ネットで愛される秘境の地「群馬」を舞台にしたライトノベルが『“世界最後の魔境”群馬県から来た少女』だ。作者である日下一郎氏は、驚くことにスピンオフのゲームアプリも自身で開発した。これからの時代、業界やジャンルをまたぎ、クリエイターはどう表現の幅を広げられるか。日下氏の活動から探っていく。
成人の儀式は原始的なバンジージャンプ、通勤通学は軍事用ヘリ、夏は気温50度を超える灼熱…ネット上で、まことしやかにささやかれる魔境「群馬」。(実在する群馬県とは一切関係がない架空の地とされる。画像検索で「群馬」を調べてみるとおもしろい)
そんなネットで愛される「群馬」を舞台にしたライトノベルが『“世界最後の魔境”群馬県から来た少女』(スマッシュ文庫)だ。驚くことに、実在する群馬県も正式に協力している。その作者が日下一郎(くさかいちろう)氏だ。
同氏はライトノベルの執筆だけでなく、スピンオフであるゲームアプリも自身で開発。ネット上でも「ネタアプリなのに無駄にクオリティが高い!」と好評だ。
たった一人でメディアをまたいだ創作にチャレンジしている日下氏。これからの時代、一人のクリエイターがいかに表現の幅を広げていけるか。WEB・IT・ゲーム…その他さまざまな領域における「コンテンツ発信」のあり方をどう捉えていくべきか。そのヒントを日下氏へのインタビューを通じて考えてみたい。
― ライトノベルを書き、ゲームアプリも自身でつくる。かなり珍しいですよね。いきなりで大変失礼なのですが、日下さんは、その…何者なのでしょう?
そうですよね、作家としても駆け出しですし、わからないですよね(笑)。あまり大きな声では言えないのですが…作家活動の他に、会社で働きながらゲームの職業クリエイターをやっています。だから、ゲームのほうが本職といえば本職なんですよね。
― なぜまたライトノベルを書こうと思われたのでしょうか?
私自身、クリエイターってサラリーマンではダメだと個人的に思っていて。本来、自分の中に「何かしらコンテンツを発信したい」「これがやりたい」と欲求があるもの。それを仕事にしていくのがクリエイターなのかな、と。
ゲームで言えば、コンシューマやアーケード、ソーシャルにも携わってきましたが、まずプロジェクトが巨大になりすぎていますよね。全容を把握できないし、できたとしても自分の意見が通るわけではありません。
昔からゲームに携わっている身として感じるのは、本来、ゲームづくりってもっとホットだったんです。自分達で考えながら「こうしたらもっと面白いんじゃない?」とか、あーじゃないこーじゃない言いながら面白いものが出来あがる。でも、今はどんどん作業的になっていて、言葉はよくないかもしれませんが、工場のようになっています。
「クライアントが言っているから」や「売れるタイミングでリリースを」など“しがらみ”も増えていて…。
― それは、最近より顕著になってきたことなのでしょうか?
やはり業界を大きく変えたのはソーシャルゲームだと思います。「どう課金してもらうか」という発想でゲームを考えるやり方が主流。色々な価値観があると思いますが、それは単なるビジネスであって、ゲームではない。本来自分がやりたいゲームづくりと方向性が違うと感じたんです。
そういった不満が最初にあり、じゃあ一人のクリエイターとして自分に何ができるのだろう?と考えるようになりました。ジャンルに捕らわれず、できるだけ多くの人にリーチできて、盛り上がっているところ。コストとリスク、リターンのバランスが取れるところはないか。それだったら、ライトノベルがいいのではないか?と。
たとえば、マンガ原作やアプリでもやりようはあったのかもしれませんが、そこまで市場に広がりがあるか、ちょっとわからなかったんですよね。ライトノベルはもう一大産業ですし、そこを起点にしてコミックになったり、アニメになったり。もっと言えばゲームに展開したり、そういった作品がかなりあるということは知っていました。
もちろん、ライトノベルが好き、という気持ちもあるのですが、どちらかというと分析的に入っていった部分もあるのかもしれません。…だから、本当にライトノベルが好きな人からすると、まだまだ勉強不足ですし、「にわか」なのかもしれません。そのあたりはきちんと受け入れて、もっと勉強していかなければと感じています。
― ライトノベルとゲームアプリを一緒に出されましたが、その理由とは?
