2018年2月27日、ついに福岡市で「メルチャリ」が始動した。驚くべきは、わずか7ヶ月でリリースに至ったという事実。メルカリ/ソウゾウにとってもハードウェアは初挑戦。なぜ彼らは短期間でメルチャリを世に送り出すことができたのか。ハードウェアスタートアップ「tsumug」との共同開発、そのウラ側とは。
[プロフィール](写真、左から順に)
蛭田 慎也 APIエンジニア(ソウゾウ)
井上 雅意 プロダクト責任者兼デザイナー(ソウゾウ)
佐藤 光国 ソフトウェアエンジニア(tsumug)
池澤 あやか ソフトウェアエンジニア(tsumug)
メルカリグループのソウゾウが、シェアサイクル事業「メルチャリ」を2018年2月27日にスタートさせた。構想からリリースまで、わずか7ヶ月(2017年8月にサイクルシェア事業参入がソウゾウ社内で検討され、翌年2月末に福岡での運用が開始)。
なぜ、これだけスピーディーな開発を実現したのか。プロダクト責任者の井上雅意さんはこう語る。
「メルチャリは、もともと事業として“まず検討してみよう”とはじまったもの。なので、実現可能なのか。価値があるのか。慎重に見極めていきました。そのなかで、コネクテッド・ロック(常時LTE接続する鍵)の技術を提供するtsumugさんに協力いただけることになり、現実味を増してきて。ぼくらだけでは絶対にできなかったですね」
こうして始動したプロジェクト。ソウゾウからは7名、tsumugからは10名が開発に参画。そのウラ側について、開発の中心メンバーたちを直撃!一体、どのような困難があり、いかに乗り越えてきたのか。その奮闘劇に迫る!
メルチャリに搭載された「コネクテッド・ロック」は、メルカリグループの株式会社ソウゾウと、福岡発ハードウェアスタートアップの株式会社tsumugが共同で開発。メルチャリ専用アプリと連動し、LTEを用いてロック解除。さらにGPSによる位置情報発信なども可能にした。
― かなり早いスケジュールでリリースされていますよね。苦労があったのではないかと。
佐藤:
そうですね。かなり切迫した状態だったというか、開発計画を前倒しで進めないといけないのが特徴だったと思います。たとえば、自転車を量産していくために、この期日までに製造ラインに乗せないといけないとか、仕様を決めないといけないとか、細かい部品の手配にしても、常にスケジュールの“お尻”に追われている状態でした。
さらに2月末のリリースまでに不備なく準備しようと思うと…苦労や困難がありました。何か問題が起こった時など「できるのか?」と…メンバーがピリピリしてるのが分かるんですよ(笑)
井上:
ハードウェアって“モノ”なのでプロトタイプを簡単につくって見せるということがむずかしいですよね。だから、できあがるまで周りとしては心配なんですよ。“ホントにできるのか?”って。
蛭田:
今だからお話できることとして、最終的に実機テストできたのは1月末とか2月頭ぐらいなんですよ。世の中にお披露目する1ヶ月前です(笑)実際に繋げてみてはじめてわかるエラーもあるんですよ。そこで設計をやり直さなきゃいけないとかいうのがみえてきたりとかして……。
はじめはハードウェアの実物がない状態からのスタート。そこから設計やソフト面の実装を行なっていて。実機を絡めたテストはモノが上がってこない限りはできないので大変でしたね。
もちろん、理論上は問題なく動作する状態に仕上げていきました。ソウゾウとtsumugそれぞれでサーバーでまずは開発し、最後にサーバー連携する方法をとっていて。ハードができあがる前にシミュレーターを作り、鍵が開いて閉まってライドが終了する。その一連の流れを社内サーバー上だけで完結するよう、全部テストしていました。
― 実機がないなかでも、やるべきことを効率よくやっていく、と。特に大変だった部分というのは?
