組織のリーダーに必要な資質とは一体何なのだろうか。その答えに迫るべく、ライフネット生命 出口治明社長へのインタビューを敢行。意思決定や人材登用、組織構築、仕事観・経営観にいたるまで話を伺った。一回目のテーマは「意思決定の極意」。即断即決を実践するための“思考力”はいかにして養われるのか。
― 今日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速なのですが…
ええ、どうぞ。一問一答でいきましょう。どんどん聞いてください。
― はい。では、タイムリーかつ適切な意思決定を行なうために、出口さんが日頃から意識なさっていることは?
簡単なことです。人間にとって最も貴重な資源は何かといえば、それは「時間」なんです。ただ時間が有限な資源であると認識している人は少ない。世の中すべてのビジネスは、時間との競争です。だから僕はスピードを重視している。当たり前のことです。
物理の法則で考えてみると、運動エネルギーは「質量×速さ」で決まります。 重いものがものすごいスピードでぶつかると、すごい衝撃になる。この法則はあらゆることに当てはまるんです。
人間の能力が質量で、意思決定の速さがスピードと考えたときに、その掛け算が「ビジネスのエネルギー」ということになるわけだけど、人間の能力なんてそんなに変わりはないんですよ。そうするとスピードが何よりも大切になる。部下に仕事を頼んだとして、翌朝に仕上げてきたら、多少デキが悪くても「こんなに速いんだからまあいいや」となりますよね? でも、いくら完全なものを仕上げてきたとしても、それに一週間かかっていたら「そんなに時間かけたらできて当然だ」と、こうなる。
ビジネスの世界において、意思決定というアクションは極めて大事です。だからこそ、意思決定においては何よりも「スピード」を重視しなくてはいけません。
― そのスピードを速めるために必要なこととは?
たくさん、深く考えることです。考える能力というのは「睡眠」に似ています。時間以上に、深いか浅いかが重要です。短い時間であっても、深く考えれば“面積”は大きい。長い時間をかけて考えても、浅ければ面積は小さい。だから早く意思決定するためには、深く潜るための“集中力”を高めなければいけません。
― 集中力を高めるためには?
勉強するしかないです。そして、人間は“人”と“本”と“旅”からしか学べません。いろんな人に会い、たくさんの本を読み、さまざまな場所へと旅をする、これに尽きます。
人間の脳というのは良くできています。何か物事を考えるときも、頭の中にいろんなものが入ってさえいれば、脳が勝手にいろんな引き出しからいろんなものを選んできて、組み合わせてくれます。逆に引き出しの中が空っぽだったら、何を考えてもダメです。たくさんインプットして脳の中にいろんなものをたくさん入れておく。あとは考えることに没頭しさえすれば、決定プロセスはスピーディになります。
― いろんなことが分かるからこそ、迷ってしまうこともあるのではないかと思うのですが?
それは生活態度が間違っているんですね。そういう人に僕がいつも言っているのは、まず「時間を設定してしまう」ということ。ものすごく迷っているテーマだったら、1週間後の夜12時までに結論を出すと決めてしまう。
あとは期限まで徹底的に考える。集中力ですね。もしAかBかで迷っていて夜12時までに答えが出なかったら、10円玉を投げて表だったらA、裏だったらBと決めておけばいい。集中して一週間考えても結論が出なかったということは、甲乙つけがたいということ。いくら期限を延ばしたとしても結局は決められないんです。だからタイムラインを決めて、10円玉でもあみだクジでもなんでもいいんですが、結論が出なかったらどうするか、そのルールまで決めておくようにすると。
― 出口さんも10円玉で、やってらっしゃるんですか?
ええ、ルールとして「悩んだらそうしよう」というのは常に持っていますよ。ただ僕の場合はほとんど悩まないので。
― 常に即断即決で?
はい。集中力の問題です。インタビューに関しても、僕は質問を深く聞いて脳をフル回転させているから、準備をしていなくてもすぐに答えを出せる。“面積”ですよ。長く考えるのではなく、深く考えて“面積”を大きくする。
― なるほど。そして、それができるようになるには、人に会い、本を読み、旅をするしかないと。
ええ、とにかく勉強するしかないです。
― 意思決定のスピードを高めるには、人と本と旅を通じて「学ぶ」ことが必要だと仰いました。その「学ぶ」ということに関して、具体的に何をどう学べばいいのでしょうか?