ラノベとアプリをセットにしたら、どれだけ訴求ができるだろう?という部分を見てみたかったんです。ゲームだけで作っても「あぁ懐かしい感じのゲームだね」で終わってしまうし、ライトノベルも「群馬ネタで押しただけか」と注目されない。
― 今ってアプリにしても、ライトノベルにしても、やろうと思えば誰でも個人でできる時代ですよね。でも、同時にやってしまう、しかも出版社と組んでリリースできる人は珍しい。どうすれば注目されるか?といった発想もあったのでしょうか。
それもありますね。ただ、全てを計算していたわけではないんです。
じつは去年に書いたデビュー作で『妹戦記 デバイシス』というライトノベルがありまして…PHP研究所さんに「この企画は絶対ウケる!」と企画書を持ち込んで実現したんです。かなり気合いを入れて書いたつもりが…正直、パッとしなくて(笑)
ライトノベル業界はとんでもない激戦区だから簡単には手にとってもらえない。こんな当たり前のことを改めて痛感しました。ただ、思いもしないところからの反響もあって。
完全に私の趣味なのですが、小説の中で「MSX」が大活躍するんですよ。80年代にはちょっとした人気のあった廉価なホビーパソコンの規格なんですが、一部には根強いファンがいるんです。
そんなMSXが好きな人たちや、その界隈で取り上げてもらえた。ライトノベルの定番ネタ「妹」で押したつもりだったのですが、MSXのネタに喜んでもらったんです。そこから遊びでスピンオフのゲームもつくったら反応が良くて。
こういった経緯もあり、もし次にライトノベルを出す機会をいただけるなら、あらかじめセットにして出す、自前メディアミックスのカタチにしたいと考えたんです。
「仕事で理想のゲームづくりができていない」「ライトノベルを書きたい」という気持ちがちょうどリンクして、ライトノベルとアプリを同時に出せた、という感じですね。
― 小説が書けるだけでなく、アプリも開発できる。これは日下さんだけの強みですよね。
いえいえとんでもない。小説が書けるなんて偉そうなことは言えません。素人同然ですし、今だと「小説家になろう」というサイトもありますし、凄まじい生存競争の中でどんどん面白い作品が出てきています。そんな中でポッと出した本が注目されるかといえば、そんなことはありません。
だから、少しでも喜んでもらえるよう、変化球で何とかできないか。正統派のライトノベルとして成立しなくても、なんとか見てほしいと考えて…その結果として生まれたやり方だったというだけで。普通にやったら埋没するから知恵を絞る。それだって上手くいっているかどうか…(笑)
アプリにしても、昔だったらできなかった開発が今ならできるようになっていますよね。マシンパワーは格段にアップしているし、開発環境も進んでいる。ひとりで工程を完結できるようになりました。ゲームづくりのハードルもどんどん下がっています。
私の場合も、『妹戦記 デバイシス』を出版した時、趣味でつくったゲームをスマホ仕様に変えるしかやり方がなくて…チープなつくりは「群馬の最新技術でつくられているんだ」というナレーションでネタ的にごましているんです(笑)。
― もし、作家活動や個人でのアプリ開発が順調にいけば今の仕事は辞められるのでしょうか?
これから考えていくことでもあるんですけど…理想を言えば、個人の活動で得たノウハウや経験を本業のほうにフィードバックしていきたいんです。
「こんな形でアピールすればゲームが立ちいく。マネタイズできるんだ」ということを示したい。本当にゲームの世界はジリ貧ですし、課金の新しいカタチが求められていると思います。
好きなことを仕事にして生活苦で自爆するか、好きなことは趣味で…と割り切るか。今だと、どうしても二択になりがちですよね。それは私も例外でないと思います。ただ、どっちかしか選択肢がないのは考えものだなぁと。
― 「本業のあり方を変えていく」そんな選択肢を新たにつくるということでしょうか。
そこまで偉そうな事を言えた立場ではありませんが、最終的には一緒に働くゲームクリエイターや周りの人も幸せにして、自分も好きな事ができるようになっていきたい。こういう気持ちはありますね。
昔はゲームでも「一攫千金」の夢があったと思うのですが、今は無理ですよね。
ゲームだけじゃなくて、アニメもマンガも…いちクリエイターとしてやるからには、多少でも一攫千金の「芽」が見えないとやっていてもおもしろくないし、あまり意味がない気がするんです。
お金だけじゃなくて、ドカンと当たればこそたくさんの人に届く。それがモチベーションになる。コンテンツビジネスにとって流れ作業のような工場も、ある意味では必要なのかもしれませんが、それはクリエイターの本来の姿ではない気がするんです。
一方で、あまりにもコンテンツの発信にこだわりすぎると博打になる。博打は負けるんですよね。「商売」と「博打」の折り合いをどのようにつけていくか。
私だっていまは「変わったことして目立ちましたね」と言うだけの単なるヘンな人ですよ(笑)。ビジネスとしてちゃんと儲かる、僕らにもやれそうだ、とたくさんの人に思ってもらう。そうなれるように、まだまだ試行錯誤ですね。
― 本当にやりたいことは趣味で…と終わるのではなく、本業にノウハウをフィードバックする。個人の取り組みでも積み重なれば、業界を変えるきっかけに…そんな可能性を感じることができました。本日はありがとうございました!
(おわり)
[取材・文]白石勝也
編集 = 白石勝也
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