「クリエイターとして一皮むけたければ、ポートフォリオワークにチャレンジすべき」。そう語るのは、本業と並行しポートフォリオワークを実践し、海外のアワードを数多く受賞している田村祥宏さんと野間寛貴さん。彼らのようにポートフォリオワークを通じて実績をつくっていくためにはどうすればいいのだろうか。
ポートフォリオワーク。それは、クリエイターがクライアントワークとは別に取り組む創作活動のこと(プライベートワーク、サイドプロジェクト、マイ・プロジェクト…さまざまな名称で呼ばれているが、本稿ではポートフォリオワークと呼称する)。
ここ最近ポートフォリオワークについて語られる機会は多くなり、重要性を感じているクリエイターも増えてきているのではないだろうか。
しかし、かたやどのようにポートフォリオワークを始めればいいのか、一体どういう取り組みにチャレンジすればいいのか、チームはどのようにつくっていくのかはなかなか語られない。
そこで今回は、以前CAREER HACKにも登場したEXITFILM inc.の映像ディレクター 田村祥宏さんと元LettersのWebディレクター 野間寛貴さんにお話を聞いてみた。
田村さんは、自らチームをつくってさまざまなポートフォリオワークを実践。熊本の黒川温泉を舞台にした作品『KUROKAWA WONDERLAND』や、車椅子とコンテンポラリーダンスをテーマにした作品『Wheelchair Dance』などを次々に発表し、海外のアワードを多く受賞している。
また、野間さんはLetters時代、メンバーにポートフォリオワークを推奨。『1 WEEK PROJECT』として一週間クライアントワークから離れてもらい、自ら設定したテーマでWebサイトを制作するという取り組みを行なった。その結果、田村さん同様Lettersのメンバーも海外のアワードを数多く受賞しているという。
彼らのように、ポートフォリオワークを通じて実績をつくっていくためにはどうすればいいのか。そして、「ポートフォリオワーク」がクリエイターのキャリアにもたらすものとは?
「全くコネがない状態で独立したのですが、ありがたいことに沢山の仕事をいただけていて。これまで一度も仕事が途切れたことがないんです。自分から営業したことがないのに、これだけ沢山の仕事をいただけている理由は、ポートフォリオをつくり続けていることに尽きると思っています」
冒頭、田村さんはこう切り出した。自らを“ポートフォリオ制作狂”と称し、独立後もクライアントワークだけでなく、ポートフォリオワークを手がけている。その一例が熊本の黒川温泉を舞台にした作品『KUROKAWA WONDERLAND』や、車椅子とコンテンポラリーダンスをテーマにした作品『Wheelchair Dance』だ。
ここ数年、地域の方々や認知症の方々、障害者の方々など、さまざまな課題を抱えている当事者たちとクリエイターによるチームでのポートフォリオワークに積極的に挑戦している田村さん。一見、単なる趣味や慈善活動のように捉えられてしまいがちだが、本業への好影響が確かにある。
ポートフォリオワークの成果に伴って、クライアントワークでのバジェットの規模感が大幅にアップ。結果的に会社のブランディングにつながり、新たな仕事を呼び込んでくるのだ。
「ポートフォリオワークの位置付けは何か。自分の作品を思うがままに自由につくれる場と考える人も多いと思うのですが、それだけでは足りない。ポートフォリオワークというのは、自分の好きなことによってお金を稼ぐことを能動的に行なうものだと思っています。つまり、自分のつくった作品を社会にインストールする作業。第三者に価値を認められ、対価が発生して、初めてポートフォリオワークと言えます」
クライアントワークはあらかじめ決められた課題や予算のなかで相手のブランドに合わせて制作するが、ポートフォリオワークは誰からも依頼されていないため予算などの枠組みは存在しない。それでもなお、自分がやりたいことを力づくで仕事化しようとする。その行為がポートフォリオワークであり、自分の好きな分野でお金を稼ぐということなのだ。
「映画の観客のような直接的なオーディエンスに対価を求めるというだけではなく、企業のPR担当や新規事業担当者など、何かしらの事業をクリエイティブに定議したいと思っている層に向けて、クリエイターとしての自分を値付けさせられるか。それも対価のひとつだと思います」
実際、『KUROKAWAW ONDERLAND』や『Wheelchair Dance』は海外のアワードを受賞。田村さんの紡ぐ物語は、世界的に評価されるものだと証明され、多くの仕事が舞い込んでいる。
なぜ、ポートフォリオワークでここまでの結果が出せるのか。田村さんによるとポートフォリオワークにおいて、いつも4つのことを意識して制作に臨んでいるという。
[1]技術
「技術は“今の自分より、ちょっと先のレベル”を意識しています。機材の面だと、現在でいえばパノラマ360のVR撮影やドローンによる空撮などはわかりやすい例ですね」
たとえば、Wheelchair Danceは車椅子の視点から撮影しているため、視点の融通が利きづらいこれまでのスタビライザーが使用できず、「MOVI」や「MIMIC」という3軸ギンバルを中心とした新しいスタビライズシステムを構築。ちなみに海岸で車椅子のダンサーがパフォーマンスするシーンの撮影にかかった日数は6日間。毎日夕方撮影を行ない、さまざまな角度からの映像を編集することで完成したシーンだという。
[2]作家性
「これは“自分”というブランドをしっかり育てていくということ。きっと自分のスタイルを持っている人は多いと思うのですが、“こういう風にやっていきたいな”だけではなく、ブランドを守りながら幅を広げていく。作品に新しい表情を見せていくことが大事だと思っています。そうでなければ、わざわざ自費を投じてポートフォリオをつくる意味が無いので」
[3]視聴者
「視聴者というのは、受け手の選定のこと。自分の作品の視聴者は、一体どんな人なのか。作品を観て、どのように価値観や行動の変化をして欲しいのかを明確にしておくことが、すごく重要です。
何となくカッコイイ映像をつくるだけでは、意味のあるカッコよさをもつ映像に価値として負けてしまう。一方で、視聴者に説教じみてもダメ。あくまでエンターテインメント、高い価値を持った娯楽コンテンツとして閲覧してもらって、かつ選定された受け手の行動変容に繋がるものが良い作品だと思っています」
[4]結果
「作品を多くの人に見てもらうことも結果のひとつですが、そこはPRの力が大きい。PRすれば見てくれる人の数を増やせますが、個人で行なうのは限界があります。それよりも、少しでも自分を大きなステージに押し上げてくれるという結果が重要だと思っていて。ポートフォリオワークによって自分に投資したいと思ってくれる人が、ひとりでも増えることも大事です」
“バズらせたら勝ち”という意見もあるが、才能に頼らず、一歩一歩努力を結んでいくことが大切だと田村さんは考える。その意識があるからこそ『KUROKAWA WONDERLAND』や『Wheelchair Dance』は世間から高く評価されているのかもしれない。
ポートフォリオワークによって数々の実績を築いてきた田村さん。本業の傍ら、ポートフォリオワークにもアクセル全開で踏み込んでいけるのは、なぜなのだろうか?
