様々なWEBサービスやスマホアプリが登場する昨今。UI/UXについて語られることは多いが、もっと深い部分で、ユーザーについて考え開発されたアプリがある。国内初の視覚障がい者向け住まい探しアプリ『HOME’Sアクセシビリティ対応版』がそれだ。開発者である池田氏が大切にした考えとは?
テクノロジーによって、どんどん生活の利便性は向上した。技術の進歩が世の中を豊かにするためにあるのなら、その恩地を存分に享受しているといえるだろう。追い切れないほどのスピードで登場するWEBサービスやスマホアプリ。数々のサービスをみてきたが、今回は少し趣向の違うものにスポットを当ててみたい。
2014年4月11日に公開された『HOME’Sアクセシビリティ対応版』は、日本初の視覚障がい者向けの住まい探しアプリだ。開発したのはネクストのHOME'S事業本部プロダクト開発部リッテルラボラトリーユニットに所属する池田和洋氏。
アプリのダウンロード数は400を超えた程度と、ヒットアプリと呼ぶには値しない。しかし、ダウンロード数でこのサービスの価値を決めることは無意味だ。健常者であればアクセシビリティ対応版を使う必要はなく、サービスを届けたい相手が少ないことは明らか。注目したいのは、先に述べたテクノロジーが我々の生活を豊かにしてくれるものである以上、いや、だからこそ解決しなくてはいけない課題があり、そこに真正面から取り組んだアプリであること。
機能・デザインのどれをとっても、これまでの開発とは違う気づきがあったと語る池田氏。どんな想いを込めて、どんな工夫をしながら取り組んだのだろうか。きっとそこには、すべてのサービスに通ずる、ユーザー視点のヒントが隠されている。
― 視覚障がい者向けの物件探しアプリを開発なさったわけですが、そもそもつくることになったきっかけはどこにあったのでしょうか。
IT・エレクトロニクスのCEATECというイベントに参加しまして。そこでiPadの手書き電話アプリに触れたんですね。音声を使った通話ができない人でも、筆談で電話ができるというアプリなんですけど。技術的にはとてもシンプルなんですが、個人的にはすごくいいな、課題をうまく解決してるなって思ったんです。
それからしばらく、どんなものをつくろうか考えていました。いろいろと考えたんですが、手書き電話アプリのインパクト、課題に対して的確に解決してるなっていう印象が強く残っていたんです。障がいを持つ人の課題を解決できないだろうかって。
その後にVoiceOverというiOSの機能に触れたことで、視覚障がい者に対してサービスを届けられる環境があることを知ったんですね。これが、開発のきっかけになります。
― ニーズとして、視覚障がい者の人が部屋探しに困っているという事実があったんでしょうか。
着想してから調べていったんですが、もちろん健常者に比べたら少ないんですけど、ある一定のニーズは存在するなと。話を聞いてみると視覚障がいの人が部屋を探す場合、どなたかにサポートしてもらいながら店舗を訪れて…というケースが多いみたいでした。やはり変えていける部分は絶対にあるので、解決すべき課題はみえていたわけです。
次の行動として、専門家や視覚障がいの人から話を聞いてみる必要がありますから、東京都盲人福祉協会と日本盲人会連合という盲人協会のかたに連絡をしました。快く対応していただけて、すぐに足を運んでヒアリング、課題を抽出して試作をつくってフィードバックをもらって…を繰り返す形で完成までたどり着いたという感じです。
― 試作を繰り返したわけですが、その間に得た気づきはどのようなものがあったんでしょうか。それこそ、プロトタイプに対する反応ですとか。
最初は、すごく戸惑われていましたね。使っていただいてるのを隣で見ていたんですが、明らかに戸惑っているのがわかる。課題解決へのアプローチはそうですが、そもそも課題に対する理解が浅かったというか。自分が常識だと思っていたことが、まるで通用しないということの連続でした。
具体的には、物件検索を行なうときに、地域から選ぶことがありますよね。関東で物件を探す方がボリュームとしては一番なので、並びとして関東を一番上に持ってくることが多いかと思います。でも視覚障がい者の人は、いきなりここで戸惑うんです。日本地図を頭に浮かべたときに、画面の上に北海道があるのが自然ですよね。でも不動産のサイトやアプリでは違うことが多い。健常者であれば問題ないんです。ぱっと見で全体像を把握できるので、「関東が一番上にあるんだな」という認識すらせずに使える。
でも視覚障がいの人は、一つひとつの項目を音声で確認していく。「関東がきて…北海道ってどういうことだ?」みたいな感じになるんです。ですからルール決めが大事で、ちゃんと北から南に並んでいますよ、という理解しやすいルールを決めて、その通りに設計していく必要があるというのは大きな気づきでした。
― なるほど。健常者の視点だけでは気が付くきっかけがないですよね。気にせず、多くのアプリがこうだから…みたいに流してしまうような。画面の全体像を一目で把握できない、というのは他のところでも気をつけなくてはいけない課題ですね。
そうなんです。例えば物件を絞り込んでいく検索機能についても同じことがあって。もともとは検索などの機能ボタンを一番下に集約していたのですが、上部にあるほうがアクセスしやすいという声を受けて変更しています。
また検索条件についても、プロト段階では2画面に分けていたんですね。どうしても項目数が多くなってしまうので、ダラダラと長い画面になると不便なんじゃないかと考えて。ところが1画面にして細かくカテゴライズしてあるほうが使いやすいという声があって。利便性の高い方を選択して、現状の仕様になりました。
― 試作を持って行ってはフィードバックを受けて改善して…というやりとりを何度くらい重ねたんですか。
最初はヒアリングをとことんやって、その後からは改良しては使ってもらうというのを繰り返しました。都合で二桁以上はやりとりしましたね。本当に最後まで、根気強く付き合っていただけて。最終版では初回と異なり、大きく戸惑われることもなく使っているのを見て安心しました。ドキドキしながら見ていたんですが、「概ね使いやすい」との言葉もいただけて。
― 機能面とか視覚障がい者の要望とか、課題解決を図る中での困難はありましたか?「もう完成させるのは無理かもしれないな」って思ったこととか。
あります、あります。例えばVoiceOverなんですが、あまり知名度が高くなかったこともあり、情報がとにかく少なかった。日本語になっている情報が少ないというのもあって、苦労しましたね。iOSの深い部分に手を加えないと動作が安定しないことがあって。一個ずつ読み上げていく順番が狂ってしまう現象が起きたことがありました。解決するためにアップルの技術者の方にお話を聞いたりもしたんですが、あまりに深い部分になると詳しくなかったりして。リファレンスを参考に調べて動作検証して回答くださったのですが、その回答通りにうまく動かなかったり、正解を導くまでに時間がかかりましたね。
― それでも乗り越えてきたのは、やっぱり視覚障がい者に届けたいという想いの強さがあったからでしょうかね。
今回のアプリって、不動産の検索を一気に変えるとか、視覚障がい者の利便性を劇的に向上させるには至らないとは思っています。でも、そこにアプローチするきっかけにはなると信じていて、なにがなんでもきっかけをつくるぞっていう想いでやりきりました。
正直に言うと、まだ未完成というか、ユーザーの希望に応えられていない部分が明確にあるんですよ。写真なんですけど。やっぱり外観とか内装、間取りの写真になっている情報を知りたいって声はもらいました。当然ですよね。でも、今のところまだ解決できていないんです。
今は別のプロジェクトを動かしているんですが、その中で閃いたり、新しい技術を見つけたりして、いつかは解決したいと思っています。まだ完成版じゃありませんから。
[取材・文] 城戸内大介
編集 = CAREER HACK
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。