2017年4月14日、オイシックスによる東大発ベンチャー『ふらりーと』子会社化のニュースが飛び込んできた。その裏側には、学生のみならず、多くの人の胸を熱くする「挑戦の物語」があった―。
「35歳までに“1000億円企業”をつくりたいんです」
こう語ってくれたのは、東大発ベンチャー『ふらりーと』代表の齋藤大斗さん(22)。東京大学に籍をおく3年生(現在休学中)の起業家だ。
2016年に「家庭の食生活と健康を支える」というコンセプトのもと、栄養士と働くママさんをマッチングする料理代行サービスをスタートさせた。
現在は事業をピボットし、日々の料理を軸にしたファンビジネスを開発中。2017年5月下旬に、iOSアプリ(β版)をリリース予定だという。
そして2017年4月14日―。
飛び込んできたのが、ナチュラル&オーガニック ネットスーパー『オイシックス』による子会社化のニュース。『ふらりーと』はサービスローンチから約1年、実質的にはフルコミット2名の小さなベンチャーだが、このバイアウトの裏側には何があったのか。
学生、起業を志す人はもちろん、「挑戦する人たち」の胸を熱くする物語がそこにはあった。
― さっそくですが、なぜオイシックスの子会社になる決断をされたのでしょうか?
偶然なのですが、オイシックスが考えていた新規事業、そして私たちが企画していたサービスが一致し、シナジーを生むことができそうだと考えたからです。
実質的に、資本構成以外に大きく変わる点が無く、「これから取り組もうとしていた事業を一緒にやる」という前提があった。ここが決め手となりました。
あとは…個人的にもオイシックスが好きだったというのがあります(笑)。「食」という領域で勝負していきたい。そう考えるなかで、オイシックスと事業領域が近く、ビジョンに共感ができたんです。
オイシックスは事業モデルだけを見れば利益率として5%を切るくらい。アパレルなどのECと比較するとかなり低い。立ち上げのコストも高い。合理的に考えれば、あまり参入しない分野といってもいいと思います。
ただ、オイシックス代表の高島宏平さんはそうじゃなかった。「世の中をどう良くしたいのか?誰を幸せにしたいのか?」「会社として達成したいミッションは何か?」という問いが先にあり、事業にしています。
「僕たちでなければできないですし、僕たち以外の人がやらない、あるいはできない。それをやったほうが社会にとってよくなるというときに、勝手に使命感を感じるんですね。(中略)何かやらなくてはいけないという価値を考えて、「それだったら収益出るかな」と、あとで考えるタイプなのですね」
[引用]使命感を大切にする(オイシックス 高島 宏平)Industry Co-Creationより
さまざまな経営者の方がいますが、その中でも高島さんの考え方が自分にフィットする。そんな人の側で、事業の立ち上げができるのは、とても魅力的ですよね。
どうしてもベンチャー界隈だと「調達額の大きさ」や「営業利益の高さ」に目がいきがち。もちろん事業として成功しなければ、世の中に影響は与えられません。ただ、個人的には「どう社会を良くしていくか」を先に考えたい。こういった想いがありました。
― オイシックス側としては、どういった狙いの子会社化だったと思われますか?
新しい主事業の芽、そして人材を外から入れたい意図があったと思います。私が考えるに…といった答えになってしまいますが、オイシックスは主事業の生鮮食品EC以外で、将来を見据え、次の柱の事業になり得るサービスも見つけたいはず。
自社のリソースを新規事業に大きく割くのは簡単ではありません。それであれば、ECとBtoB向け事業でキャッシュを安定させ、対外的な投資を加速させる。外部から事業や人材を引っ張ってきて任せていく。ざっくり言うと「新しい挑戦は若いやつらに任せた」という感じでしょうか(笑)
― その「若いやつら」が大学生というのもユニークですよね。ちなみに大学を卒業されてからも事業は継続される?
