惜しまれながらも10年の歴史に幕をとじたPerlカンファレンス「YAPC::Asia Tokyo」。その運営を担ってきた牧大輔さん(@lestrrat)だが、新たに「builderscon」なるカンファレンスを立ち上げる。ゼロからスタート、「技術を愛する全てのギーク達のお祭り」にかける思いとは?
CAREER HACKでも協賛するなど応援してきた「YAPC::Asia Tokyo」だが、惜しまれつつ10年にわたる歴史に幕を閉じた。そんなYAPC::Asia Tokyoの運営を担い続けてきたのがJapan Perl Association立ち上げにも携わった牧大輔さん(@lestrrat)だ。
そんな牧さんが新たに「builderscon」なる技術カンファレンスを立ち上げるというニュースが飛び込んできた。
2016年12月3日に第一回開催を予定。テーマは「知らなかった、を聞く」。牧さんいわく「技術を愛する全てのギーク達のお祭り」だという。
牧さんの「builderscon」立ち上げにかける思いとは?そこにあったのは、エンジニアが幸せなキャリアを歩むために大切な考え方、そして若手へのエールだった。
プロフィール 牧大輔
起業、ライブドア、LINE等を経て現在株式会社HDE在籍。Japan Perl Associationを立ち上げYAPC::Asia Tokyo運営に10年間携わる。現在は2人の子供の父親業の傍らコードを書き、さらに新しい技術カンファレンスであるbuildersconを準備中。著書に「みんなのGo言語(共著)」「モダンPerl入門」などがある。
▼12/3(土)開催 bilderscon
チケット販売開始:10/17~
トーク応募:10/30〆切
詳細はコチラから → https://builderscon.io/builderscon/tokyo/2016
― さっそくなのですが、「builderscon」を立ち上げる背景を教えてください。
まず大きくは、使っている言語や技術スタックにとらわれない「おもしろい話だけ聞ける場をつくりたい」というところがありました。
YAPC::Asia Tokyoは一定の成功を収めたといっていいと思うのですが、運営者の立場からすると、唯一とも言える問題は“Perlにフォーカスしたカンファレンス”だったということ。YAPC::Asia Tokyoは最終的には様々な技術を取り込む方向に進化したのですが、それでもやはり名前や運営団体の建前として「なんでもいいからワクワクする話を聞かせてよ!」と大声で言いづらかった。
特定の技術にフォーカスしたくないのは、今となってはひとつのシステムを開発するにあたり、一番うしろから前の前まで、ひとつの言語で書くなんて無理だと考えているからです。こういった時代において一つの言語ないし、スタックに限定したカンファレンスを「長期的」に続けるのはかなり難しいのではないかと考えていました。
― なるほど。そこからmediumで「builderscon」の投稿につながったと。
そうですね。2月くらいの投稿だったかと思います。
やりたいことは「エンジニアによる、エンジニアのための」カンファレンス(中略)これからの技術トークはどんどんと全体像の話の中からいくつかピンポイントなネタの話をしてもらうのが楽しいと思っている。例えばあちらではRubyでフロントエンドサーバーを構築し、Swiftでクライアントを作り、GoでAPIサーバーを作り、それらをDockerを介してKubernetes/ECS上で動かしながら後ろにデータをfluentdで流しつつBigQuery的なもので解析をして… (PHP/Perlを入れる気満々だったけど、なんか言われそうだったから敢えて入れなかった)というシステムの中で一つ二つのコンポーネントについてのおもしろい話をする… 僕の目にはこれを一つの言語内のくくりでやるのには無理を感じてる。(「Buildersconやりませんか?」牧大輔 medium より)
短期的には言語で括ったカンファレンスも問題ないと思っているのですが、長く続けるうちに「あ、やばい。生き残れない」となってからでは遅い。来年40歳になるのですが、果たして45歳になったときに余力があるか。そういった意味でも今のうちに可能性に広がりを持たせられるような技術カンファレンスを立ち上げ、それを続けていけるような土台作りをしたいと思いました。
― 今回「builderscon」開催にあたり、半年以上と比較的長い時間をかけて準備されていると伺いました。どういった準備をされているのでしょうか。
「builderscon」に関しては、フランチャイズに近いカタチで運営できるようにしたいと考えていて、その準備という感じですね。カンファレンス運営のノウハウ、そして登壇者のデータや講演概要がしっかりと蓄積されていくような。
これは運営者であった僕らの責任なのですが、YAPC::Asia tokyoは運営を簡単に継続していくための汎用的な仕組みが整っていたとは言えませんでした。たとえば、突然僕らが死んだら、すべてのノウハウが消えてしまう(笑)焼いてまたイチから畑をつくる、毎年つづく焼畑農業みたいな感じだったんですよね。
単発のカンファレンスなら問題ないと思うのですが、今、考えているのは5年、10年というスパンでのリターン。僕じゃない人が同じようなカンファレンスを、同じようなクオリティで、どこでもできるようにしたいと考えています。
