インターネット定期食材宅配サービスのパイオニア『オイシックス』に、一風変わったキャリアを歩む人物がいる。食文化や農業に貢献したいと同社へ入社した岸本綾氏だ。エンジニアとして入社し、現在、物流センター部長として働く彼は、なぜ畑違いの分野に挑戦することになったのか。異色のジョブチェンジの裏側に迫る。
2000年前半、相次いで生まれたネットを使った食材宅配サービス。当時、ユニクロが同事業から撤退したことでも話題になった。そういった中、「作った人が自分の子どもに安心して食べさせられる食材」をコンセプトに、食にこだわる多くのユーザーに受け入れられたのがオイシックスだ。
多くの企業が苦戦するなかで、パイオニアとしての地位を確立し、現在も著しい成長を続ける。
そのビジネスモデルが注目される同社だが、社員たちが共有している仕事観も特徴的だ。「仕事の報酬は仕事」という考え方が基本にあり、いい仕事をした人は、さらにやりがいのある仕事へとチャレンジできる。
職種を超えて挑戦したい社員にも、チャンスの場が広く提供されている。もちろん、異動には部署間での調整が発生するが、入社1年以上であれば、誰でも異動の希望を申し出ることができるのだ。
もともとエンジニアとして入社し、現在、物流センターの部長を務める岸本綾(りょう)さんも、ジョブチェンジをし、活躍している主要メンバーのひとりだ。
一般的にみれば、かなり変わったキャリアであるが、なぜ、このような道を歩むことになったのだろうか。
岸本さんが歩んできた道を辿り、その仕事観を伺うことで、エンジニアにおけるキャリアの可能性について考えてみたい。
― まずは岸本さんのバックボーンから伺いたいのですが、エンジニアになろうと思ったきっかけを教えてください。
テクノロジーで農業ビジネスを変えたい、こういった夢があり、エンジニアを目指したのがきっかけですね。
実家が果樹園農家で、桃やブドウを作っているのですが、子どもの頃からよく農作業を手伝っていました。
それで「農業には、なんて無駄が多いのだろう」と思っていて、何とかしたい、という思いがあったんです。
ビニールハウスの室温調整のために深夜に起きなきゃいけない。何日も費やして、日よけを果実1つ1つに手作業でかぶせたり、手で仕分けたり。運搬もカゴを使って持ち運ぶなど、すごくアナログなんです。
テクノロジーを使えば、もっと農作業を効率化できるし、農家の負担も軽くできるんじゃないか、と。
今でこそ大手SIerが、ITを使った農業改革に進出していますが、当時、ほとんどそういった会社はありませんでした。
いつか農業や食文化に貢献したいという思いを持ちつつ、新卒でシステム開発会社で、エンジニアとして勤務していたところオイシックスのことを知って「ここしかない」と応募しました。
― オイシックスでは、どんな仕事を担当されてきたのでしょうか?
入社して、システム部門に入りました。メインはECサイトの機能追加だったのですが、基幹システムのトラブル対応、DBの見直し、ネットワークの設定…気がつけば「何でも屋」になっていましたね。
というのも、当時のシステムの部門は私を入れて二人だけ。だから、社員全員からのちょっとしたシステムの質問も全部が私たちのところにやってくる。
どうすればできるのか、やってみて、改善して…この繰り返しだったので知識はかなり身についたと思います。
その前に働いていた会社だと「こんな納期じゃできない」「そんな技術は知らない」と言う人も少なくありませんでした。
オイシックスの場合、当時はシステムに詳しい人が少なかったし、「できない」とは言っていられなかったのです。常に「どうすればできるか」というコミュニケーション。
要望をもらって、代替案や条件を出しながら、実現の可能性を高めていく。
単に要望を突っぱねるだけでは、自分自身が「役に立たない」と思われるだけですからね。
― さまざまなタイプのエンジニアがいる中で、岸本さんはどういったタイプだったのでしょう?
技術を掘り下げだり、地道にシステムを作ったりするより、新しいコトに挑戦するほうが好きなタイプだと思います。
新しいコトをやっている時は、わからないことだらけで正直しんどいし、逃げ出したくなるんですけど、とはいえ、同じことの繰り返しでは刺激がありません。
こういう理由もあって『オイシックスモバイル』の立ち上げをやってみたいと自分から手をあげて、任せてもらいました。
当時、モバイル通販で10品などの単位で食品を買うサイトはありませんでした。まだ誰もやっていないことをやる。そこがモチベーションになっていましたね。
― はじめての仕事が多いって、すごくタフなことですよね。本音でいえば、得意な領域で勝負したい、というか。
確かに得意な分野であれば、「できる」と分かっているから安心できますよね。ちゃんと成果につながれば、自分に対する励みにもなります。
ただ、なぜ、オイシックスで働くのか?と根本に立ち戻ると「農業や食文化に貢献したい」という動機だったはずなんです。
別にシステムが好きで、システムが作りたかったわけではありません。
考えるのは、どうすればもっと世の中が便利になるか。どうすれば人の役に立てるか。
だから得意な領域や技術にばかり、こだわることはなかったのだと思います。
―システムの担当者、モバイルサービス立ち上げを経験し、その後、なぜ物流センターの部長として働くことになったのでしょう?
「物流センターで働いてみない?」と上司から話をもらって。
その時は、『オイシックスモバイル』を担当していたのですが、フィーチャーフォンからスマートフォンへと切り替わる、大きな流れが来るちょっと手前の時期。技術的にも、サービス的にも、新しいことに挑戦でき、これから仕事がもっと楽しくなりそうで、最初は離れたくない気持ちもありました。
でも実はそのとき、物流センターも大きなプロジェクトを控えていたんです。それも、システムの大幅な変更やセンター自体の移転など複数。
私がオイシックスでやりたかったのは、いかに「人」の役に立つサービスを届けるか。システムやエンジニアにこだわる必要はない、と感じて話を受けることにしました。結果的には、チャレンジしてすごく良かったと思っています。
― そういった視点も、岸本さんが買われたポイントかもしれませんね。
技術出身の人間ではありますが、顧客のほうを向く、という意識は強いほうかもしれません。
どうしてもエンジニアは技術に目が行きがちですよね。要望を出しても「技術的にむずかしい」「納期が足りない」などマイナス発想からコミュニケーションが生まれることが多い。
それが、顧客へ届けたいサービスをリリースする上で、足かせになってしまうこともあります。
顧客が何を求めているのか?それをどうシステムにつなげるか?そこが期待されたのではないかと思います。
(つづく)
▼《オイシックス》物流センター部長 岸本綾(りょう)氏へのインタビュー第2弾
エンジニアとして鍛えた力は、どの職種でも通用する。《オイシックス》に見るジョブチェンジの可能性。
[取材・文]白石勝也 [撮影]松尾彰大
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