佐藤:
ようやくできあがってきたハードウェア、自転車と「鍵」を連結するところがめちゃくちゃ大変でした。特に、ただ鍵が開けばいいわけではなく、驚くくらいスムーズに、すばやく開くようにしたくて。
蛭田:
どうすればロックが期待通り、正常に動作するか。ここは本当に苦労しましたね。
佐藤:
“通信でモノを制御する”という時、どうしてもタイムラグが発生するんです。たとえば、鍵を解錠しようと信号入れ、そこからモーターが回って解錠されるまで1秒くらいかかる。1秒って体感としてはかなり長い。期待とまったく違う動きで、シミュレーションで検証していた動作とは全然違いました。
― ハードウェア開発におけるバグって原因はすぐにわかるものなのでしょうか?
佐藤:
いいえ...ソフトウェアに比べてしんどいです(笑)ソフト的には完璧に動いているはずなんだけどセンサーが動作しなかったり。サーバーに上がってるデータなどから毎回様子をみて「こいつは動いてる、こいつは動いていない」って一つひとつの実装手順を辿っていく必要があって。
池澤:
生産まで順調に進めたけど検査で上手くいかなかったこともけっこう多くて。私もハードの生産に関わるのが初めてだったので、何でダメなのかが最初は全然わかなかったです。
佐藤:
よく見たら組み立て時のミスでコネクタがちょっと抜けてた。なんだよって(笑)ハードウェア開発はそういうのもあります。
工場の人たちも、いくら正確な設計図や仕様書があったとしても、それだけではバラバラの部品を組み立てられません。組み立て手順の指示が必要です。“新しいもの”を作るときって試行錯誤の連続なんですよね。設計した本人がファームウェアの書き込み方、組み立ての手順を考え、工場に出向いて一つずつ教えていくということをしました。
池澤:
また、どんどん想定外のトラブルも起こりました。たとえば、大雪のせいで急遽工場の変更をお願いしなければいけない場面があって。tsumugの倉庫にある部品を北陸の工場に送ろうとしたら、大雪で道路も工場もクローズされてしまったのです。慌てて別の所を探しました。
佐藤:
夜中に基板のデータを作成して、朝一にデータを工場に送る。そして夕方に実機を受け取ってハンドキャリーで持って帰ってくるとか。
池澤:
あげたらキリがないですよね(笑)うまくファームウェアがチップに書き込めなかったり、電源が安定してないと上手く通信できなかったり。それは書き込んでいるコードに原因があるわけではなく、じつは手順が原因でバグが発生していたってこともあります。
特に、私は工場での生産用アプリケーションを作っていて、工場は大阪にあるので、東京から遠隔でデバックしなければいけなかったんです。バグと毎日戦っていました。
佐藤:
ちょっと宇宙探査ミッションみたいな感じだったよね(笑)遠隔から細部まで状況をヒアリングしながら、どういった状況ですか?と聞かれて調べて返して。そういった意味でも、手元に実機がないなかでも、それぞれがハードウェアとソフトウェアの全容を把握した上で、コミュニケーションのなかで解決していった問題も多かったと思います。
― メルカリ/ソウゾウとしてハードウェアの開発は初。とくに気をつけたことなどあるのでしょうか。
井上:
生産工場への立ち合いはけっこう行きましたね。tsumugのメンバーにも来てもらって、現場で設計図通りなのか、問題になりそうなポイントなどはないか、改めて見てもらったり。
蛭田:
ハードウェア開発のノウハウや量産のプロセスなどtsumugさんが知見をもともと持っていたところに本当に助けていただきました。ぼくらとしてはソフトウェア開発のようにアジャイルで開発したいと考えていて。その点も理解いただき、かなり柔軟に対応していただけた(笑)
作り方でいうと、ソフトウェアとは根本的に違うんですよ。開発期間も違うし、ソフトウェアほど簡単にやり直しがきかない。途中の仕様変更とかって本来であれば、ものすごく嫌がられるはずなんですけど…アドバイスをいただけたり、すごくやりやすかったですね。本音はちょっとわかりませんが(笑)
佐藤:
いえいえ!僕らとしても、やりやすかったんですよね。じつはメルチャリに搭載されている鍵部分は「TiNK DVK」というtsumugが開発する鍵のプラットフォームをベースに開発していて、評価ボードや量産用のアプリケーションをカスタマイズするカタチでした。だからこそ仕様変更にも柔軟に対応できるようにしていくべきだと考えていたし、はやく作ることができたと思います。