はい、もちろんです。というか、大学は卒業しないつもりです。次にキャンパスへ行く機会があれば、そのタイミングで中退の申請書類でも書こうかなと(笑)
― 大人たちからすると「大学くらい卒業しておけ」と言われそうですね。
そうですね。さすがに中退はとめられることもあります。大学の教授からは「会社経営なんてはやく辞めて就職したほうがいい」と言われたり(笑)ただ、そもそも生きていく時代が違うので、あまり気にしていません。
大学における同年代から見たら「よくやるなぁ」くらいの温度感。珍しがられることはあっても否定的な見方をされることはほとんどありません。まして、まわりにはスタートアップ界隈の学生が多いので、起業も珍しくないです。
― 同時に…学生のうちに起業し、結果を出せるのはごく一部。どうすれば結果を残せるのでしょう。
これは学生起業家に限らず、私も受け売りなのですが「自分が熱中できること」と「成長市場」の掛け合わせられる領域で事業を展開していく、ということだと思います。ピクスタ代表 古俣大介さんにメンタリングしていただいたり、いろいろな経営者の方にお話を伺ったり、視野を広げていくなかで、学ぶことができました。
たとえば、もともと私は"食"の領域にこだわって事業をしてきたのですが、その市場がどこまで成長するか、考え抜くことをしていませんでした。いわゆる「片手落ち」。これは学生起業家がよくやってしまうこと。
― …逆に「このマーケットは成長しているから、興味はないけどやろう」としても、上手くいかないのでしょうか?
もちろんそれも一つの考え方だと思います。…ただ、スタートアップって「何でこんな辛いことしてんだっけ?」という瞬間が必ずあって。それを乗り越えるには「お金が儲かりそうだから」「何となく手早く始められるから」という理由だと絶対に続かない。やはり心から熱中できる領域でやるべきだと思います。
また「自分がこの事業をやりたい」という強い思いがないと仲間を心から誘うことができません。私の場合、もともと同い年のエンジニア、デザイナーがいて。別会社に就職することになっていたのですが「どうしても…3月までお願いしたい!」と手伝ってもらいました。…で、だんだんお願いを増やしていって、気づいたらそのままフルコミットに(笑)。
やっぱりスタートアップには大きなやり甲斐があります。みんなでオフィスに泊まり込んでサービスの熱中して開発したことも。はじめのβ版をリリースにするにあたり、実質1ヶ月で開発するという無謀なスケジュールを引いたのですが「あと1ヶ月で自分たちのプロダクトが世の中に出ていくんだ!」という熱量を全員が持っていました。文化祭みたいなノリでとにかく楽しかったです。押入れ、椅子、机の下…みんな思い思いの場所でクッション敷いて寝てました(笑)
― 日本で見ていくと、そもそも「学生起業」自体が少ないですよね。もっと起業する学生が増えたらいいと思ったりしますか?
価値観は人それぞれなので、学生時代に勉強を頑張る人、就活する人、起業する人…それぞれでいいと思います。ただ、もっと何かにチャレンジする人が増え、その結果、起業という選択肢があたり前になればいいなと思っていますし、そうなるように発信を続けたいです。
贅沢な悩みに聞こえるかもしれませんが、東大にいると「キャリアの選択肢」って逆に狭くなる気がして。文系ならだいたい商社、官僚、外資、あとは有名民間企業のどこかに行く。
もちろん起業が良くて、商社や官僚がダメということは全くありません。キャリアに上も下もない。ただ、進む道を決めるための基準がどこにあるのか。基本的には「外」にあると思うんです。
― 「外」というのは、つまり自分の意思で決めていないということでしょうか?
意思はあると思うのですが、本当に自分が進みたいと心から思えている道なのか。ワクワクしているか。私もかつて外務省か商社に行こうと考えていて。無自覚的に「親が言うから」「先輩がそうだから」「自分の学部的にこの辺が当たり前だから」という理由が、意思決定の中心になっていました。これってすごくもったいないことだと思うんです。
もっと自分の「好き」や直感、楽しそうだなという気持ちに従い、いろいろなことにチャレンジする人が増えたらいいですよね。そして、その一つに「起業」が入っていてほしい。もちろん起業以外でも「漁師」とか「ミュージシャン」とか東大から目指す人が増えて、多様な人材が輩出されたらすごく面白いと思います。
― たとえば、起業に興味のある学生がいたら、どのようなアドバイスをしますか?
