freeeを退職した田村壽英さんは、2016年10月に『ZAICO』というスタートアップを立ち上げた。…と、同時にfreee社の新しいビジネスパートナーに!? スタートアップを辞めた元社員が最高のビジネスパートナーになる、理想的な関係に迫る!
スタートアップにとって、辞めた元社員は最高のビジネスパートナーになるのかもしれない。
その好例が、田村壽英さんだ。田村さんは2年半勤めたfreeeを退職し、2016年10月に起業。「スマート在庫管理」を提供するZAICOを立ち上げた。
とてもユニークなのは、freeeとデータ提携し、ビジネスパートナーになったこと。もともとfreee時代から個人で開発していた「スマート在庫管理」がスケールし、そこから起業に至ったそうだ。
「スマート在庫管理」はクラウド型の在庫管理サービス・商品に貼り付けられたバーコードやQRコードをスマホのカメラで読み取るだけで、納品履歴を記録することが可能。年配層にも使いやすく、低い利用料金が特徴。スマートフォン向け在庫管理アプリでは国内最大級となり、3万5000人のユーザーが利用している(2016年12月時点)
3万5000ものユーザーを抱えるサービスを独りで開発をしていた田村さん。freee在籍中は通勤時間や週末を利用していたという。
自宅の最寄り駅から会社のある五反田駅までの約1時間をつかって「スマート在庫管理」の作業をしていました。行きの電車ではプログラムを書いて、帰りの電車ではお客さんからくる問い合わせメールに返信する。ちょっとしたソフトの改善やお客さんからの問い合わせならスキマ時間でも対応できます。それと週末土日が休みだったので、その時間も開発に充てるといった感じでした。
週に5日間はメインの仕事でも、電車の中や休みの2日間は自分のことがやれる。起きている時間のうち、およそ3分の1以上が自分の時間につかえるというわけだ。
僕はエンジニアとしてそんなにめちゃくちゃできるわけじゃないですけど、顧客が何に困っているか常に考えならがソフトの改良を進めてきたので、時間が少ないなかでも多くのユーザーに利用される在庫管理ソフトを作ることができました。
freeeを辞めて、自らのプロダクトで勝負していこうと決めた田村さん。
なぜ社内での新規事業ではなく起業を選択したのか。古巣との連携はどのようなメリットがあるのか。スタートアップを辞めた元社員がビジネスパートナーとしての関係性を築く。その可能性に迫る。
[プロフィール]
株式会社ZAICO CEO 田村壽英
東京工業大学卒業後、ITコンサルティング会社(フューチャーアーキテクト)で銀行システム等の開発を行う。2013年に14番目の社員としてfreee 株式会社に入社し、組織が250名規模になるフェーズまで2年半、給与計算フリーのプロダクトマネージャーを務めた後、2016年9月に同社退職。日本の在庫管理・物流の仕組みを進化させるべく株式会社ZAICOを創業する。
― freee在籍中も開発を続けられていたわけですが、なぜ退職を選んだのでしょうか?
自分の会社を経営する経験をしてみたい、チャレンジしたい、そう思って起業という道を選びました。人生一度きりしかないので、やってみようと。
在庫管理などの「モノの動き・流れ」を管理する分野はまだまだユーザーのニーズを満たすプロダクトが無く、イノベーションが起こせる領域だと考えています。ここ2年ほどでユーザー数は3万5,000くらいにまで大きくなりました。このサービスだけでも食べていける、そういった状態になったのも大きかったですね。
あとは子どもが生まれたという家庭の事情もありました。はじめは妻に子どものことを全て任せていたんです。でも、妻にも「フルタイムで働きたい」という気持ちがあって。僕ばかり自分のことやるわけにはいかない。そこで、もう少し家族のために自由に時間を使いたいという思いもあったんです。
― いろいろなタイミングが重なったんですね。ちなみに退職するとき、引き止めなどはあったのでしょうか?
いわゆる引き止めはなかったですね。社長の佐々木大輔さんに「もう少しだけ考えてみてほしい」とおっしゃっていただいて。その上での結論となりました。
よくfreeeでも「在庫管理の重要性」については話をしていて。個人で開発していることも多くのメンバーが知っていましたし、背中を押してくれました。
― 良好な関係を築かれていたんですね。そこも「データ連携」につながった背景にあったのでしょうか?
