2013.01.22
エンジニアよ、技術以外でもオタクになれ―pixiv片桐孝憲のキャリア論[1]

エンジニアよ、技術以外でもオタクになれ―pixiv片桐孝憲のキャリア論[1]

たぶん成功しない――立ち上げ当時、片桐社長自らがそう思っていたイラストSNSサービス『pixiv』は、今やユーザー数が590万人を超え、成長中だ。自社の社員や交友関係に数多くの優秀なエンジニアを持つ片桐氏に、その独特なエンジニア観を伺った。「技術以外でもオタクであれ」と語る、その真意とは。

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話題のSNSサービス『pixiv』を作った男の、エンジニア観。

pixiv_LOGO


“二次元”に興味や関心のある方であれば、その名前を知らない人はいないだろう。『pixiv(ピクシブ)』はイラストの投稿・閲覧が楽しめるイラストコミュニケーションサービス。簡単に言えば“イラストのSNS”である。

2007年のサービス開始から順調にユーザーを増やし、今や590万人を突破。海外ユーザーが12%以上を占めるなど、その人気は海を渡りつつある。

そんな急成長中のサービスを率いているのが、ピクシブ株式会社代表の片桐孝憲さんだ。

社員全体の6割近くが技術者で占める同社において、数多くのエンジニアを採用し、また育ててきた片桐さんにだからこそ分かる、“優秀なエンジニアの定義”とは?

サイト『pixiv』がそのまま三次元の世界に現れたような、遊び心いっぱいのオフィスでお話を伺った。

オタクであることのすごさ。

― 片桐さんはピクシブの代表として多くのエンジニアの方々に接して来られたと思います。またご友人にも優れたエンジニアの方がたくさんいらっしゃると思いますが、片桐さんにとって“優秀なエンジニア”というのは、どういう人のことを指すのでしょうか。


物ごとを突き詰められる人、ですね。言い換えるとオタク性がある人。

これはエンジニアに限らずなんですけど、物ごとを突き詰められるというのは、優秀な証だと思います。ビジネスの世界に限らず、たとえばアスリートでも登山家でもそうだと思いますが、一流の人というのは皆、その世界をめちゃくちゃ追求してますよね。

どうやったら上手くヒットが打てるか、どうやったら上手く山に登れるか。たぶん365日ずっと考えてて、訓練している。まさにオタクです。インターネットの世界で成功している人たちも、皆そういう面を持っている。オタク=優秀というのは、僕の考えというよりも、事実が証明していると思うんです。

で、エンジニアに関していえば、プログラミングという行為そのものが、そもそもオタク性が高い。なので、たとえば採用などにおいて僕がエンジニアの人を見極めるときには、プログラミング以外の部分でもオタク性を持っているか見てます。むしろそこしか見てないかもしれない。

僕はそのオタク性を“特殊能力”って呼んでるんですけど(笑)



― 特殊能力ですか…!ピクシブさんにはその特殊能力を持った方は多いんですか?


社員全員で50人ぐらいいますが、皆、なにかしらの能力を持ってますよ。

僕が最初に特殊能力を目の当たりにしたのは(笑)けっこう前に多摩川に釣りに行ったときのことなんですけど――


― 釣りですか?


そうです。僕、釣りが好きで、そのとき会社で飼っていた犬も一緒に連れていったんです。

釣れるかなーって糸を垂らしていたら見事に釣れまして。それで興奮してしまって、ひと騒ぎしているうちに気がついたら犬が逃げちゃってたんですよ。ちゃんと繋いでいたはずのリードが外れていた。

これはマズイぞと、そこらじゅうを3時間ぐらい探したんですが見つからなくて。途方に暮れて、とりあえず社員のエンジニアに電話したんですね。「ごめん、犬が逃げちゃって、もう見つからないかもしれない」って。

そしたらそのエンジニアが、今どこにいるんだって訊くんです。「いや、○○駅だけど…」って答えたら、もう終電ぐらいの時間だったのに、彼、最寄り駅まで来たんですよ。しかもどこかの店で飲んでたのに。

で、そこから探し始めて数時間。道行く人に聞き込みまでして、とうとう見つけ出したんです!もう夜中の3時か4時ぐらいになってたと思うんですけど。その頃には神奈川方面から東京側に入ってましたからね。

そのときに、“諦めない力”ってすごいな、ハンパないな、と感動しちゃったんです。彼にとっての特殊能力ですよね。


― なるほど、先ほどお話しされていた、“物ごとを突き詰める”ということに通じていますね。


そうなんです。他にもそう感じた出来事ってたくさんあります。たとえばあるプロジェクトで、なかなか取り除けないバグがあって、僕なんかはすぐ諦めるタイプなので(笑)「まあそんなに重要な箇所じゃないし、もうやんなくていいよ」ってエンジニアに指示を出して僕は帰ったんです。

でも次の日来たらバグが取れていた。訊いたら、朝の7時ぐらいまでずっと作業していたと言うんですよ。それにも感動してしまって。やっぱり突き詰める人は強いな、って感じましたね。


― 専門職の場合、こだわりの強さがそのまま強みになるというのは確かにありそうですね。でもこだわり過ぎるとかえって業務の妨げになる、という側面もあると思うのですが。


確かに、経営者の視点に立って考えると、効率的にはものすごく悪いです。でも、突き抜けていればもうそれでいい。僕はよく、なんでもいいから「1万時間以上かけろ」と言うんですけど、やっぱり物ごとを突き詰めていくと、それは普段の仕事ぶりにも絶対的に影響してくるんですよね。

また別の例があるんですけど話していいですか?


