わずらわしい賃貸契約や役所の手続きが、スマホひとつで完結できちゃう?『e-sign』は、世界最先端の電子国家「エストニア」からやってきた“電子契約プラットフォーム”だ。いったいどんな仕組み?無料ってホント?ぶっちゃけ、日本でうまくいくの?── 仕掛け人の日下光さんに、サービスを徹底解説してもらった。
◎契約書の取り交わしがスマホだけでできる電子認証・電子署名サービス
◎ブロックチェーン上にタイムスタンプを記録し、高セキュリティを実現
◎マイナンバーカードや運転免許証の登録だけで簡単に「デジタルID」を作成可能
◎法人・個人関係なく、誰でも無料、無期限で使える
◎APIによりサードパーティーのサービスも利用可能
─『e-sign』日本展開のリリースを拝見しました!ただ、「電子契約プラットフォーム」がどんなものなのか、いまいちイメージがついていなくて…
分かりやすくお伝えすると、僕たちは「デジタルハンコアプリを使った電子契約」といった表現をしています。人の手でやっている契約書の署名捺印行為を、本人性を担保しながらデジタルでできるようにしたのが『e-sign』です。
たとえば家を借りるとき、不動産屋に赴いて契約書にサインしハンコを押すじゃないですか。『e-sign』なら、運転免許証やパスポートなどを読み取って自分の「デジタルID(デジタル身分証)」を作成し、『e-sign』上にアップロードされた契約書に電子認証・電子署名するだけ。
つまり、自分自身が現実世界で店舗などに赴かなくても本人証明ができるようになるんです。わざわざ海外や遠方に契約書を送るといった必要もなくなる。賃貸契約だけじゃなく、保険の加入や雇用契約、ローン契約など、『e-sign』に登録していればあらゆる契約をデジタルで行なうことができるようになります。
もともと『e-sign』は、エストニアの技術を参考にしています。エストニアでは、ほぼ全ての国民がe-IDというマイナンバーカードのようなものを用いて電子契約をしているんですね。e-IDの普及率は98%。電子契約は、もはや「インフラ」として日々の生活に溶け込んでいます。
逆に、紙の契約書を出すと裏取引なんじゃないかと疑われるほどです(笑)確かに紙は容易に改ざんできてしまうので、署名捺印した契約書に何か書き足されてしまっても、「こんなの最初は書いていなかった」と証明できませんよね。
でもデジタルだったら、書き足された瞬間に契約書のハッシュ、いわゆる暗号化された文字列が変わってしまうのでそれを証明できるんです。なりすましや改ざんを防げるので、効率面だけでなくセキュリティ面でも紙の契約をアップデートし、次のスタンダードになるものだと思っています。
【プロフィール】日下光(くさかひかる)
2013年よりブロックチェーン技術の調査・受託開発をスタート。ブロックチェーンを国家の仕組みとして世界でいち早くインフラ化したエストニアに目をつけ、2017年にエストニアに渡り、blockhiveを設立。世界初の電子国民プログラム『e-Residency』のアドバイザーとして現地でのキャリアをスタート。blockhiveとしては、エストニアの最先端デジタル技術をもって、日本の民間企業や自治体に向けソリューション提案および開発を行なう。2019年10月に、電子契約プラットフォーム『e-sign』の日本展開を発表。
─「本人証明して署名捺印する」という行為をデジタル化することによって、契約の効率化や不正防止ができる。それが『e-sign』の大きな特徴なんですね。
そうですね。ただ、電子契約はあくまでデジタル社会の実現のためのいちツールと言いますか、第一弾にすぎなくて。僕たちがやりたいのは、『e-sign』というプラットフォームを基盤にし、日本で「デジタルID」を普及させてあらゆるムダをなくすことなんです。
たとえば日本で引っ越しをしようと思ったら、不動産屋で何枚もの契約書に同じことを何回も書きますよね。調べてみたら、合計8回も書くんです(笑)
それでもまだ終わらなくて、今住んでいる地域の役所と、次に住む地域の役所にそれぞれ転出・転入届を出す。つまり「引っ越し」という一つの事柄だけで、最低10回も同じことを繰り返すんです。しかも、役所に行くために有給まで使って。
最近自分自身が引っ越しを経験したのですが、本来仕事や家族のために費やせる時間が、「手続き」という望んでいないものに消えてしまっているのだな、とあらためて実感しました。
