「リプライで送られてきた写真で『ない本』をつくります」── そんなちょっと不思議でちょっとゆるいアカウントが密かな人気を集めている。日常のさりげない風景を、あっという間に空想小説のカバーに変える能登たわしさん。こんな企画、どう思いついた?そこには、小説家を志す男の情熱、そして葛藤があった。
家族で海水浴をしたときに何気なく撮った写真が、本格SF小説の表紙になっちゃった!
そんな不思議な体験を届けてくれる人がいる。
ありそうで『ない本』をつくる、能登たわしさん。「リプライで送られてきた画像で空想小説のカバーをつくる」という、一風変わったTwitterアカウントだ。
リプライで送られた画像で「ない本」を作ります。 href="https://t.co/Z9qubfLGJa">pic.twitter.com/Z9qubfLGJa
— ない本 (@nonebook) October 6, 2018
たとえばこんな何気ない海水浴のワンシーンが、「傾いた惑星」というありそうでないSF小説の表紙に変身!裏表紙には、しっかりこんなあらすじも書かれている。「ハードウェアエンジニア・鍬原耕記がある朝目覚めると、66.6度傾いていた。片付けもそこそこに外に出た鍬原が直面したのは全てが傾いた世界だった……」。
最近はSNSだけではなくテレビも注目し、フジテレビ系列「ワイドナショー」でも取り上げられるまでに。
しかし、「僕は小説家志望のただのサラリーマンです」と開口一番こう答えた能登さん。
彼はなぜ『ない本』を始めたのか。そして、彼にとって『ない本』はどういう位置づけなのか。そのちょっと不思議でちょっとゆるめの創作活動を紐解いていくと、小説家を志す人間の静かな情熱、そして葛藤が垣間見えた。
ー『ない本』、おもしろい活動ですよね。作品を見て思わず笑ってしまうものもあって。なぜこんな企画を思いついたのか、すごく気になります。
ありがとうございます!僕、もともと小説を読むことやネットで大喜利サイトで遊んだりすることが好きで。ひと言で言うと、『ない本』は趣味の延長みたいなものですね。
本は子どもの頃から好きで、学生時代から小説を書いて新人賞に投稿したりしていたんです。二十歳ぐらいの頃に短編と長編が新人賞の最終選考に残ったこともあったんですが、結局ダメで。
それに小説って、たとえば1ヶ月かけて書いて、編集者の人にチェックしてもらって、また書き直して、みたいにすごい時間がかかるんですよ。8年くらいそんなテンポで小説やって、結果もなかなか出なくて……一度は心が折れてしまった。
一方、ネットはすぐにレスポンスがあるので楽しく続けられていました。デイリーポータルZで活躍しているライターの江ノ島茂道さんに声をかけてもらってブログサイトの運営に参加したり、それこそ自分でサイトを立ち上げたり。
自分のサイトで企画をいくつかやってみて、ネットのわかりやすさを使ったら色々面白くできるかもなって思ったんです。とくに知り合いの宇野なずきさんという短歌好きに、街中で撮影した日常写真で一句詠んで素敵な画像をつくる企画をお願いしたらすごくウケて。
考えついたのが、自分が好きな小説と画像をかけあわせた『ない本』でした。小説を書くのに疲れていた時期でもあったんで、ガス抜きというか(笑)。
ー「趣味の延長」から、ゆるく始まったものだったんですね。
そうですね。あとは、ちょうど転職したタイミングだったのも大きいです。そのとき、完全未経験でクリエイティブ系の仕事に就いて。
さすがに勉強しなきゃついていけないなと思ったんですが、根が怠け者なので、家でPhotoshopやIllustratorの練習なんてしたくなかった。でも、自分が楽しいと思えることなら続けられるので、まぁ練習がてらって感じですね(笑)。
ー実際に、『ない本』をやりはじめて反響はどうだったんでしょう。
それが…ある日寝て起きたらTwitterのフォロワーが4万人ぐらいになっていました(笑)ビックリしましたよ。今まで自分のツイートが単発でウケても、増えるフォロワー数はせいぜい10人ぐらい。『ない本』も最初100〜200人ぐらいだったのに、「こんなことあるんだ!?」と思いました。
もともとは、Twitterで5〜6個つくったらそれぞれにコメントをつけながら1つの記事にしようと思っていたんです。でもバズったことで記事化が面倒になってしまって(笑)。「Twitterでウケてるならもういいかな」と。
当初は「小説あるある」的な作品を10個つくったら終わりにするつもりだったんですが、こんなかかりっきりになるとは思いませんでしたね。パターンも自分の持ち玉だけでは限界がきて……10個を超えてからは「小説あるある」ではなく、普通にストーリーを考えるようになりました。裏表紙に書かれたあらすじは全部オリジナルなんです。
ー全部オリジナル!すごいですね。どんな内容なんですか?
