「ものがたり食堂」というとても不思議な食事会がある。いつも予約でいっぱい。その秘密は、映画や小説など「物語」になぞられた一夜限りのコース料理。参加者は、まるで映画の世界に迷い込んだみたいなキモチになれる。フードディレクターさわのめぐみさんが、ユニークな企画のタネを明かしてくれた。
「壁から落ちたハンプティダンプティ」
メニュー表に書かれた、ちょっと不思議な料理名。テーブルの上に並ぶのは無数のトランプ。じつはこれ、童話「不思議の国のアリス」をなぞらえた『ものがたり食堂』での一幕。
このちょっと不思議な食事会の仕掛け人が、フードディレクターのさわのめぐみさんだ。
彼女が仕掛ける一夜限りの食事会はいつでも予約でいっぱいに。人々は何を求めて参加するのか? そこには、あたらしい食体験をつくり出す、彼女のクリエイティブな発想があった。
映画、小説、絵本…さまざまな物語を題材にした、コース料理が食卓に並ぶ。食べて美味しいだけでないあたらしい食体験を、さわのめぐみさんは仕掛けている。彼女にとって「ものがたり食堂」は、“味わえる読書感想文”だと語ってくれた。
私にとって「ものがたり食堂」は、“味わえる読書感想文”といえるかもしれません。というのも、まずレシピを考える時、図書館に行くから。題材とする小説や映画について、こと細かくリサーチをしていく。
物語の舞台になった歴史、土地の風土、時代背景…徹底したリサーチが、アイデアのインスピレーションにつながっていて。実際、その土地に足を運んでみることもあります。
自然と食材や料理、レシピと結びついていくんです。ただの歴史資料を眺めても、すごくお腹が空いてきちゃうし、むしろ、資料そのものまでおいしそうに見えてきちゃう(笑)発想をふくらませている瞬間がすごくわくわくします。
【プロフィール】さわのめぐみ – Food Director –
家族全員が料理人という家庭で育ち、物心が着く頃には同じ料理の世界に。2年間イタリアへ修行、帰国後、イタリア料理という枠から飛び出し様々な料理を楽しんでもらえるようお店を持たず、ケータリングという形で料理を提供している。ケータリングや『ものがたり食堂』を中心に活動。『持たない暮らしの簡単つくりおきレシピ』監修。新刊『わかったさんシリーズ』レシピ監修。
「ものがたり食堂」では、料理名に「パスタ」「デザート」のようなダイレクトな名前はつけない。「不思議の国のアリス」、映画「BACK TO THE FUTURE」など、映画や小説をモチーフに、その日だけの料理たち。“細部へのこだわり”が隠されている。
たとえば、『美女と野獣』を題材にした料理だったら「野獣の角」。
心優しい野獣をイメージして、ドライローズをしきつめたジュエリーケースに閉じ込めています。キャラクターのやさしさや繊細さを、味覚でも視覚でも味わえる。そんな風に、映画のワンシーンや登場人物のキャラクターを感じられるように工夫しています。
料理を出すタイミングにも、あまりとらわれないようにしています。ショーのようにコースを楽しんでもらうために、前菜から始まって、大きな出来事があって、だんだんと平和になってデザートで終わるとか。コースを通して物語を楽しんでもらえるように、流れを作っています。やっぱり何が出てくるか分かってしまうとつまらないですよね。
「ものがたり食堂」では、テーブルの装飾や、お皿にもこだわり、空間全体で物語の世界を表現する。彼女にとって料理はクリエイティブと同義なのかもしれない。
私にとって料理は、テーブルもお皿もキャンバスで、その大きいキャンバスに絵を描く感覚に近いと思います。食自体をクリエーションしていくという感覚です。
世の中的にも、“食べられるもの”だったものを、“目で見て味わう、食べられるから味わう”ここに、楽しむ体験に価値が出てきていると思うんです。
おいしいものって、今どき簡単に食べられますよね。単純にお腹を満たすだけならば、コンビニでもいいし。でも、コンビニで買う100円のおにぎりと、〇〇さんが握った1000円のおにぎりがあるとして、その価値の差は何なのか。そういう食に対する価値観を絡めていくことが大切だと思っています。
25歳でイタリアに留学し、料理人として修行を積んできたさわのさん。師匠のシェフに学んだのは「料理をすることは、食材と五感で対話すること」。全身の感覚を研ぎ済ましていく。
たとえば、目の前では玉ねぎを切っていても、後ろでパスタをゆで加減や、スープの火の通り具合を、臭いや音で感じ取っています。
パスタは、焼きそばみたいにバチバチいわせちゃいけない。それだとちょっと音もおかしいなって気づく。スープの火の通り具合も、臭いや音で判断しながら、ベストなタイミングで具材や調味料を入れていく。
そんな風に、五感で食材と対話することをシェフに教わりました。
当時、私が教わっていたシェフは、厨房が360度見えているんじゃないかってくらい視野が広かったんです。それは五感をフル稼働しているからだと思うんです。私はずっと下っ端だったんですけど、通りすがりに怒られたりする。誰が何をしていて、どの工程にいるか、すべて把握している。すごいですよね。私はそこまでなれないです(笑)
普段はケータリングの仕事をメインに行なっている彼女。「ものがたり食堂」は個人プロジェクトで儲けのことは度外視しているそうだ。それでも「ものがたり食堂」を続ける意味とは。
「ものがたり食堂」は自分のことを知ってもらえる、可能性を開いていく大切な場所なんです。
たとえば、「ものがたり食堂」を通じて私のことを知ってくださる方もたくさんいる。参加者の方からの口コミで、ウェディングパーティーのケータリングの依頼に結びつくこともありました。新郎新婦の馴れ初めなど、いろいろなお話を伺い、お二人ならではの物語を表現して。
ケータリングのお仕事も「ものがたり食堂」も、ただただ食べてくれる人の喜ぶ顔をみるのがたまらなくうれしい。レシピを考えたり、仕込みをしたり、何日もかけて準備をしてつくるのはものすごく大変。けれど、その疲れは、笑顔を見ると吹き飛んじゃうんです。
料理は「おいしいね」のひと言で会話が弾むようなツール。そういう存在として、これからも料理をつくれたらと思っています。
※本記事は、大人のための街のシェアスペース・BUKATSUDOにて開催されている連続講座、「企画でメシを食っていく」(通称・企画メシ)の講義内容をCAREER HACKにて再編集したものです。
撮影:友田和俊
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