「人間」を学ぶに決まっています。人間はどういう動物で、人間がつくる社会とはどのようなものであったかを学ぶ。あらゆるビジネスは「人間」を相手にするものです。人間がどれくらい愚かしい動物なのか、どれくらい怠け者なのか、そういった「人間」に関する機微を学ぶに尽きます。その教材として最も適したものが“人”であり“本”であり“旅”であると、そういうことです。
― 多くのビジネスパーソンにとって、“本”から学ぶことが一番取り組みやすいことかと思います。学びを得るための本としては、どのようなものを選ぶべきでしょうか?
本はもう、圧倒的に「古典」です。ビジネス書を読むなど時間のムダである、と言ってもいいでしょう。自分でもビジネス書を出している者としては、天に唾する行為ではあるのですが…(笑)
いや、でもそれを十分に認識した上で、圧倒的に「古典」を読むことを勧めたい。なぜなら、古典は歴史に選ばれてきたものだからです。同じ物事を学ぶのであれば、下手な友人に教えてもらうより、プロに教わったほうがはるかにいいでしょう? 本を読むということは、記した人の話を聞くということです。10年も経てば忘れ去られてしまうようなしょうもないビジネス書を通じておじさんの話を聞くくらいなら、はるかにしんどいけれど、プラトンやアリストテレスの話を聞くほうが勉強になるのは間違いありません。
― 哲学書ですか?
いやいや、ダーウィンの「種の起源」でもいいし、文学でも歴史書でも、昔話でもいい。古典なら何だっていいです。長い年月残ってきたものは、多くの人に選ばれてきたものですから。
― それはつまり、「教養を身につける」ということ?
教養ではありません。教養という人もいますけど、そんなものより「人間がどういう動物であるか」を識ることが何よりも大事です。
― そのための「古典」だと?
そうです。出来のいい人が書いた本が、そうでない人が書いた本より役に立つのは自明です。僕は昔から本が好きでした。たくさんの本を読んでいると、「面白いな」「深く読み込めるな」という本と、すぐに読めてしまって「これは薄っぺらいな」という本と、分かってくるじゃないですか。たくさん人に会っていれば、面白い人としょうもない人の違いが分かるのと同じで、本の良し悪しも、読んでいれば分かります。
― なるほど、読み継がれてきた「古典」は間違いなく“本物”だというわけですね。そして人にとって時間は有限だからこそ、“本物”だけを取り入れていくべきだと。
そっちのほうがいいでしょう? ゴルフでもプロに教わればすぐに上達するけど、下手な友人に教えてもらったらむしろ変なクセがついてしまう。同じことです。
― 読書は、同じ本を何度も読み返したりなさいますか?
いや、僕は基本的に一冊の本は1回しか読まない。その代わり、途中で分からなくなったら、もう一度もどって理解するまで読む。本の読み方は人によって違うから、線を引いてもいいし、何度も読みなおしてもいいし、どんな読み方でもいいと思います。
大切なのは、読書という行為を通じて著者の考えを追体験することです。優れた人の思考プロセスを追体験しない限り、思考力は身につきません。手足の筋肉と一緒で、脳みその筋肉を鍛えるには適切な負荷を与えないと。なまっちょろい運動なんかしたって全然だめです。
― 思考を鍛える、と。
そう、脳も人間の身体の一部です。筋肉を鍛えるのと一緒。鍛えなければ、賢くなるはずがない。その一番の方法が「古典」を読むこと。優れた人の書いたテキストを丁寧に読み込んで、結論を追うのではなく、「なんでこの人はこの結論に達したのか」という思考のプロセスを追体験する。
『アダム・スミスが市場メカニズムを唱えて「神の見えざる手」という言葉を使った』という知識なんかいりません。そんなものは、Wikipediaに書いてある。そうじゃなくて、分厚い『国富論』を丁寧に読み込んで、その結論に達した思考の流れを追っていく。そうやって、世界を見る目を養っていくんです。
でないと、いつまでたっても自分の頭で考えることはできません。世の中に流布している社会常識を、無意識に受け入れて議論することしかできない。一つひとつの言葉や物事を腹に落ちるまで考えて、その上で自分の意見を組み立てていかないと、ビジネスはできません。人まねで考えて儲かるはずがないんです。
だからこそ、世界を“ゼロクリア”の状態で捉えて自分の頭で考える能力が何よりも重要。それを身につけるための「読書」であり、「古典」です。しょうもないビジネス書を読んで、マーケティング理論だとかマネジメント理論だとか、どうでもいい技術論だけで頭がいっぱいになってるうちはダメなんですね。
(つづく)
□常識を疑い、自分の頭で考える力はあるか?―ライフネット生命社長 出口治明の仕事論[2]
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