2012.10.04
「好きなモノを作る」という生き方。《リズムシ》の作者が見据える新時代のキャリア。

「好きなモノを作る」という生き方。《リズムシ》の作者が見据える新時代のキャリア。

「オレは」「DJ」「お前は」「マイケル」などのフレーズを組み合わせてラップができるiPhoneアプリ『ラップムシ』でお馴染みの《リズムシ》シリーズ。この累計300万DLを誇る人気アプリの作者が成瀬つばささんだ。組織に属さず、“自分の作品で生計を立てる”次世代クリエイターとしてのキャリアに迫った。

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やりたいことで食べていく。次世代クリエイターの新しいキャリア像。


「定年まで同じ会社で勤める」といった価値観が通用しなくなりつつある現在。WEB・IT業界で「ノマド」がバズワード的に広まるなど、自らの働き方=キャリアを自らで選ぶ時代になってきたと言える。

そんな中、組織に属することなく、自ら作ったモノだけで生計を立てる注目の若手クリエイターがいる。それが《リズムシ》シリーズの作者「成瀬つばさ」さんだ。リズムシはシリーズ累計300万ダウンロードを誇るiPhoneの無料音楽アプリ。手描きのかわいい脱力キャラが人気で、グッズ展開も順調に進んでいる。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門では新人賞を受賞。ICCで開催された「オープンスペース2012」の展示『リズムシさんのへや』など、アート作品としても高い評価を受けている。

2012年3月に大学院を卒業し、フリーの「メディアアーティスト」として歩み始めた成瀬さん。一体どのように生計を立て、どのようなキャリアビジョンを描いているのか?「これからの時代」を生きるクリエイターの新しい働き方=キャリアに迫った。

「自分の名前でやるからこそ意味を持つ仕事」だけを選ぶ。

― 成瀬さんは大学院を卒業し、そのまま“アーティスト”としての道を選んでいますよね。周囲には就職活動をする人も多かったと思うのですが、自分の進路に迷いはなかったのでしょうか?


リズムシ

そうですね、会社に所属して働くというスタイルは合わないと思いましたし、とにかくものを作ることが好きなので「自分のクリエイティビティが発揮できることだけで生活する」ことに挑戦していこうとするのは、私にとっては自然な選択だったと思います。

プログラミングや音楽制作など、今の自分が持っているスキルだけで見れば、なんとかこなせる一般的な仕事もあるとは思います。でも、「成瀬つばさ」という自分の名前でやるからこそ意味を持つ仕事がしたかったんです。音大・美大時代の後輩や同じ時代を生きる作り手に対して、在学中からしっかり準備をすることで「自分で作ったモノで生計を立てる」という働き方ができるんだ、ということをなんとか示していきたいという気持ちもあります。

「やりたいことは仕事にしない」という考え方もありますが、私の場合、プライベートな時間だけで良い作品を作れる自信は無いんです。まだまだ未熟な部分も多いですし。だからとにかく生活の全部を制作に当てたかった。そうすると、必然的に自分の作品で食べていくしかないわけで。1秒でも多くの時間を使って研鑽を積み、技術を磨く。その積み重ねによって人に驚きや感動を与えることができるから、当然需要がうまれて、ビジネスにも繋がっていく。このような循環が理想ですね。音大で学んだ西洋音楽の価値観を、私なりに解釈した考え方です。

最近のアプリやwebサービスなどのコンテンツは、ある意味アイデア重視のような風潮があるのでは、と思うこともあります。「勉強を始めてから数週間でアプリを作ました」というケースも時々見かけます。でも、クラシックの世界で「練習を始めて数週間のピアノ」は、たくさんの人に聴かせるようなものではありません。長い間の積み重ねがあってこそ、作れる作品がある。そういうものを作っていきたいですし、そういうものが評価される世の中であってほしいとも思います。

仕事を「頼まれる」ために、種をまくことを怠らない。

― とはいえ、好きなことを仕事にするのは簡単ではないですよね?今はどうやって生計を…?


ジッケン

今はスマートフォン向けアプリが旬ということもありましたし、アプリをきっかけにいろいろなお仕事をいただくようになりました。アプリ制作以外にも、例えばリズムシさんの世界観でイラストの仕事をさせてもらったり、ワークショップや講演会、キャラクターグッズ展開などもやっています。


― それはリズムシのヒットがあったから見えてきたことなのでしょうか?


