2021.02.17
書く瞑想アプリ「muute」開発の裏側|誰ともつながらず、自分だけの「居場所」を持つ価値

書く瞑想アプリ「muute」開発の裏側|誰ともつながらず、自分だけの「居場所」を持つ価値

誰ともつながらず、自分を知る。そんなアプリ『muute』が若い世代から支持を集める。SNSでは「心が落ち着く」「癒やされた」「自分だけの居場所」などの声も。マインドフルネスの手法、書く瞑想とも言われる「ジャーナリング」をサポートし、AIが思考と感情を分析する。常時接続時代に『muute』が提供する価値とは?

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AppStoreでカテゴリー1位に。AIジャーナリング『muute』

今、10代〜20代中心に利用者数を伸ばす、新ジャンルのアプリ。それが、AIジャーナリングアプリ『muute』だ。

DL数は非公開ながら、リリース約1ヶ月でAppStoreヘルスケア&フィットネスカテゴリーで1位を獲得(2021年1月7日時点)。SNSでは「心が落ちついた」「癒やされた」「自分だけの居場所」など好意的な声が寄せられる。

「想定をはるかに上回る反響を得られて驚いています。SNSでの反響、ユーザーヒアリングを通じても、求められていたものだと感じています」

こう答えてくれたのが、同アプリを提供するミッドナイトブレックファスト社の代表である喜多紀正さんと、プロダクトデザイナーの岡橋惇さんだ。『muute』にできることはシンプルだが、体験をしてみると、不思議な安心感が得られる。

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「マインドフルネスの手法の一つとしてジャーナリングというものがあり、思ったままを書き出すので「書く瞑想」と呼ばれていて、それをデジタルで手軽にできるようにしたのが、『muute』です。ジャーナリングは、紙とペンさえあればできますが、データを分析し、フィードバックが得られる体験があれば、自分をより客観視でき、知れる。ここに価値があると考えました」

一般的には聞き慣れない「ジャーナリング」というジャンル。さらに次世代SNSがぞくぞくと登場するなか、「誰ともつながらない(つながれない)」アプリとして、利用者を伸ばす。

意識的にせよ、無意識的にせよ、つながり過ぎてしまう時代。『muute』がなぜ求められるのか。提供する価値とは。お二人に伺った。

全2本立てでお送りいたします。
【前編】Clubhouse、インスタ、Twitter…常時接続に疲れた私たちを癒やす『muute』という居場所
【後編】感情に寄り添う、やさしい世界観の作り方。ジャーナリングアプリ『muute』 の思想 (後日公開予定)

+++ミッドナイトブレックファスト社のプロダクトデザイナーの岡橋惇さん(左)、代表である喜多紀正さん(右)

メンタルヘルスにも。アプリで「ジャーナリング」を身近なものに。

そもそも、なぜ彼らは「AIジャーナリング」に着目したのか。

じつはコロナ禍以前、2020年初頭から緻密なデザインリサーチを行い、潜在的なニーズやインサイトの抽出をもとに、開発してきた背景がある。

「まず世界のトレンドを見ていくなかで、私たちが着目した社会課題はメンタルヘルス・ウェルビーイングの領域でした。じつに世界に7人に1人がメンタルヘルス関連の疾患を抱えていると言われています」

一方、日本ではまだ議論が進んでいない領域だ。

「日本にも精神疾患を患う方は多くいますが、治療体制が追いついていない現状です。日常的な対策としては、対人関係を豊かにする、睡眠、休息を取る、運動する、栄養バランスのとれた食事をとる…などありますが、もうひとつ、日常の選択肢としてマインドフルネス、その中でも手軽にできるジャーナリングに着目しました」

加えて、岡橋さん自身の体験もあった。

「市場に開拓余地があったのと同時に、私自身の原体験としてジャーナリングの効果を実感していました。書くことにより、思考がクリアになり、モヤモヤが晴れていく。ジャーナリング後に、みんなで集まって話し合ったり、フィードバックしあうと、さらに気づきが得られた。心理学では「ストレスを外在化する」ことに、セルフケア効果があると言われています。こういった体験を、手軽にデジタルを通じて提供できると面白いんじゃないかと考えました」

「自分らしさ」ってなんだろう?

すでにアメリカやヨーロッパにはジャーナリングのアプリは存在していた。一方で日本では明確に「ジャーナリング」を謳うアプリはなかったという。

ジャーナリングに馴染みのない日本において、どんな価値を提供できるのか。約60名にエスノグラフィー、インタビューを実施。リアルな声と向き合うなかで見えてきたことがある。

「いまはあらゆるSNSを通じて、誰とでもいつでもつながることができ、情報収集も、情報配信もカンタンにできる世界になりました。

それはつまり、価値観の多様性、生き方の自由度が高まっているということ。いいことでもありますが、反動として「自分らしさ」ってなんだろう?と悩みやすくななっているのだと思います」

自分らしく生きたいけれども、自分についてよく分からない。ここを課題として捉えていったという。

「ひと昔前まで、世の中的に正しいとされるレールがありました。それに乗っかることが良いと思われていましたが、徐々になくなってきていますよね。

親の世代から自分らしく生きなさい、好きなことやりなさいと言われて育ってきた。自分でも自分らしく生きたいと思っている。けれど、「自分らしさ」が分からない。顕在化しているニーズではないですが、いろいろな方とお話する上でおぼろげながら見えてきた課題でした」