池澤:
tsumugのメカエンジニアの人たちって、今回のメルチャリと、そのコネクテッド・ロックがアジャイルで開発していく性質のものだってことを、理解をしてると思います。変化していくことを悪いことだと思ってない。すごく苦労するっていうのは、大前提、みんな知ってるんですよ(笑)どうせ大変なんだから、楽しくやろう。「やる」って決めたんだったら、やりきろうという人たちばかり。一瞬はマジで?見たいな顔してるけど(笑)最終的には笑顔みたいな。なんだかんだ、みんな寛容的なんです。
― 今回「大変だったこと」を中心に聞いてしまいましたが、伺っていると、どこかみなさん楽しそうでもありますね(笑)ソフトウェアとはまた違う醍醐味がありそうというか。
井上:
そうなんです。もちろん大変なことは多いですが、すごくやりがいがありました。とにかく課題が多い(笑)どう解決しようかなって考えるのって楽しいですよね。たとえば、アジャイル的に進めたとしても、モノとしてできあがったらハードウェアは変えられない。「もうしょうがない」って開き直って、「じゃあソフトの面でどう対応しようか」と考えればいい。ソフトウェアで解決策が見つけられたときには、なんというか…心が強くなりましたね(笑)
― 井上さんは初のハードウェアにおけるプロダクト開発の責任を担ったわけですが、なにか意識されたことはありましたか?
井上:
自分なりにはハードウェアの勉強をしたのですが、正直細かなところはわからないことも多くて(笑)もうそこはスペシャリストであるみなさんに委ねよう。信頼しようといった感じでしたね。
ただ、PMとして、やりたいこと、実現したいことは言語化し、明確に持つようにしていました。「こうしたい」「これは嫌だ」って言い続けていたし、もしかしたら自分なりの美学やエゴみたいなものもあったかもしれません。ただ、その自分の意思がブレてしまうと、みんなを迷わせることになってしまう。
当然、プロジェクトが走っていくなかで、思い描いていたものと違ったり、思わぬトラブルがあったり。そこは調整しながら、最適解を検討し、決めるように考えていました。
― これまでなかったプロダクトを合同チームで完成させ、世の中にインパクトを与えていく。それぞれの役割で連携し、成功した理想的なプロジェクトだったように感じます。
井上:
たしかにスピードという面では短期間で開発ができたし、完成度の高い製品としてリリースに至ったと思っています。ただ、まだまだ基本機能しか出せていない。ここからどんどん良くしていくのでご期待いただきたいです(笑)
じつは企画段階から考えていることがいくつかあって。たとえば、すでに走行速度がわかる仕様になっているので、スピードを出しすぎている場合には安全運転を促すような仕組みとかもやってみたいんですよね。
コネクテッド・ロックにしても拡張性こそが強み。ハードウェアもどんどん機能追加とか順応に変えていきたいと考えています。
佐藤:
僕らもすごくワクワクしているのが、これからどう進化させていくか?という部分なんですよね。今後、課題が現場からいっぱいあがってくると思うんです。一つひとつ潰していきながらアップデートしていきたい。そこのスピード感って、やっぱりメルカリやソウゾウだとめちゃくちゃ速いと一緒に開発している中で感じます。
先にもありましたが、ハードウェアの特質として「あとから変えづらい」ということが挙げられます。メルチャリではその前提を覆したいですね。もちろん金型みたいな大きい部品などの変更は、最後の手段となりますが、必要があれば躊躇なく変えていきたいです。サービスとしても安定してきたら、さらなる量産という目標もあるし、すごく楽しみですね。
井上:
あとは「シェアサイクル」というカルチャーを日本に根付かせたい。そして「メルチャリ」を、街で暮らすみなさんにとって価値あるもので、一緒に作っていけるようなシェアサイクルにする。そういった存在にしていきたいですね。
(おわり)
文 = 大塚康平
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