2019.10.28
はじめて監督した長編映画『メランコリック』が受賞多数! 田中征爾の仕事スタンス

はじめて監督した長編映画『メランコリック』が受賞多数! 田中征爾の仕事スタンス

インディペンデント映画『メランコリック』がひそかな話題だ。2019年8月に公開され、じわじわと上映館を増やす。監督・脚本を手掛けたのが田中征爾さん。実はITベンチャー『Schoo』で働く一面も。いかに「映画」と「ベンチャーでの仕事」を両立しているのか。妥協せずに両方ともやり抜く、仕事へのスタンスがそこにはあった。

映画『メランコリック』が描くダサい男の奮起

撮影期間10日間、予算300万円、出演は無名俳優たちーー。

映像製作ユニット「One Goose」が手掛けたインディペンデント映画 『メランコリック』が注目を集めている。

「銭湯で夜な夜な行なわれる殺人」に、うだつの上がらない東大卒のバイトが巻き込まれていく。ミステリー、ホラー、ドラマ、恋愛などの要素が入り混じり、独特な世界観が観客の心を掴む。

2018年の『第31回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門(*)』で監督賞を受賞。さらに、前年に『カメラを止めるな!』が観客賞を受賞して話題となった「ウディネファーイースト映画祭」では新人監督作品賞に選出された。映画監督、俳優、漫画家、ミュージシャンなどクリエイターからの評価も高い。

(*)日本のインディペンデント映画から個性が強く、独創性とチャレンジ精神に溢れる作品を選出。監督のキャリアは問わない。

AKB48の峯岸みなみさんもTwitterで取り上げるなど話題に。

監督・脚本を担当したのが田中征爾さん。初の長編映画で結果を残した形だ。

じつは彼、ITベンチャー『Schoo』で働くディレクターの一面もある。「映画」とベンチャーでの仕事をどう両立し、結果につなげたのか。その舞台裏に迫った。

【プロフィール】田中征爾 / 1987年、福岡県生まれ。日大芸術学部演劇学科を2年で中退した後、アメリカへ。カリフォルニア州「Orange Coast College」で映画脚本を学ぶ。帰国後、舞台の演出や脚本執筆を中心に活動。30歳で、Schoo社に入社。放送ディレクターとして働く。監督・脚本を手掛けた『メランコリック』が、第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ部門」で監督賞を受賞。

5週間連続、土日だけで撮影

ー働きながら監督、脚本を担当されたと伺いました。実際どんなスケジュールだったのでしょうか?

撮影でいうと、平日働いていてなかなか時間が取れなくて。金曜の夜から日曜の昼にかけてやるという強行スケジュールでしたね。

5週連続で合計10日間。金土は基本徹夜ですよね。時間がぜんぜんなくて、その中で最後まで撮影を終えなきゃいけない。ここは正直、かなり大変でした。

たとえば、舞台となる銭湯も普通に営業していて。夜の11時に閉店したら、バッと機材を運び込んで、準備して、朝9時か10時ぐらいまで撮影をする。

夜のシーンだったのに、時間が押しちゃって。明るくなったから泣く泣く削ったシーンもありました。編集段階になって「ああしとけば良かった、こうしとけば良かった」とめちゃくちゃ悔しいところもありました。

ー本当にインディペンデント、手作りな映画だったことが伺えます。

そうですね。当然いろいろな手配も全て自分たち。僕は衣装をやったし、出演もしている磯崎くんは小道具、主演している皆川くんは共演者さんのお弁当発注まで担当していて。

皆川くんは、主役で出てるんですよ。なのに「カット」がかかった瞬間、「…あのお弁当の手配ってどうなってます?」ってスタッフさんに聞かれたりしてましたね(笑)

「メランコリック」
俳優「皆川暢二」「磯崎義知」、監督・脚本「田中征爾」、同い年3人で立ち上げた映像製作ユニット「One Goose( ワングース )」第一弾作品として製作。日本人にとって身近な銭湯で行なわれる殺人を軸に、登場人物たちの人間模様を描く。第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門で監督賞、ヨーロッパ最大のアジア映画祭・第21回ウディネファーイースト映画祭では新人監督作品賞を受賞した。

表現したいことは、とくにナシ。

ー『メランコリック』は「夜中の銭湯で殺人」という設定がとてもおもしろいですよね。このアイデアはどう生まれたんでしょうか?

じつは「銭湯」という場面設定、アイデアは一番最後に出てきたんですよね。

もともと「山の上の採掘場」を舞台に大枠としては同じ話を書いていて。ほとんど書き終わっていたんですが、ロケ地探しをしても予算と安全面でどうしても貸してくれるところが見つからなかったんです。

どうしようかな…と思っていたときに、ロケ地探しを担当していた磯崎くんが「銭湯はどうか」と。場所を限定してくれるから、予算面でもすごく助かるよねって(笑)。

結果としてはその設定がおもしろがってもらえた。脚本の書き直しも必要だったんですが、ストーリーの観点でも、「殺人」と「銭湯」はいろいろと都合が良かったんです。それまでに少し無理やりだなぁ…というところがかなり解決されて、すごく助けられました。

ー…かなり練り込まれたのかと思いきや。意外にいきあたりばったりなところも?(笑)

そうなんですよ。

じつは作品のテーマや描いていることについても、いろいろな方が考察してくれていますが…正直、映画をつくる上でなにか表現したいことがあるわけじゃないんです。訴えたいテーマがあるわけでもないし、特別な感情を表現したいということもない。僕の中に伝えたいこととか、抑えきれない感情みたいなものって、ホントにゼロなんです。

ー表現したいことがない、というのも驚きました。では作るモチベーションとは?