いや、あくまで自分が好きなことがビジネスにつながった、と言ったほうが正しいと思います。グッズの制作なども、あくまで “作る”という活動の延長線上にあるもの。商品化される前から、創作活動の一環として個人的にバッジやバッグを作っていました。たくさんの人に作品の世界を知ってもらうために、たくさん作れたらいいといった感覚に近いかもしれません。

そのためにも、仕事を「頼まれる」ような状態をつくることを意識しています。私の作品の世界観は、自由に作らせてもらえてこその表現です。だから他の人の意見によって作品の内容に手が加わると、築いてきたイメージがすぐに崩れてしまう。そういう脆さは持っていると思います。例えば、自分から提案して行った場合、その企画を通すために色々な条件を出されてしまう場合も多いんですよね。それではダメで、あくまで頼まれる形で、譲れない条件を先にしっかり提示して「それでもいいですか?」と了承が得られた企画だけをやっていく。わがままにも思えますが、そうすることによって作品の世界観が守れるので、安心して世に送り出すことができるんです。まだまだひよっこだからこそ、最大限気をつけてお仕事をしています。


― その「仕事を頼まれる状態」は具体的には、どのようにして作っていけばいいのでしょうか?


iPhone

こういう仕事が可能なんだと社会に“アピール”すること。そして、その企画に対する“説得力”があることは不可欠だと思います。作品や表現が評価されても、何もアクションを起こさなければ、なかなかきっかけはやって来ない。何か賞を受賞できたとしても、WEBで名前や作品を検索した時、ほとんどヒットしない、連絡先もわからないという状態ではたくさんのチャンスを逃してしまう。自分のWEBサイトやSNSで「仕事を頼まれる」ために、自分ができること、やりたいことを“アピール”することも大事だと思っています。小さなお仕事の前例を作っていったり、社会の動向に目を配りながら“種まき”をしていく。ただ、その結果誰かの目にとまってたとしても、実績がなければなかなか企画を通してもらえない場合が多いんじゃないかと思うんです。受賞歴であったり、ダウンロード数であったり、サイトのPV数であったり、「この人に仕事を頼んでも大丈夫だ」と思わせられる“説得力”もやはり必要だと思います。

「やりたいこと」で生活するために、現実的な計画にまで落とし込む。

― 成瀬さんのお話を聞いていると、ものすごく現実的に「作品づくり」と「生活」の両立を考えていらっしゃると感じます。地に足が着いているというか。


DJ

「アーティスト」のイメージには似合わないかもしれませんが、私は細かいお金のやりくりも得意だったりします。仕事上の経理はもちろん、家計簿をつけるのもすごく好きです。質素な暮らしが好きなのでそもそも出費が少ないんですが、制作意欲を妨げない程度に、色んな節約術を研究していたりもします(笑)。こういった「いかに生活をしていくか」といった部分に関して、収支バランスまで含めて細かく考えていくことは意外と重要なことかもしれません。

「なんとなく漠然と憧れの職業があって、なんとなくそうなれたらいいな」なんて思っているだけでは何も動き出しませんよね。進路を決めて行くとき、自分の力で収入を得て生活していく選択肢を考えていながら、今の生活に一体1ヶ月でいくらかかっているのか、1年の生活にいくら必要なのか、把握できていないケースも多いんじゃないかと思います。その段階で夢を追いかけるのは現実的じゃないと思うんです。

実際にプロの人に「どうやって暮らしているのか」具体的な話を聞いて、自分の将来的なビジョンに当てはめていく。そこから逆算して考えていって、どんな生活スタイルなら可能なのか、どのくらいバイトもしたら生活を続けられるのか、実生活と理想のギャップを埋めていって少し先の見通しまで立てていく。早い段階から「どう現実にしていくか」というふうに意識を移せたら、ゴールまでの中継地点が置きやすくなるのではないでしょうか。具体的な仕事のイメージを掴まないうちから憧れたり、目指したり、挫折したり。本当はちょっとおかしなことだと思うんです。よく調べて現実的な計画にまで落とし込んでいくことが大切だと考えています。


― 最後に、これからの目標を聞かせてください。


自分なりに考えた「アプリ」という形での音楽作品というのを、普及させていきたいですね。リズムシシリーズは「生成音楽」や「インタラクティブ・ミュージック」として作っている側面もあります。「生成音楽」といえば、ブライアン・イーノが素晴らしい作品を作っていますが、一般の人にまで当たり前のように普及した、とは言い難いと思うんですね。そういうものを「キャラクター」という入り口を通してたくさんの人に体験してもらえたら、と思っています。だから、受け手が「押せば音がなるジョークアプリ」だと思っていてもそれはそれで良くて。むしろ、誰もが知らず知らずのうちに生成音楽を体験しているという状況が理想的ですね。ある場所ではきちんとアートとして評価されていても、女子高生は「このアプリまじでくだらない」なんて言っていたりもする。その状況をすごく面白く思っています。来年1月に行なう予定の企画として「リズムシさんのカフェ」というものがあるんですが、そこでも「カフェ」というたくさんの人が日常的に使っている場所を入り口にして、自然に音楽やアートを体験してもらいたいと思っています。

今は個人のアーティストやクリエイターにとってすごく可能性のある時代だと思います。私の場合も、Appストアというプラットフォームが、たくさんの人に作品を知ってもらうきっかけになりました。企業が大きな予算をかけて制作したアプリと、個人で作った作品アプリが並列に扱われ、面白いと思ってもらえたらランキングが上がる。このようにフラットに勝負ができる場は、今後もっと増えていくと思いますし、アプリに限らず自分が作りたいと思える作品に適したデバイスやツールもたくさんあります。あとはとにかく死ぬまでつくり続けたい。プロジェクトによっては、死後も続くような形も良いですね。とにかく積み重ねを続けて、少しでも良い作品を世に残していけたら、と思っています。


編集 = 白石勝也


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