リサーチを進めるなか、他にも課題が見えてきた。

「"SNS疲れ"という言葉の通り、息を吸うようにSNSを使うようになったことで、他の人の目を常に気にしなくてはならなくなり、心が疲弊してしまう。同時に、周りに本音を言えないジレンマも抱えやすくなっています。

SNSで自分を使い分けることで、"自分ってなんだろう?"と迷子になりやすくなっています。Twitterでも表向きのアカウント、鍵垢、趣味垢と複数のアカウントを使い分ける。Facebookでは仕事モードになる。オンラインゲームを楽しむ。いろんな顔を使い分けるのはうまくできても、一旦立ち止まって「自分」を振り返ってみると、自分がよくわからない。それを”自己の空洞化”と私たちは呼んでいます」

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存在しなかった「AIジャーナリング」という新ジャンル

『muute』は、その日、その時の「気持ち」を残し、あとから振り返ることができる。その価値について、こう解説してくれた。

「自分をメタ認知するところはメインの価値だと思っているんですけど、抽象と具体を行ったり来たりできるのがいいところ。使えば使うほど、そのサイクルが回っていく。自分をより良く知れる作用があると思います」

具体的には、

▼メイン画面の右下「+」をタップして【投稿】と【答える】を選択

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【投稿】を押した場合…「どんな気持ち?」と聞かれ、24個の感情アイコンから「3つ」を選択し、それに紐づく理由を24個のアイコンから「3つ」を選択し、最後に詳細を自由にテキストで記述する。(自分だけのカスタム感情・理由アイコンを追加することもできる)

【答える】を押した場合…「あなたを笑顔にしてくれる3つのものは何ですか」「最近何を学びましたか」など質問が出てきて自由回答する。

といった流れで、その時感じていることや考えていることを記録する。

気持ちを書き残す、そのための【投稿】と【答える】はどういったプロセスで実装されたのか。

「インタビューをしながら、何回も試行錯誤して決めていきました。正解がなく、感覚を信じたところもあります。まず、ジャーナリングはユーザー負荷が高いもの。やれる人はやるけどほとんどの方が続かない。手軽さと、自分と向き合う内省という行為を、いかに両立できるか、この観点から【投稿】と【答える】を2つ用意することにしました」

とくに難しいのが、受動性と能動性のバランスだという。

「たとえば、SNSは見ているだけでいろんな刺激が飛んでくる。触発されて投稿したり、いいね!をしたり、行動のためのトリガーも多い。『muute』は自分だけの静かな空間。その世界観を大切にしつつ、投稿したいと思った時にそれがスムーズにできるようにしたいと考えました。ある種、相反するモチベーションをいかに両立させるか、すごく丁寧に検証し、議論しながら進めていて、まだまだ進化の途中ですね」

ジャーナリングそのものが日本ではあまり馴染みのない概念。まして「AIジャーナリング」のアプリは存在しなかった。

つくりはじめた時に、苦労したのが「型」がなかったことだという。「たとえば、地図アプリならグーグルマップを参考にできる。フードデリバリーならウーバーイーツとか。そういったものがないので、どこからスタートするか、手探りでの開発でした」

▼【投稿】を押した場合の画面

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デフォルトでは24個の「感情アイコン」がある。「感情は曖昧なものなので、扱い方に気をつけました」と岡橋さん。あえて「モヤモヤ」という感情が入っており、カウンセリングなどだとその「モヤモヤ」の正体を解き明かすために、ブレイクダウンして言語化していく。 そのプロセスを自ら擬似的に追体験できるよう、自分で直後に理由が入れられる。使えば使うほど、モヤモヤが言語化され、解きほぐされていくよう考えられている。ぷよぷよした形も有機的な感情の表現。曖昧さを曖昧なまま受け入れ流ことと、有機性のあるデザインが意識されている。

▼【答える】を押した場合の画面

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【答える】をタップすると、質問が出てくる。この質問は「ガイドジャーナリング」と確立された手法があり、そこで用いられる多岐にわたるテーマをベースにオリジナルで現状数百個の質問が用意されている。答えづらい質問も、1タップで別の質問に切り替えが可能。ジャーナリング初心者向けに回答例も添えられている。 「今のバージョンではガイドジャーナリングという体験自体がどう受け入れられるかを検証しています。私たちの予想以上に皆さん使ってくれていることが分かってきたので、質問を拡充したり、例えば、人間関係や価値観、恋愛など深堀たいテーマごとにガイド質問を設計していくことも今後やっていきたいですね。

+++2月にリリース予定の「AIによる感情予測」機能。ジャーナル投稿の内容をAIが分析し、感情アイコンを自動予測・選択することで、よりスムーズなジャーナリング体験を実現する。

【後編】感情に寄り添う、やさしい世界観の作り方。ジャーナリングアプリ『muute』 の思想
https://careerhack.en-japan.com/report/detail/1453

画像提供:ミッドナイトブレックファスト社


取材 / 文 = 白石勝也


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