2017.03.31
カツセマサヒコの終わりなき旅|独立という選択。“メディア”として生きる覚悟

カツセマサヒコの終わりなき旅|独立という選択。“メディア”として生きる覚悟

Twitterのフォロワー数8万以上。影響力と企画力を武器に、ライター・編集者としてWebメディアの第一線で活躍するカツセマサヒコさんが、編集プロダクション『プレスラボ』を退職し、独立するという。彼の目的地はどこなのか。カツセマサヒコという生き方に迫ってみたい。

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妄想ツイートの発信源。8万フォロワーの男。

男の名はカツセマサヒコ。Twitterのフォロワー数は8万以上(2017年3月現在)を誇る。

彼のTweetの特徴は、“妄想ツイート”。妄想から生み出される甘酸っぱい言葉の数々、1000以上のリツイートやいいね、10〜20代からの圧倒的な人気…いつしか人はカツセさんを“タイムラインの王子様"と呼ぶようになった。Twitterで、彼の名を目にしたことがあるのではないだろうか。

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カツセさん自身はいわゆるタレントやアーティストの類ではない。下北沢にある少数精鋭の編集プロダクション『プレスラボ』に所属し、ライター・編集者としてWebメディアの第一線で活躍している。

そして、2017年春。

カツセさんはプレスラボを退職し、独立する。メディアでの実績、そしてTwitterでの活躍ぶりを見れば、当然とも見える選択かもしれない。しかし、決断の背景にはライター・編集者という職種名ではくくれない新しい生き方への大きな覚悟があった。新たな旅路のスタートラインに立つ彼のまなざしの先にあるものとは、一体何なのか。カツセマサヒコという男を丸裸にしてみたい。


<Profile>
カツセマサヒコ

1986年東京生まれ。明治大学を卒業後、2009年より大手印刷会社の総務部にて勤務。趣味で書いていたブログをキッカケにプレスラボへ。2017年4月に独立。

カツセマサヒコ、独立。

― さっそくなんですが、独立の経緯から教えてください。


いろいろあるんですけど、ひと言で言うと「仕事の自由度を高くしたいから」です。編集プロダクションに所属している以上、どうしても“文章を書く・編集する”という仕事が中心になるんですが、独立することでチャレンジできる仕事の幅を広げたいと思っています。

僕はライターとしてキャリアをスタートしているので、独立してからも「文章」や「言葉」に軸足を置くんですけど、それでも裾野はできるだけ広げていきたいと思っていて。名前を挙げるのも恐れ多いですけど、糸井重里さんや秋元康さんは、肩書きに左右されずに働かれています。秋元さんなんか、テレビ番組、アイドルのプロデュース、作詞、書籍の執筆、映画、舞台、さらにはレストランまで、メディアで彼の名前を見ない日ってないくらいだと思うんですよ。お二人が現在に至るまでには想像もつかない努力と試練があったと思いますけど。

これからの時代、企業の力がどんどん弱くなり、個人の力が今以上に求められるようになると言われています。そのなかで旧来の「ライター・編集者」のまま、自分は埋もれずに走り続けることができるのか。長い旅の序章として独立という選択をしました。少なくとも2年くらいは、フリーランスで走ってみるつもりでいます。

あとは、2017年になってから「カツセさんは会社員だから頼まなかったんだけど…」という仕事の話がいくつかあったのを知って。どういうことかというと、クライアントとしては「企業のなかの人」には仕事を依頼しづらいときもあるみたいで。金額は安くても、社会的にやる意味があったり、ライターとしてはめちゃめちゃ経験値アップにつながる仕事だったり、ライターの枠を飛び越えた仕事だったり…といったチャンスがあったのに、偏見が機会損失を生んでしまっているのはもったいない。だから、独立してその敷居をとっぱらってしまおうと考えたわけです。


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― プレスラボとしてカツセさんは貴重な戦力だったと思います。独立を会社に伝えたときの反応はどうでしたか?ぶっちゃけモメたり…?


いやいや(笑)。代表の梅田には「俺がカツセでも、このタイミングかな」と言われました。取締役の小川も「1回やってみたら?」と背中を押してくれて。「いつ戻ってきてもいいよ」とも言ってくれたんです。成長して仕事を持ってくるなら、という条件付きですが(笑)。

僕もプレスラボが大好きなので、4月以降も週1日で業務委託契約を結ぶんです。プレスラボに集まる情報の量・鮮度はフリーランスでは得られないものだと実感しているので、そこは逃したくない。新規案件の依頼は毎週集まって、会議では全員で「最近○○業界の案件が多いね」とか「これからは×××業界が来そうだね」みたいなやり取りをするんですけど、そういうやり取りができるのも10名規模の編集プロダクションだからこそだと思うんです。

だから、独立してからもプレスラボとはものすごくフラットな関係で働けるんじゃないかとワクワクしています。僕が活躍すれば、プレスラボにとってもプラスになる。“人材輩出企業として胸を張れる存在でありたい”と言っていたのは梅田なので、がんばりたいな、と。

人生を変えた一本のブログ。

― プレスラボに入社した際には、個人ブログでの発信が人生のターニングポイントだったとうかがいました。何がカツセさんを駆り立てたのでしょうか?


