まるで映画『マイノリティ・リポート』のようにジェスチャーで操作する未来の楽器がKAGURAだ。インテル主催のコンテンストで見事1位に輝き、話題となった。開発したのは福岡発のベンチャー「しくみデザイン」。彼らが目指すものとは?かつてないものを生み出すためには?代表である中村俊介氏の発想に迫る。
「KAGURA」という全く新しい楽器がある。
楽器といっても、ピアノやバイオリンのように形があるものではなく、PCにつながるカメラの前で身体を動かせば誰でも音楽を奏でられるというアプリケーションだ。演奏している姿は、まるで映画『マイノリティ・リポート』。モニターの前に手をかざしてコンピューターを操作するトム・クルーズを思い起こさせる。
KAGURAの革新性は海外でも評価され、2013年、インテル主催のコンテストで世界各国から集まった2800作品の中でグランプリに輝いた。また、今年4月に東京で開催された大規模なスタートアップイベント「SLUSH ASIA」では、開発者の中村俊介氏が福岡市長の高島宗一郎氏と一緒にKAGURAを演奏した。
このKAGURAの原型ができたのは、中村氏が大学院生だった2002年。奇しくも『マイノリティ・リポート』の劇場公開と同じ年だが、中村氏はこの映画を観ていないそう。この未来的な楽器は、SF映画からのインスパイアではなく、自身の頭の中から生まれたものなのだ。
一体「まだこの世にない新しいもの」のアイデアはどうやって生まれるのか? どうしてメディアアートの研究・制作から起業に至ったのか? 中村氏の原点、発想方法に迫ってみた。
【プロフィール】
中村俊介 しくみデザイン代表取締役/芸術工学博士
1975年生まれ。名古屋大学建築学科を卒業後、九州芸術工科大学大学院(現在は九州大学・芸術工学研究院)へ進学。在学中に開発した新世代楽器アプリ「KAGURA」が注目をあびたことをきっかけに、2005年にCTO(最高技術責任者)として有限会社しくみデザインを設立。2010年から代表取締役。インタラクティブなデジタルサイネージ広告やアトラクションの制作という新しいビジネスの分野を切り開いた。「KAGURA」は会社設立後も開発を続け、2015年1月には一般向けソフトとしてリリースしている。
― 中村さんは、建築学部を卒業後に大学院で芸術工学部に進まれ、メディアアートの研究、制作をされていたそうですね。その頃はアーティストになりたかったのでしょうか?
大学院でメディアアートをやるようになったのは、デザインやイラストだけでは勝てないと思ったからです。それまでは建築学部にいて、人よりできるつもりだったんですが、芸術系の大学院に行ったらずっと絵を描いてきたような人ばかりで、とてもかなわないと気がつきました。
学部のときに建築用のCADを開発する会社でバイトをしていて、そこでプログラミングにすごくハマったというのも、バックグラウンドにあります。建築って、建築家が設計しても大工さんとか他の人の作業を経ないと完成しないじゃないですか。でも、デジタルやプログラミングは、ひとりで最後まで完成させられる。それで、デザインとプログラミングのふたつを組み合わせて、今で言うところのメディアアートをやるようになりました。
当時はその両方をできる人は少なくて、メディアアーティストとして有名な人は世界でもカーネギーメロン大学かMITに何人かいる程度だったので、これなら勝負できるかもしれないと考えたわけです。
ただ、僕はアーティストとして「すごい作品を作りたい」という気持は全くなくて、たくさんの人に楽しんでもらえるような「しくみ」を考えるのが好きなんです。同じ考えを元に全く違うものができるような原理を見つけて、再現性の高いものを作ることに意味を感じます。
― KAGURAはどういうところから生まれたんでしょうか?
修士論文を書くために、世界中のメディアアートと言われるものをピックアップして整理したのですが、その結果分かったのは「メディアアートでやっていることは、人体の機能の拡張だ」ということでした。描いた絵が音になるとか、文字を入力したら絵になるとか、センサーで読み取った人間の動作を別のものに変換してデジタルで表現しているんですよね。KAGURAもそのバリエーションのひとつで、人の動作をセンサーで読み取って音とグラフィックに変換しています。楽器にしたのは、「楽器を弾けるようになれなかった」という僕のコンプレックスからですね(笑)。誰でもすぐに楽しめる楽器を作りたいと思いました。
― そのKAGURAがきっかけで起業されることになったわけですが、KAGURAのようなものがビジネスにつながるというのは、当時は考えにくかったのでは?
「KAGURAをビジネスプランコンテストに出してよ」と言われて、それらしいビジネスプランをまとめましたが、KAGURAがそのままビジネスにはならなかったですね。
だけど、この10年やってきたことは「人間の身体の動きをデジタルで別の形に変換して表示する」ということで、原理はずっと同じなんですよ。最初の3年くらいは、「面白いけど、どう使うのかわからない」と、なかなか理解されませんでした。
ただ、大学とのつながりがあったので、共同プロジェクトとして北九州空港に70インチのインタラクティブなデジタルサイネージを置いたりとか、少しずつ事例を作っていきました。
大きく流れが変わったのは「笑っていいとも!」の「インダストリーX」というコーナーで紹介されてからですね。それ以降はたくさん真似されるようにもなって、新しい広告表現の手法として認知されるようになりました。
― 会社を10年続けて来られて、ものすごい数のデジタル広告やアトラクションを作られていますが、どうやって新しいものを発想しているのでしょうか?