単純におもしろいと思ってもらえる映画を作りたい。ホントにそれだけなんです。そのための手段として、テーマだったり、メッセージだったりを使っている。そんなイメージ。

あとは、つくることが、ただただ楽しい。今回は3人でつくっていきましたけど、赤羽の喫茶店に集まって、どんなストーリーにするか、1か月ぐらい毎週通って話し合っていって。みんなでこねくり回していく作業がとにかく楽しかったですね。

ーちなみに主人公が同窓会に参加するシーン、すごく印象的でした。イケイケで成功している同級生が出てきて。主人公は隅っこのほうで誰からも声をかけられない。ケータリングを食べる…という。共感しまくって…いたたまれなくなりました(笑)

あのシーンに関しては、かなり実体験が入ってますね。前に高校の同窓会に行ったとき、進学校だったので、同級生は弁護士だったり医者だったり活躍してる人ばかり。一方僕は「売れない脚本家」と答えるのがやっとで。主人公は完全に僕を投影しています(笑)。

2017年、長編映画のプロトタイプとして製作した短編作品が、京都国際映画祭クリエーターズ部門で入賞。2018年には短編作品をもとに、クラウドファンディングも実施した。

どんな場所でも「ダサい自分」になりたくない。

ー映画監督・脚本家のご自身と、会社員として働いているご自身。それぞれはご自身のなかでどういった位置づけですか?

ベースは、間違いなく「脚本家としての自分」があります。ただ、脚本の仕事をやっているから、もう一つの仕事は適当にするというのは考えられない。それってすごくダサいなと思うんですよね。どんな場所でも「替えのきく存在」ではいたくないんです。

ーなぜそう思うのでしょうか?

多分、そういう自分を好きになれないんですよね。自分のことを嫌いって、すごく不幸じゃないですか。だから、自分を好きでい続けるためにやってるんだと思います。

あと、おそらくその根底には、劣等感があるんですよね。

これは今回のユニットメンバーでもある磯崎くんに言われてハッとしたことで。僕は一度も「かっこいい男」が主人公の映画を書いたことがない。僕の書く主人公っていつも神経質でかっこ悪い。これってどこか自分のことを「かっこいい」と思えていないからなんじゃないかって。なんだろう。「かっこいい男」が主人公のストーリーを書いていると恥ずかしくなってしまって書けないですね(笑)。

ー今回映画を評価され、「自分かっこいいぞ」と少しは思えましたか?

いや、全然ないです(笑)。ただ、少し心境には変化があったかもしれません。

映画を撮ってる時ってちょうど30歳で。ずっと売れない脚本家をやってきたんですよね。どこか後ろめたさみたいなものもあって。「創作活動みたいなことをやり続ける権利」が自分にあるのか、という気持ちがありました。金になる見込みもないなら、やる意味もないかなって。

ただ、『メランコリック』が少し評価いただけた。「これからも映画をつくり続ける」という権利を、自分で自分に与えてあげてもいいかもしれない。少しだけ自分を肯定してあげられた気がします。

…それにしても…べつに急に仕事がたくさん舞い込んでくるわけでもなく、驚くほど周りの環境は何も変わらない(笑)。やっぱり作って、自分で仕掛けていくしかないですね。

ー最後に、田中さんは今後どのようになっていきたいと考えていますか?

一番には、やっぱり「監督や脚本で食べていけるようになりたい」というのはあります。ただ、だからといって『Schoo』での仕事を中途半端にやる気はない。「田中がいないと駄目だね」って言われるような人間になりたい。この気持ちは強いです。

じつは最近、ビジネス本とかちゃんと読んで勉強し直したりして(笑)。きちんとビジネスパーソンとして尊敬される人物でありたい。やっぱりこれも「かっこいい」から。『メランコリック』の主人公みたいに何かしら仕事で認められていく。そういった存在に憧れているのかもしれませんね。


編集 = 白石勝也
取材 / 文 = 越智良知


関連記事

特集記事

AFTER 2020

時代は平成から令和へ。そして訪れる「2020年以降」の世界。2020年からの「10年」をいかに生きていくか。より具体的に起こすべきアクションのヒントを探る連載企画です。お話を伺うのは、常に時代・社会の変化を捉え、スタートアップと共に"一歩先”を見据えて歩まれてきた投資家のみなさんや、未来を切り拓く有志者のみなさん。それぞれが抱く「これから10年間で現実的に起こり得ること」と「新しい生き方」の思索に

お問い合わせ
取材のご依頼やサイトに関する
お問い合わせはこちらから