ミステリーが多いですかね。もともとミステリー小説が好きなんですけど、なんと言うか、つくるのが楽で(笑)。裏表紙のあらすじ200文字足らずのなかにひとつ謎や事件などの大きな展開を書いておけば、とたんに物語が動き出すので「面白そう」と感じさせられる。自分の得意領域が、200文字での表現に向いていたんだと思います。
あと、創作というよりは大喜利をしている感じですね。それこそ「写真でひと言」的な視点は常に持ち合わせているような気がします。そんなに得意じゃないですけど(笑)。
だから正直、小説活動には全然活きてないのかも(笑)小説を書いてるときは、『ない本』のことは一切考えてないです。
ーお話をうかがっていると、『ない本』に対するいい意味での脱力感が伝わってきます。
『ない本』を生業にしていこうとは全く思っていないからかもしれませんね。
それよりも、僕はやっぱり小説をちゃんとやりたい。でも、家でひとりで黙々と書いているのはツラいし、たまには褒めてもらいたいので。だから、怠け者の僕ですが、一度も『ない本』を辞めようと思ったことはないんですよ。つくっている途中でめんどくさくなることはしょっちゅうですが(笑)。
生活自体は変わらないですが、『ない本』のおかげでメディアに声をかけてもらう機会は増えて。いい意味で承認欲求が満たされているところはあります。
ただ、小説家としてはもっとハングリーでひねくれていたほうがいいような気もしていて。難しいですよね。ひねくれすぎたものを読みたい人ばかりでもないわけですし。そのあたりの気持ちのバランスは難しいところですが、とりあえず世間に飽きられるまでは『ない本』を続けていきたいと思います。自分が飽きちゃうか、どっちが先かわかんないですけど(笑)。
ー本業じゃないからサクッと辞められる。その距離感もいいですね。能登さんのように、自分がおもしろいと思うことや好きなことを気張らず続けて、かつそれが人を楽しませてるってすごく素敵だなと。
たしかにバズを狙ったつもりもなかったので、逆にそれ良かったのかもしれないですね。僕の中で『ない本』って、バカにされてもやり続けられるというか。
それは小説を書くのも一緒で。「小説を書いていて大変で……」という話をすると、「大変なら、やめたら?」と言われることがあります。
でも、そういうことじゃないんですよね。ツラいし、眠いし、遊びに行きたいけど、やりたいんですよ。楽しいから。そういうところに楽しさ、生き甲斐を見い出していないと、いくらおもしろいことをして有名になろうと思っても世の中に気付かれるんですよね。「あ、ニセモノだ」って。
ーつくり手がガチすぎてこそ、「ホンモノ」なのかもしれませんね。
そうですね、あとは「面白がってもらえるもの」をつくるには、やっぱり煮詰まった世界に骨の髄まで浸かって、打ちのめされるといいですよ(笑)。
僕の場合は小説や大喜利の世界で全然ウケない経験をして、自分よりヤバい発想の人とたくさん出会って……『ない本』は、だからこそ生まれた発想だったのかなって思います。
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