「企画やクリエイティブ系の仕事に関わりたい」。その一心でした。

新卒入社した印刷会社では希望が叶わず、総務部門への配属。異動もなかなか叶わないし、転職サイトに登録しても「適性アリ」と案内されるのはバックオフィス系の仕事ばかりで。モヤモヤしたまま5年間が経ってしまいました。

そこでブログに手を出したんです。2014年頃はSNSもかなり発達していたので、発信していればいつか誰かに届くんじゃないかと思っていて。


― そのブログが梅田さんの目に留まった、と。元々ご存知だったんですよね?


単純に僕が梅田のファンで、Twitterもフォローしていました。梅田が登壇するイベントに足を運んで、直接話をして、Facebookの友だちになったことをキッカケに、僕のタイムラインに流れたエントリーを読んでくれて。「選考やってるから受けてみたら?」とコメントをもらったときは鳥肌が立ちました。


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― がむしゃらに行動して、自らつかんだチャンスをモノにして、念願のライターになったわけですね。


めちゃめちゃ嬉しかったですね。プレスラボ入社前は「仕事になったら、書くことがキライになるかも…?」という不安が脳裏をよぎりましたが、いざ働いてみるとそんなことは微塵も感じませんでした。「おもしろい」と感じることのほうが圧倒的に多かったですね。朱入れも的確でめちゃめちゃ勉強になっていました。

ブログやポエムとは違うけど、何か伝えたいことがあって、それを「書きました」と胸を張って言えて、読者から反応をもらえるのはとても気持ちよかったんです。記名式ではない仕事でも、クライアントの許可を取れればSNSでは「僕が書きました」と発信していました。多くの人に届けたくて書いているので、僕にとって拡散は義務に近かった。文章をきちんと書くことはもちろんのこと、「どう投稿したら読まれるか」ばかり考えていました。

“タイムラインの王子様”と呼ばれるまでの知られざる執念。

― カツセさんを語るうえでSNS、特にTwitterの存在は無視できないと思います。フォロワー数が常軌を逸していますよね。


そんなに大したことはしてないんですよ(笑)。「増やすぞ!」って覚悟を決めてやれば、フォロワー数を増やすのは不可能なことではないと思っています。僕もプレスラボに入社した頃のフォロワーは数百でしたし。

入社当時、クライアントに企画を提案したときに「切り口はおもしろいけど、それは何万フォロワーの人が拡散してくれるんですか?」と言われたんですよね。「そんな露骨な言い方するなよ」と思いながらも、「自分がフォロワーを増やせば文句を言われなくなる」ということに気付いたんです。そこで覚悟を決めて、徹底的にやってやろうと思いましたね。

それで腹をくくって始めたのが、Twitterを使ったマーケティング活動で。Twitterのいいところって必ずリアクションがある点。リツイートやいいねといった反応はもちろん、何も反応がないのも“興味がない”“おもしろくない”というリアクションなので。そこから毎日地道に自分のTweetでABテストをしながら、PDCAを回しまくって、ノウハウを蓄積しました。隣の席の梅田に「またTwitter?」って言われても、めげずに、むしろ「静かにしててください」って怒ったりして(笑)。


― めちゃめちゃ地道に努力を重ねてフォロワーを獲得してきたんですね。自分の信じたやり方を貫いて。


そんなカッコいいものではないですけどね。執念です(笑)。でも、その甲斐あって恋愛コンテンツや“妄想ツイート”と呼ばれるちょっとした武器を手に入れることができました。


― 2016年にはサブアカウントも立ち上げています。


Twitterのアカウントってフォロワー目線で考えると“単行本”が望ましいんですよ。ひとつのテーマについて呟いてくれていたほうが、読者もキャラクターがわかりやすいからフォローしやすい。でも、フォロワーが増えないTwitterアカウントって「ONE PIECEの単行本です」って書いてあるのに、こち亀やNARUTOの話が混在しているケースが多くて。グルメアカウントが恋愛の話をしたら、その瞬間に単行本ではなくなって、一気にフォロワーが減ると思うんですよね。だから僕はサブアカウントをつくって、メインアカウントではできるだけ妄想や自分が関わった記事のことだけをTweetしています。


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― 「もしTwitterがなくなったら?」と聞かれることも多いと思います。


いやぁ、よく聞かれますね!!ホント、余計なお世…


― やめてください。…でも、実際はどう考えているんですか?