そうですね。freeeと私が立ち上げたZAICOにおいて「社会を良くしたい」という大きなゴール、その思いは変わりません。
BtoBで商品を販売する事業では、「納品・在庫管理」「請求」「売掛管理」の流れでバックオフィス作業が発生します。データ連携したことで、「スマート在庫管理」でもfreeeが提供する「請求書の発行」や「売掛管理」までカバーできるようになりました。「紙の表やExcelに納品履歴を記録して、取引先別に集計する(※)」といったとても面倒な作業を簡易化することができて。モノを売る商売をしているユーザーの視点で考えれば、納品・在庫管理から請求書の発行・売掛管理まで一気通貫しているのが自然なフローなんですよね。
双方が足りないところを補い合う。やらない理由はありません。この課題を把握し、すぐfreee時代の同僚に連絡をして連携が実現しました。
(※)請求と売掛管理のステップにおいて「どの取引先にどの商品を納品したか」という履歴を正確に把握するために、Excelに納品履歴を記録し、取引先別に集計する必要があった。請求書発行後も、銀行口座入金状況の確認、入金に対応する売掛金がないか会計帳簿との突き合わせ、会計ソフト上で「売掛金の消込」という処理が発生していた。ZAICOとfreeeのデータ提携では、ここの簡易化を実現している。
― たしかに向いている方向としては、freeeもZAICOも同じともいえそうですね。
そうなんですよね。freeeには業務効率化をして本業に集中できるようにしよう、という大きなビジョンがあります。ZAICOも似たビジョンを持っていて、目指している方向は同じだと思っています。
別々の会社だとしても、顧客視点から見たとき、隣り合った近い課題領域で協力していく。すると、すごくきれいな「解」になります。
「データ連携」はAPIが公開されていれば、誰にでもできるもの。でも「とりあえず連携しました」で終わってしまうことも少なくありません。ただ、それだと全然面白くないですし、そのソフトの価値も下がってしまう。本当に意味のある連携とは何なのか、考える必要があります。
freeeで働いた経験、そして在庫管理という別領域を見てきた経験があるからこそ、それぞれの強みと弱みがわかったし、注力すべき部分がわかってきました。これは古巣にいながら自分の事業をやってきたからこそ得られた感覚ですね。
― 古巣とはいえ、別の会社になるわけですよね。直接話す機会が減ったり、リモートになったり……。やりづらさはないのでしょうか?
実際にやってみたら、全く弊害はありませんでした。クラウド上でコミュニケーションできるし、むしろ移動コストもかからなくてよかったなって思いますね。
データ連携が決まってから、対面でのミーティングは1回だけ。あとは全部リモートで広報担当とのやり取りで完結できました。具体的には、Google HangoutとFacebookでコミュニケーションして、あとはGoogle Appsを使ってプレスリリースの文面を擦り合わせしたり。
社内で新規事業として立ち上げるのとそんなに変わらないというか、むしろ自由にできるというか。専門領域がちゃんと分かれていて、やっぱりプロフェッショナル同士でつながり合えるっていうのは、むしろ強みになるのかもしれないです。
― 元社員である田村さんならではの価値が発揮できているんですね。最後になるのですが、ZAICOが目指す先について教えてください。
世界規模の物流インフラになる、これが目標ですね。トラックは1台も持たないし、倉庫だって1棟もない。けど、「世界最大の物流サービスだね」って言われるものをつくりたいと考えています。Uberはタクシー1台も持っていないけど世界最大とも言えるタクシーサービスですし、Airbnbもホテル1室も持っていないですが、世界規模の旅客サービスになりました。
その上でまずは海外への展開も進めていきたいです。じつは、ZAICOを”KO”ではなく”CO”にしたのも、海外展開を見据えていて。コミュニケーションとかコネクトとか、接続してインフラ化していく意図、英語での発音を意識したものなんです。
東南アジアをはじめ、海外からスマート在庫管理の問い合わせをいただくことが増えてきました。海外での需要も実感しています。安くて簡単に使えることを強みにしている私たちが最も価値を発揮できる場所がある。そして、いまは自分の技術と学んできたことを生かせること、そのフィールドで戦えることがすごく楽しいです。ぜひ世の中が便利になるような仕組みづくりに期待していただければと思います。
(おわり)
文 = 大塚康平
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