具体的なところの一例だと、すべてのドキュメントを公のところに残せるようにしていて。僕がぶっ倒れても「あぁこうなっているのか」「こうやればいいのか」となればいい。あとは国際化したりもしていて、ブラウザが英語設定になっていたら英語で見れる。これまで面倒でやっていなかったことをきちんとやるっていうことをやっています。…サイトの準備とかしつつ、ふとGitHubを見返したら、10万行くらいコードを書いていて、自分でもちょっとびっくりしましたね(笑)
― 「builderscon」は社外活動ですよね。仕事と並行されながら立ち上げるのは決してラクではないと思いますし、リスクもあるのではないかと…。
リスクをあまり意識したことはないです。「リターンしかないからやるだけ」という感覚のほうが強いですよ。個人でいえば、仕事以外で10万行のコードを書くってかなり筋力がつくし、それだけで、もうかなり元がとれたんじゃないかと思っています(笑)
あとはたまたまGoogle Cloud Platformを使わせてもらえることになったので、趣味と実利をかねてガツガツ使えるようになりました。いまの会社だとAWSがメインですけど、リスクヘッジのためにGCPも見ておきたいっていう話があって。僕としては社内で得られない経験をフィードバックできることは非常にいいことなんです。
最悪コケたとしても数カ月分の努力が泡になるだけ。お金にしてもそれほど大きな額ではないですし、リスクはほとんどないと思っています。
― 経験やスキルなどさまざまな観点で「価値」を捉えているということでしょうか。
掛け替えのない経験が得られる社外活動は全力でやったほうがいいし、情熱を傾けるだけの価値がありますよね。
雇用者から言われた仕事をちゃんとこなすのは尊いことですが、ずっとそれだけをやっているとミクロな世界で終わってしまうことが多いと思います。
一方でカンファレンスの運営を自分たちでやってみるとわかるのですが、これは世界を1から作るようなものです。見かけから中身、お金のまわし方まで全てを自分たちでつくることができる。圧倒的に違う経験が得られます。
― …ちなみに、そういった社外活動を会社に認めてもらうって難しくないですか?
僕の場合は自分で売り込んでいて。…というか、社外活動をすることが雇用の条件になっています。技術に関する発表や執筆は会社にとってもポジティブな結果を得られると思っているので、面接する時点で仕事における「数十%は社外活動・カンファレンスに使います」と伝えて了承していただいた上で入社しています。
技術のみに関して言えば自分よりもっと優秀な人はいるはずです。でももっと認めて欲しいし、もっとお金も欲しい(笑)。だから「僕にはエンジニア業の他にこういうことができますが、あなた方にはそれが必要ですか?」という質問を必ずして、お互いそこに利益を見いだせるなら雇ってもらう、という単純な話ですね。
― もし仮にそういった付加価値を自身につけたい、名を売りたいと思ったらどうするべきなのでしょう。
まず「一歩」を踏み出せるかどうかですよね。カンファレンスと言わなくても、勉強会やミートアップで前に出て話ができるか。技術について話す場に立てるかどうか。ブログやTwitterでの発信もそうかもしれない。実際、その一歩を踏み出してみたらどうってことないんですよ。
僕にしてもオープンソースの活動を始めた当初は第三者から見てもわかりやすい「箔(ハク)」をつけるためでした。もちろん、最初は普通にパッチとかを送っていたのですが、取り込まれない事もよくありましたね。そのうち自分が欲しい機能をねじ込むためには技術力とある程度の説得力の両方が必要だという事がわかってきたので、だったらもっと本腰を入れてオープンソースのコードを書いて自分の事を知ってもらおう、と。
当時はアメリカに住んでいて、ビザの関係でいつアメリカを離れるかもしれないという危機感があったのも良かったのかも知れません。「もしこのまま日本に突然帰ることになったとしても仕事がないかもしれないぞ」という恐怖から、活動を会社外に広げる必要性も感じていました。
職業エンジニアとしてやっていく上でも、日本に帰国した時にアメリカのどこか聞いたことの会社で働いていたと説明するより、具体的にどういうプロジェクトに関わっていたのかが見えている方が大事だと思っていました。なので、オープンソース活動をしていたほうが有効だと思っていたし、実際にそうだったと感じています。
その後、アメリカでそろそろ帰国だな…と考えていた時に、某Perl関連の掲示板でよく見かけていたのが当時livedoorの宮川達彦さん。「"ミヤガワ"ってハンドル名は多分日本人だよな?」と思い、話をしてみたら「日本で働くところ決まってないならうちにくる?」(うろ覚え)みたいな感じで就職が決まりました。
もちろん、同じ会社でずっとやっていけるのは素晴らしい事です。実際、僕のような人生を歩んでいると羨ましい部分も相当多いのですが、もし自分がそれとは違う形の働き方を望んでいるのであれば、オープンソース活動や、カンファレンス運営を含むコミュニティ活動を含む社外活動は自分の有効な手立てだと思いますね。
― 先々のキャリアまで設計するのは難しいですが、どうありたいか、どう選択肢を増やすか。ここは大事と言えそうですね。「builderscon」もエンジニアの可能性が広がる場。どんなカンファレンスになるか楽しみです。本日はありがとうございました!
文 = 白石勝也
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。