一方、エストニアにはワンスオンリーという考え方があって、一度入力した情報は二度と登録しなくていいんです。例えば引っ越しの際は、デジタルIDを使った住民情報データベースがあるので、専用のサイトにログインして住所を変更するだけ。朝の通勤時間などにスマホでぱぱっと対応して終わりです。
僕は2017年からエストニアと日本で二拠点生活を送っているのですが、これを「知ってしまった不幸」と呼んでいます。デジタル社会エストニアでの生活を知ってしまったので、僕にとって日本での行政手続きにかかる時間はかなりの「ペイン(痛み)」なんです。
人がもっと本質的なことに時間を使えるよう、とにかくムダをなくしたい。『e-sign』を通して、いかに人の時間を一分一秒でも増やせるか。これが僕たちの最大のテーマだと思っています。
─ 『e-sign』は、誰でも使える完全無料のサービスなんですよね。
じつはリリースする本当にギリギリまで、有料プランを有するSaaSモデルにするつもりだったんです。でもエストニアから日本に帰ってくる飛行機で「いや、やっぱ無料だよな」って急に思い立ったというか。
そもそも「ハンコを押す」という行為にお金はかかっていない。それに、メールがEメールに変わってコミュニケーションにかかる時間やコストが飛躍的に減ったのに、サインがe-signになって高くなるのはおかしいなと思ったんです。
インターネットやSNSの普及を見ても分かるように、結局、有料会員同士でしか使えないものは隅の隅まで広まらないし、インフラにはなりえない。デジタル社会の実現においては、「無料」というのがトリガーになるはずだと思ったんです。
実はエストニアでは、国が無償で電子契約プラットフォームを提供しているのですが、日本ではまだそれがない。それでも民間企業にやれない理由を探したら、なかったので。だったら自分たちでやってしまおうと思ったんです。
従って、『e-sign』に関して言えば、本当に一銭も収入がありません(笑)今後有料にすることもないですし、これは本当に、ただ「腹をくくった」というだけ。
ただ僕たちはもともと自治体や企業に対してデジタルIDやブロックチェーン技術を活用したソリューションを提供しているので、マネタイズは開発やコンサルティングサービスの提供を通じて行なっています。『e-sign』を入り口にデジタルIDソリューションに興味を持ってもらえることもあるので、広告のような役割もあるのかもしれませんね。
─ 最後に、こんなことを聞くのも失礼かもしれませんが…ぶっちゃけ日本で「デジタルID」は普及するのでしょうか。
時間はかかるかもしれませんが、3~4年以内にはある程度行き渡った状態にしたいし、できるとも思っています。
国の動きとして、政府はいま「2022年までにほとんどの住民がマイナンバーカードを保有している状態」を目指し、かなりの予算を使っている。さらにはデジタル手続法が可決し、2023年までに「電子政府化」の目標が掲げられています。
消費者としての実感値は薄いかもしれませんが、国としては、デジタル化に向けてかなりドライブをかけている状態。つまりここに民間がどれだけ連携していけるかで、デジタル社会実現へのスピードは大きく変わってくるはずです。
もともとなぜエストニアでここまでデジタル化が進んだかというと、僕は官民双方が歩み寄ったからだと思っています。コンパクトな国なので、人々が感じているペインが皆似ているというのもありますが、国民一人ひとりの当事者意識みたいなものが強かったんですね。だから、エストニアには政策を加速させるようなサービスを仕掛けるベンチャーやスタートアップがたくさんいた。
日本でデジタルガバメントとかデジタル社会と聞くと、「政府がやること」と思う人が多いですよね。「日本は全然デジタル化が進まない」「マイナンバーカード、全然普及してないじゃん」って、なんとなく政府批判にみたいになってしまう風潮もある。
でも、ではマイナンバーカードをもっと利便性の高いものにしてやろうという民間企業がいるのかというと、まだ多くないと思うんです。
決して民間企業を批判したいわけじゃありません。でも、官民が手を取り合っていけば日本はきっとよくなる。その中で僕たちは、両者間のブリッジになれればいいなと思っています。とにかくハッキリ言えることは、デジタル化が進んだエストニアでの生活はとても快適、ということです。
取材 / 文 = 長谷川純菜
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