2014年、早稲田大学のサイトリニューアルが賛否両論を巻き起こし、話題となった。そのサイトの制作を手がけたのが、CINRA.NETなどのカルチャーメディアを運営している、株式会社CINRAだ。制作の背景について、テクニカルディレクター濱田智さんにお話を伺った。
― 2014年、CINRAが担当した「早稲田大学のサイトリニューアル」が話題となりました。ビジュアルを多用したメディア型になりましたね。どういった経緯でこういったサイトになったのでしょうか?
そもそもになってしまうのですが、何よりクライアントである早稲田大学、広報課の方々のビジョンの強さとクリエイティブへのご理解が一番大きかったと思います。
「日本の大学は当然こうあるべき」というWEBサイトってありますよね、テキスト中心の堅いイメージで。ただ、海外における大学のサイトと比べると…。もっとできることがあるんじゃないか?という単純な疑念からスタートしていて。
そこから、ビジュアルを押し出す訴求、テキストの省略、情報の発信頻度を高めるCMSの導入など骨子ができていったんです。
― 単なる情報発信ではなく、「読者にどう感じてほしいか」。メディアを運営してきたからわかる部分を、CINRAとしても大事にしたのかな?という気もしたのですが。
確かに、「読者」と「メディア運営側」のコミュニケーションを大事にしたいという部分はこちらからもご提案させていただきました。企画からCINRAのメンバーが入っているので、その考えが反映された部分はあるかと。ですが、「大学の多様な魅力を伝えるサイトを作りたい」というのは大学側が最初に提示した目標でした。そのような明確なゴールがあったため、そこに向かってブレずに制作させていただくことが出来ました。
― チームとしては、どういった編成だったのでしょうか?
CINRA側は、ディレクター2名、チーフデザイナー1名、私がディベロッパー(エンジニア)のチーフという4名が中心で。あとは早稲田大学の広報課の方を含めて全員がチャットで情報共有し、意見を投げ合って、全体でひとつのチームという体制でした。
― プロジェクトによって、エンジニアの役割はさまざまだと思うのですが、このプロジェクトではどのような役割を担ったのでしょう?
デザイン的な理想と、課題の間に立つ、橋渡し的な存在というか。多くの制作会社でもあることだと思うのですが、デザイン側は、どうしても技術や運用に立脚しない「すごいこと」がやりたいし、そこに高いモチベーションを抱くのはデザイナーのあるべき姿ですよね。でも、早稲田大学のサイトとしての公共性、そして更新性の高さなども同じぐらい重要な、達成すべき目標です。そのように、一見対立しがちな課題の間でバランスを取りながら、構造を最適化していくのが、私の役割でした。
早稲田大学側から挙げられていたリニューアル前の課題として、各学部・研究科ごとにデザインと構造の異なるサイトを独自運営していたことがあります。大規模な組織であるがために、学部間での連携が取りづらく、更新の手法もバラバラだったようです。“全員で広報していく体制をつくる”というゴールを掲げていただいていたので、そこに向かって更新システムを一元化していくよう設計していきました。
通常、デザイン性を重要視するサイトや、ここまで大規模なサイトでは更新システムにWordPressを用いることを避けがちなのですが、誰でも簡単に、いつでも更新できるよう、WordPressをカスタマイズしながら管理画面を整えていきました。同時に、デザイナーの要求に対して「技術的にはできるが、それをすると更新の負荷が掛かる。更新負荷は下げた方が良い」など運用を考慮し、調整していきました。
今後、学部・研究科など約80サイトをリニューアルしていく予定で、バリエーションを増やしても問題がないように何を仕込んでおくか、更新作業に支障はないか、とはいえデザインの柔軟性は失われないようにする……という地味な橋渡し、調整の役回りですね。
― 今後、80サイトもつくるんですか!?ネット上で話題になった「ブラウザをどこまで対応させるか」「スマホ対応をどうするか?」という部分も、それらのバランスを見た上で決めていったのでしょうか?
そうですね。だから、アクセシビリティやユーザビリティの議論になった時、運用コストとお金、時間…どこにどれだけかけるか?ここをつめていくのが物凄く大事で。そういう議論がなされないまま「俺の考える理想のWEBサイト」みたいな話をしても、別にいいんですけど、あんまり意味がないというか。
早稲田大学広報課の方も仰っていますが、このリニューアルが正解だったかどうかはまだわかりません。ただ、今の時点が完成ではないので。これから数年をかけて、サイトを良くする使命がある。そこにご期待くださいという感じでしょうか。
― 「CINRA」という組織についても伺いたいのですが、社員の皆さんに共通している部分があると感じていて。たとえば、受託でWEB制作を担当するエンジニアやデザイナーも、音楽・映画・アートなどのカルチャーが好きだったりして。
そうですね。エンジニアも文系出身がほとんどですし、音楽や映画好きが多く、会社のバックボーンにカルチャーがあると思います。たとえば制作をする上では、データ分析など細かく行ってはいるんですが、データには現れない部分が僕らの強み、というか。もしCINRAが完全に数字だけを追う会社だったら、僕は居心地が悪かったと思うんです。同時に数字にもよりコミットしていければ、無敵なんですけどね(笑)。
― コンバージョンだけではない価値を前提とし、共有しているというか。
偏見かもしれませんが、興行収入だけで観る映画を決める人とは一緒に働いても面白くないですから(笑)。それは極端な例としても、エンジニアとしては、デザイナーとディレクターの間で発生する技術的な理解の齟齬(そご)をなくすために動かないとダメですし、もっといえば、社内にはCINRA.NETなどの自社メディアを運用している編集部があって、編集者として入社したばかりのメンバーは、技術のことがほとんどわからない。だから、翻訳者みたいな役割が大きいんです。そうすることが、僕のようにディレクターに近い立ち位置にいるエンジニアの価値になっていると思いますし、その媒介としてカルチャーがある、ということが、CINRAの特徴と言えるかもしれません。
― 音楽・映画・アート・舞台などのカルチャーで共感できるメンバーが集まっているというのは、直接的ではないにせよ、組織としてよい相乗効果があるのかもしれませんね。
濱田さんには「CINRAのテクニカルディレクター」以外にもう一つの顔が!?バンドのフロントマンであり、アルバムをリリースするなど本格的な音楽活動も。次回はそんな濱田さん個人の「本業とプライベート」に迫ります。
[取材・文]白石勝也
編集 = 白石勝也
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