えっと…僕に仕事を依頼してくれる理由の7~8割はTwitterでの影響力に期待してくれているからだと思っているんですが、あと2年もしないうちにこの状況は変わるんじゃないかと踏んでいます。ただ、それまでは今の需要が続くのと、何よりTwitterでの実績は自分が培ってきたマーケティング感覚の賜物だと自負していて。誰もが持ち合わせている能力ではないと思うので、Twitterがなくなっても、そこで得た知見は死なないと思っています。

ライターでも編集者でもない。『カツセマサヒコ』という生き方。

― 『カツセマサヒコ』とは、一体何者なんでしょうか?Twitterに「ライター」や「編集者」みたいな肩書は書いてないですよね。


僕、ライターとしては亜流だと思っているんですよ。本来であればライターって、職人的な仕事で、メディアの特色に合わせて黒子として正しい情報を届けるべきなんですが、僕は SNSを使ってどんどん表舞台に出てそこらへんのトンマナをぶち壊してしまっているときがある。

そんな僕を見て「ライターになりたい」と考える10代~20代の人たちもいるわけです。そもそものライターの仕事が僕のせいで誤解して伝わっている可能性もあるでしょう。もし勘違いしたままライターになったら、きっとその人にとっても業界にとってもいいことはありません。だから僕は「ライター」や「編集者」といった肩書は、少なくともTwitter上では極力表記しないようにしています。

もう1つの理由は独立後の話にもつながるんですけど、やっぱり肩書にとらわれない仕事をしたいと思っていて。たとえばラジオDJとか。言葉に関する仕事なら何でもチャレンジしてみたいから、肩書はあえて表記しないようにしたいな、と。


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― とはいえ、独立後もまずはライターや編集の仕事が軸足になると思うのですが、肩書にとらわれない働き方を実践していくためには何が必要だと考えていますか?


まずは今まで以上に結果を出すということですよね。「Twitterだけの人」と呼ばれたくない気持ちだけは、めちゃめちゃ強い。1ヶ月間記事がバズらないと、ものすごく焦るんですよ。僕よりフォロワーが多い人なんてたくさんいるので「じゃあ、その人達に書いてもらえばいいじゃん」となってしまうので。

ただ、僕は別におもしろさや情緒性を追求した文章力が武器だとは思っていない。いかに勝ち目のある企画を立てられるか、です。だからネタ出しの瞬間が勝負なんですよね。特に意識しているのがターゲット。僕のフォロワーは10代~20代前半の女性が多いので、彼女たちに刺さりやすい企画だと拡散の爆発力が違うんですよね。だからメディアのターゲットから外れている場合は切り口の変更を提案するとか。とにかくターゲットを意識して企画を立てることかな、と。


― あえてお聞きしたいのですが、カツセさんが考えるこれからの時代のライターに求められる資質・能力って何だと思いますか?


紙であってもWebであっても、AIの発達や出版不況によってライターって淘汰される可能性が高い職種というのは散々言われている話ですよね。それなのに、危機に対して本気で対応しようとしている人はあまり多くありません。職人的なライターとか、タレント的なライターとかでカテゴライズしている場合じゃない。読者に一番ハマるテイストの記事をできるだけ高い単価で取れる人だけが生き残っていく世界ができると思います。

あと、稼ぐために大切なことのひとつが、時代に適応していくこと。要は読者に徹底的に寄り添うことです。たとえばFacebookを見てもいろんな感情をスタンプで表現できるようになって、言葉の必要性はどんどん弱くなってきている。「読者のリテラシーが…」と嘆いたり、過去のやり方に固執したりしていても、何も始まらない。いわゆる“正しい文章”よりも“伝わる文章”が求められる時代が来ているのは事実なので。文化的な意味での衰退は危惧しますが、商業的に求められているものをつくってこそ生き残っていけるということだけは常に意識したいと思っています。


― ここまで話を聞いてきて…カツセマサヒコの原動力が何なのか、まだ掴みかねています。何がカツセマサヒコを突き動かしているのでしょうか?


何なんでしょうね(笑)。僕、過去に壮絶な挫折を味わってるとか、そういう大きなコンプレックスが一切ない人生だったんですよ。両親も元気だし、中学・高校・大学と私立に入れてもらえて、大手企業に就職して、好きな音楽はMr.Childrenで、深い趣味がなくてもそこそこ幸せという…。表現活動につながるような強烈な負の原体験もなければ、そもそも伝えたいことがほとんどない。

でも最近は、こだわりがなく、どんなことにも感動できるミーハーさって逆に武器なんじゃないかとも思うようになって。悪く言えば浅く、良く言えば小学5年生にもわかるように伝えられるので、この性格はどんな時代にも適応しやすいんじゃないかと思っているんです。

あと、最近未来のことをぼんやり考えていて。2015年に子どもが産まれたんですけど、彼が大学卒業して社会に出たら、もう2037年。ほぼ100%の確率でTwitterはなくなってますよね(笑)。そして、ライターという肩書もどんなカタチで存続しているのかわからない。だから、自分自身で仕事をつくれるようになりたいし、その幅を広げておきたいんです。いろんなことをできるようになりたい。世の中に言葉を届けられて、かつ自分で仕事も創れるという…なんとも表現しがたい存在になっておきたいと思っています。


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― まさに“メディアとして生きる”ですね。普段のTweetからは感じられないような愚直かつ戦略的な取り組みをされていることに驚きました。フリーとしてのカツセマサヒコも楽しみにしています。ありがとうございました。


[撮影]Shinsuke Yasui
[撮影協力]下北沢ケージ


文 = 田中嘉人


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