誤解を恐れず、あえて言うと、学生の起業はローリスク・ハイリターンです。勝率が低いのは事実ですが、少なくともハイリスクではない。
たとえば、お金の話でいえば、起業に失敗しても大きな借金を背負うことは、あまりありません。学生であっても練った事業計画、人間性と志があれば、VCから数百万円規模の資金調達が可能です。
ましてやキャリアの観点からすれば、失敗したとしてもリターンしかないと思うんです。仲間と必死に頭を絞って本気でサービスをつくった経験は何ものにも代えがたい。よく言われることですが、「創業者の器以上に会社は大きくならない」と。つまりサービスを伸ばそうとするなら、必然的に壁にぶつかり、乗り越える度に成長できる。成長せざるを得ないともいえますが(笑)
そういった人材であれば、企業からも引っ張りだこになるはずです。メガベンチャーに行ってもいいですし、最近だったら大企業からのベンチャー支援が盛ん。スタートアップを経験している人材を必死に探しているのではないでしょうか。
また、まだケースとして少ないかもしれませんが、今回の私のように、会社ごとグループ入りし、バイアウトしたお金、一定の報酬を頂きつつ特殊なポジション、自由度高くやらせてもらうキャリアもある。起業家としての一打席目が空振りだったとしてもいい。そういう事例が増え、新しい起業のエコシステムが生まれていく。その先駆けになりたい。
それでも起業が不安なら、まずはインターンから始めてみることをオススメします。弊社でも歓迎です(笑)創業期らしく何でもやる系人材、エンジニアも募集していて。なかなか味わえない刺激的な経験ができると思います(笑)
― 最後に、これからどこを目指していくのか?伺わせてください。
今、クローズドで取り組んでいる事業に関して、ちゃんと軌道に乗せるために3年はかかると考えていて。この3年は、成長曲線を描くための“耐える時期”が続くと思っています。そして「35歳で1000億企業をつくる」という個人的な目標を達成したい。最近、22歳になったので、あと13年しか残っていない。ここの焦り、良いプレッシャーと向き合って、前進していければと思います。
取材を終えて
今回、スタートアップ側で事業がピボットし、「これから新しい事業をつくっていく」というタイミングでのバイアウトというのが、非常にユニークだ。
この話が持ち上がったのは2016年11月。『ふらりーと』がサービスをローンチしてから約半年後のことだった。きっかけはオイシックスが日本初の「食」を専門とした戦略投資部門、フードテックファンドを設立したことだった。立ち上げの情報をキャッチした齋藤さんが、共通の知人を経由し、紹介してもらったそうだ。
齋藤さんによれば、『ふらりーと』におけるシード資金は自己資本と借り入れ。VCからと融資で比較し、条件の良い融資を選択。
そして、2016年10月頃からアーリーステージの資金調達に動きはじめた。
調達に関して、シナジーが生まれるCVC(Corporate Venture Capital/事業会社によるベンチャーへの投資)も検討しており、絶好のタイミングだったことが伺える。
そして、気になるのが「料理代行サービス」の事業をピボットした理由。
ニーズは確実にあり、ある程度の規模まで事業の成長が見込めると踏んだが、「1000億円企業」を目指す上で「ニーズ・市場が広がっていかない可能性が高い」と考え抜いた末の決断だったという。(掃除や掃除などの領域は別として、料理代行マッチングにおける収益性、文化的な抵抗感、料理というシーンにおける中食産業など競合の存在が強いと感じていた)
穏やかで人の良さそうな齋藤さんだが、「1000億円企業をつくる」という確固たる意志を垣間見た。これからどのような事業を生み出し、成長させていくのか。どのような影響を社会に与えていくか。注目していきたい。
文 = 白石勝也
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