― もちろんどうぞ。すごいですね、次から次に出てくる(笑)


編みぐるみ、ってあるじゃないですか。編み物の立体版みたいなやつ。アレがめちゃくちゃ得意なエンジニアがいるんですよ。それも男で。

女性社員と数人で始めたんですけど、彼だけしか完成しなかったんです。なんでかって言うと、編みぐるみってすごく難しくて、説明書きみたいなのも途中で説明が飛んでたりするんですよ。だから普通にやったら分からない。

でもその彼は物凄くよく観察して、「こういうカタチになるってことは、絶対こういう編み方になるはずだ」っていうのを見つけ出して、完成させたんです。そういうのってすごいエンジニアっぽいなと思って、僕、感心しちゃったんですよね。



エンジニア以外だと、ジャグリングで世界大会出てる社員とか、似顔絵の日本大会みたいなので2位になった社員とか、いろいろいます。その社員は、休日にショッピングモールでいろんな人の似顔絵描いたりしてて。今までに1万人以上描いてるらしいです。だから描くのめちゃくちゃ速いんです。

そういうオタクっぽさって、つまりスペシャリティじゃないですか。隠そうとしたっていろんなところで顔を出してきますよね。

組織に多様性をもたらす存在かどうか。

― 先ほど、採用に関するお話が少し出ましたが、ピクシブではどういうエンジニア採用を行なっているんですか?


明確な方針があるわけではないんですが、今増えているのは外国人のエンジニアですね。

それも日本にいる外国人ではなく、海外からわざわざ来てくれているんですよ。僕らの場合、イラストという共通言語がありますから、話が早いんです。コミケに来てるついでに、一緒にご飯を食べて、オフィスやアキバにいって「すごいだろ、ここが聖地だぞ。日本で働きたいだろ」とか言って(笑)そうやって仲間になったエンジニアがほとんどです。

僕たちはグローバル展開を考えていますが、「Go global!」といって海外にオフィスをかまえてやる必要は特にないと思っています。むしろ「ようこそJapan!」って言いながら海外のエンジニアを呼び込む形で日本を拠点にして、世界に向けて勝負したい。

だからピクシブでは日本人・外国人に関係なく、一緒に働きたいという人を採用してきました。結果、外国人比率が高まっていて、そのおかげで新しいことを知ることもできました。

ある外国人エンジニアが、海外で流行っている同人ゲームを社内に紹介したことがあったんです。そのゲームのことは、他の誰も知らなくて「へぇ、こんなのが流行ってるんだー」なんて感心してたんですけど、調べてみたら実は、pixiv内にそのゲームのイラストが7,400件も投稿されていたんですよ!

7,400件も投稿されていたのに、日本人の僕らだけだったら誰も気づかなかったんです。ビックリですよね。これだけ流行っているんだったら、このゲームに関する企画をやったほうがいいとか、いろいろ展開できる。

そういう化学反応というか、面白い展開が、外国人エンジニアが増えて組織の多様性が高まったことによって出てくるんですよね。

働いている人間の国籍が重要なんじゃなくって、まずは一緒に働きたいと思えるかが一番大事で、それが結果的に多様性をもたらしてくれる場合もあるということです。冒頭にお話ししたオタク性の高い人、特殊能力を持った人というのも、思いもよらなかった刺激を生み出す存在ですよね。そういう人材が集まることによって、組織の幅も広がると思っています。


― 個人としては、何か突出したオタク性を追求することが一つの鍵だと。一方で、そのオタク性を活かしていくために、どんな会社や組織に身を置くべきか、ということも重要になると思うのですが。


うーん、ちょっと身も蓋も無い話になってしまうかもしれませんが、そのオタク性が実際に“食っていく”要素になるかどうかというのは、時代の流れとか、経済原理に左右されるところが大きいですよね。

たとえば一昔前であれば、絵描きがこんなに職を得られる場なんてなかったじゃないですか。でも今はソーシャルゲームやライトノベルが隆盛していて、イラストを描く仕事がたくさんある。じゃあ、今その特技を活かして食べていっている人たちが、もともとこういう状況になることを見越してオタク性や専門性を追求してきたのかといえばそうじゃないですよね、おそらく。

そういう意味では、環境に左右されるものだと言えます。ただ、冒頭にも少し話しましたが、物ごとを突き詰めることで身に付くスペシャリティというのは、仕事の端々で必ず出てくる。なので、そこはあまり打算的にならずに、やりたいことをやったらいいんだと思います。



(つづく)
▼インタビュー第2回はこちら
やりたくないことをやらずに、仕事を楽しむ方法―pixiv片桐孝憲のキャリア論[2]


編集 = CAREER HACK


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