何かの課題を解決するというスタンスなので、「好きにやって」と言われても逆に困ってしまいます。
クライアントの方から「アイドルのステージで、映像を使ってリアルタイムに何かやりたい」というような要望をいただいて考える、というような形が多いですね。アイドルのステージの場合だと、アイドルを可愛く見せたいんだけど本人が隠れてしまってはいけない、複数回の公演で動きや会場が違っても対応できなければいけない、といった制約の中で、何ができるか考えます。
アイデアってゼロからは生まれないんです。普段見聞きしたことを、もう元がなんだったかわからないくらいに細かく分解して整理しておく。それが原理で、「こんなことできないか」と言われた時にその原理を組み合わせてみる。
例えば「楽器を演奏したい」と言われたら、「動作をセンシングして何か鳴らせば楽器になる」という原理を使いますが、それを応用するときに、ちょっとずらして「広告」にしたり「ゲーム」にしたりします。原理と応用をちょっとずつずらして行ったりきたりしていると、いろいろ生まれるんです。
― しくみデザインでは、子ども向けのものも多く作られていますね。
ふたつ理由があって、ひとつは「大人向けであっても、子どもでも楽しめるものを」ということを大事にしているんです。世の中に、子どもが楽しくて大人が楽しくないものは、ほとんどないですからね。
それと、会社を作った10年前はみんなほとんど独身でしたが、今では、社員の数より社員の子どもたちの数の方が多いんですよ。そうすると、ものをつくるときの気持が変わってくるんです。子どもがいなくても、子どもの気持になってウケるものを作ることはできます。でも、親になると「この子がよく育つためには」「クリエイティビティを失わないでいてもらうには」ということを考えるようになります。僕も3歳の子がいて、どうしてもそっちに興味がいくんですよね。
― なるほど。「paintone」はまさに子どもたちのクリエイティビティを引き出すようなものですね。
今までは「しくみ」を使って自分たちがいかに面白いものを作るかをメインにやってきたんですが、最近は「どういうものがあったら、子どもたちが勝手に面白いものを作り始めちゃうようになるのか」ということで、「しくみ」自体を使ってもらうことがテーマになりつつあります。paintoneもKAGURAも、基本のしくみはこちらで用意をしているけれど、それを使って何かを生み出すのはユーザーなんです。
実はpaintoneは、僕らが本当に作りたいものの途中段階というか、「簡単版」なんです。いきなりフルの機能のものを出してもユーザーには難しいかもしれないと思ったので。 まずは自分の考え方が受け入れられるのかどうかを探るつもりで最小限の機能のものをリリースしました。
― 開発中のアプリはどんなものなんですか?
音と絵に属性と関係性をもたせたりインタラクティブな要素を入れたりして、ゲームみたいなものまでゼロから自由に作れるアプリです。
iPadが出てきたときに、「こんなに面白いツールがあるのに、世の中にあるアプリは既存のものの代替しかしていない」ということが残念で、「タブレットでなきゃ作れないようなものを作れるツールがあればいいのに」と思ったんです。
それで、子どもたちが遊びながら自然にオブジェクト指向プログラミングの考え方を体得できるようなアプリを作ることにしました。だいぶ完成していてもうすぐリリース予定ですが、これでワークショップを何度かやっています。すると、最初の30分使い方を説明すると、子どもたちは残りの1時間で、ちゃんと対戦ゲームになっているようなものだとか、けっこう面白いものを作ってくるんですよ。
今、子ども向けのプログラミング教育が流行っていますが、大事なのは「プログラムの方法を覚えること」ではなくて、「何かを作りたくなること」です。最初に言語やツールの使い方を覚える必要があると敷居が高くて次に進めなくなってしまうので、「こんな風にしたい」と思ったらなるべく簡単に始められるようなものを、と考えて作っています。それで面白くなって、やりたいことが増えてきたら、そこから本格的なプログラミングを学んでいけばいいんです。
なんであれ「目的のためにつらいことをがまんしてがんばる」というのは、長い目で見るとうまくいかないと思うんですよね。世の中の各分野で成功している人は、それ自体が楽しくてやっている人じゃないですか。だけど、楽器なんかは、楽しい状態になる前にまともな音を出すこと自体が難しかったりするので、KAGURAは誰でもいきなり楽しめるものにしました。
KAGURAはユーザー自身が音やアイコンを作って共有できるプラットフォームを提供することも考えています。新しい楽器のジャンルとして確立して、将来は僕が全然知らないところで思いもよらないような音楽が生み出されて、それを全然知らない人たちが楽しんでいる、というような世界になったらいいですね。
― プレイヤーを増やすことで、みんなの楽しみの総量はもちろん、突出した才能が出てくる可能性も増えるということですね。しくみデザインの今後の展開が楽しみです。今日はありがとうございました。
文 = やつづかえり
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