいは、どの農家がファイナンスを必要としており、お金があれば農作物がたくさんつくれるのか。
複雑なパラメーターがある中でも、金融機関が取れないデータを私たちが供給し、見えない情報を見える化していく。そうすることで、融資ができるか否か判断がつきますし、保険などの与信管理にも応用できると考えています。
もうひとつ、僕らが重視したのが、どのくらい市場の成長が見込めるのか。
インドだと地方でも少しずつ農業用機械の活用が進んでおり、農家一人ひとりがスマホも持ち始めていて。また、一部ですがドローンを使った肥料散布や農地の測量なども行われるようになってきました。さらに農村地域に金融機関が進出している率も上がっていた。
先進国などで見ていて起こっている農業のイノベーションですが、順番としては、農薬・肥料など適切な量を把握する「データ型農業」が進み、そこから機械化が進んでいく。そういた意味でも、インドで同じようにイノベーションが加速するはずです。
2019年4月からインドと日本を行き来し、事業開発に臨む坪井さん。今まさに多くの壁と向き合っているところだ。
そもそもこのビジネスは、日本人だけで成立するとは思っていません。日本人が直接インドの農家にアプローチするというのはかなり厳しい。言語面もそうですし、文化的な面もそう。そこで僕らは農家を支援している団体、ローカルな銀行と手を組むスキームを模索しています。
また、現地の方々の意識を変えていくことも欠かせないこと。たとえば、僕が農村地域に行くと「日本人はお金持ち」と思われ、すぐ「お金をもらえるんじゃないか」と近づいてくるところからスタートすることも多いです。
お金をあげることは簡単ですが、ただ、それだと全く継続性がない。自分たちの力で貧困から抜け出し、自立していく。そのために「収益があがる農業」を一緒に立ち上げていく。僕たちも本気になるから、あなたたちも本気になってください、というのがビジネスの本質ですよね。
僕らがやりたいのは、慈善事業ではなく、ビジネスです。経済を循環させ、持続可能な仕組みをつくりたい。また、世界規模での社会課題の解決を謳うと「ボランタリーな活動は儲からない」と言われることもあるのですが、僕はその逆を見ていて。冒頭にお話したように2.6億人を相手にできる規模なら必ず儲かるはずです。
最後に伺えたのが、坪井さんを突き動かす原動力について。そこには、ある意味「使命感」にも似たものがあった。
じつは約3年前ですが、東アフリカのルワンダという国での強烈な体験が、僕が原点となっていて。とても悔しかったことがあるんです。
僕はもともと2016年につくった「うちゅう」という会社で、教育事業を展開していました。1カ月ほどの教育プログラムで海外にも行くことになって。そのうちの一つがルワンダでした。そこで出会った小学生たちくらいの子どもたちのことが忘れられないんです。
彼らは「中学校にいって勉強したい」という夢を語ってくれました。でも、それが叶わぬ夢だとも自覚している。決して叶わない夢について笑顔で話す、それは一体どんな気持ちなのだろう、と。彼らの親の多くは農家。子どもたちが親を手伝うのが当たり前です。家族にとって大切な労働力である子どもは進学させられない。1日の生活費が150円以下という家庭が7割もある。
親がそうしてるから、やらなきゃいけない。生まれた時からもう運命が決まっているんです。ただ、本当にそれでいいのか。そんな「運命」を覆せないか。研究者の卵でもある自分にできることはないか、そう考えるようになりました。
その時に「もし農業が自動化できれば、子どもたちが学校にいく時間がつくれるのではないか」と考えるようになりました。それが巡り巡って、自分自身の人生として、新しい方向に行く選択も生まれるはずだ、と。
僕は、恵まれた日本という国で生まれて、幸いにも大学では好きなこと、「宇宙」に没頭ができました。ただ、もともと中高時代は宇宙に熱中しすぎて、かなり「異端」な存在。いじめられ経験もあります。それでも自分の人生は「宇宙」という軸が見つけられて、本当に幸せだったと思うんです。
それであれば、次に、生きる意味は、仕事を通じ、誰かの機会をつくることにある。本気でそう思うことができた。世界規模で多くの人たちが「自分ではどうしようもできない現実」を余儀なくされています。だからこそ「自ら選択ができる未来」を僕はつくりたい。そういった場づくりを、私は事業としてやっていきたいですね。
取材 / 文 = 白石勝也
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