「『KUROKAWA WONDERLAND』は熊本に3週間、撮影に行っていて。その間、経済活動が完全に止まってしまうので、スタッフを食わせたり、事務所の家賃を払ったりするためには、きちんと蓄えておかなければいけない。そしたら死ぬほど働くしかないです(笑)。色んなものが犠牲になりますが、絶対に自分に結果として返ってくるという確信を持ってやっています」
Webディレクターの野間さんが率いていたLettersでは、とあるユニークな取り組みを行なっていた。その取り組みとは『1 WEEK PROJECT』のこと。
この1 WEEK PROJECTとは、社内のメンバーが一週間クライアントワークから離れ、自ら設定したテーマでWebサイトを制作するというもの。社内で働いている間はクライアントワークは一切行なわず、ひたすらそのポートフォリオワークに専念する。
「当時メンバーは6人、1 WEEK PROJECTをやるメンバー1人分の仕事の穴を他の5人が頑張って埋めるという鬼のような仕組みです。結果、MIDORI AOYAMAやKENJI ENDOといったDJのサイトや著名な華道家 planticaさんのサイト…、お仕事として見積もるとおそらく数百万円くらいのサイトを結構な数、ポートフォリオとしてつくりました。
少数の会社なので、個人が1 WEEK PROJECTをで結果を出すとそれがそのままチームのブランドに直結する。個人にとっても会社にとっても利点が多い。なによりも楽しい。それで、1 WEEK PROJECTをやってました」
結果的にメンバーがつくったサイトは海外のアワードを獲得。Lettersが生み出したクリエイティブは世界をアッと驚かせた。その経験を踏まえ、野間さんはポートフォリオワークにおいて「人に会う」ことが大切だという。
「ポートフォリオワークを始めるにあたって、ほとんどの人は“何をつくるか”は考えるのですが、誰に見せたいかを考えない。結果的に“人に会う”ことが抜けてしまいます。「つくって、世に出して、あとは知らない」という形ではなく、まずは10人でもいいから「この人に見せたい!」という人を決めて、企画や作品を持って相談に行く。いざ結果が出れば、関係者全員の成功としてみんなで成果と感情を共有する。そうするとPR活動も気持ちよく協働できる。人に会うことで、一連のプロセスがとても気持ちよく進むんです」
ポートフォリオワークは“個人の活動”と捉えていては、その先はない。色々な人に会って、コミュニティをつくっておけば、作品の拡散設計もしやすく、また新しいプロジェクトの依頼につながるだろう。事実、野間さんと田村さんは一緒にプロジェクトを手がけることで、活動の幅を広げている。
「ポートフォリオワークは最終的にクリエイターのキャリアをつくっているんです。何をつくったか、誰とつくったか、どういう形でつくったか、いつつくったか、それらを全て履歴として残していけば事業にも転職にも役立つ。Lettersで良かったのはメンバー全員が賞を獲得しているので、正直、誰も転職に困らないところ。1 WEEK PROJECTを通して、全員のキャリアアップに貢献できたのは良かったと思います」
日々、目の前にある仕事だけがキャリアを形成していくわけではない。自分でイチから作品を創り出し、それを世の中の人たちに見てもらうことで、自分自身のキャリアの可能性は大きく拡がっていく。
「良いものを世の中に広めるってすごく楽しいじゃないですか。それを通して、みんなが騒いでいる姿を見るのが楽しくて。そのためだけにポートフォリオワークをやっています」
最後にこう語った野間さん。“お金を稼ぎたい”、“有名になりたい”といった欲求ではなく、「良いものを世に広めたい」という思いが先に来ているからこそ、ポートフォリオワークで一定の成果を生み出せているのかもしれない。
クリエイターにとって欠かすことのできないポートフォリオワーク。あれこれ難しいことを考えてしまいがちだが、一歩踏み出さないことには何も始めらない。自分の好きなことは何か、それを把握したら、早速ポートフォリオワークにチャレンジしてみてはいかがだろうか。
※今回の記事は、2016年10月27日に開催されたCAREER HACK BASEMENT #8の様子をまとめたものです。
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