Yahoo!Japanへの売却を実現し、注目を集める映画館オンデマンドサービス《ドリパス》。代表を務める五十嵐壮太郎氏は、元博報堂の営業マンだ。WEBについて特別な知識はなかったという彼が、なぜWEB業界に飛び込んだのか?その背景にある考えを紐解き、広告業界からWEB業界への転身の可能性を探る。
以前、急成長中のSNS《Sumally》を手がける山本憲資氏にインタビューした際、日本のWEB業界の課題を伺うと、こんな答えが返ってきた。
日本では、タレントが広告業界に集中している感じがします。あくまで想像ですが、シリコンバレーではそれこそ中村勇吾さんみたいな人が本気でWEBサービスを作っていたりするんじゃないかな。日本でも、広告業界の人材がごそっとこっちに来ると、もっと面白くなるんじゃないかと思いますけどね。
―― 元編集者が作ったSNS《Sumally》は、いかにしてキャズムを超えるのか?
山本さん自身、広告、出版というキャリアを経て、WEBサービスを立ち上げた人物。WEB以外の業界を知る方だからこそ、出てきた意見だと言えるだろう。
この一件以来、CAREER HACKでは、広告業界からWEB業界へのキャリアチェンジの可能性について考えてきた。
そんな中で出会ったのが、株式会社ブルームを率いる五十嵐壮太郎氏。ユーザー自身が観たい映画(旧作・新作を問わず)を映画館にリクエストし、期限内に賛同者が一定数集まれば実際に劇場で上映されるという、映画館オンデマンドサービス《ドリパス》を立ち上げた、若手起業家だ。
このドリパスの可能性が高く評価され、3月にブルームの全株式をYahoo! Japanが取得。起業からわずか3年未満で、理想的なイグジットを成功させている。
この五十嵐さんが、実は元・博報堂の営業マン。プログラミングやWEBデザインはもとより、インターネットビジネスの知見もないところから、WEB業界での起業を志したのだという。
今回は、五十嵐さんの起業ストーリーと考え方を伺う中で、広告業界からWEB業界へのキャリアチェンジの可能性を探ってみたい。
― 五十嵐さんは、以前は博報堂に勤めておられたと伺いました。
そうですね、営業職として新卒で入社して。4年弱くらい働いたのかな。
― 広告の仕事って、基本的に”クライアントワーク”ですよね。自らWEBサービスを立ち上げるという道とは、対極にある仕事とも言えるわけで。もともと、広告業界を志望した理由はなんだったんですか?
僕が入社したのは2006年なんですけど、当時はまだTwitterもFacebookも出てきていなくて。で、やっぱり「テレビ」の影響が強かったじゃないですか。学生時代に映像とか音楽とかやっていて、自分の好きなエンターテインメントの要素を活かして楽しめる仕事はないかなと思ったときに、広告代理店という道があったんですね。実際、世の中に大きなインパクトを仕掛けていくという意味では、すごく楽しかったし、やり甲斐のある仕事だったと思います。
― そこから、インターネットに目が向き始めたきっかけというのは?
広告の仕事って、どこまでいっても“BtoB”なんですよね。突き詰めていくとどうしても、
生活者のためというより、クライアントのためになってしまう部分があって。正直、“お客さん”の顔が見えない部分があったんです。CMつくって“納品”するのがゴール。その反動で、実際にお客さんとコミュニケーションできるビジネスがやりたくなったというのが、一つありますね。
― いろいろあるBtoCビジネスの中で、インターネットを選んだのは?
退職したのが2010年なんですけど、2009年くらいから個人的にインターネットがどんどん好きになっていったんです。それこそ、Napsterに感動して、ショーン・パーカーに心酔したり。
もちろん、広告業界にもWEBの影響が入ってくるようになって、クライアントにWEBサービスを提案するようにもなったのですが、そうスムーズにはいかないんですよね。BtoBにおけるサービス提供の形って、BtoCに比べて数年遅れてるんですよ。当時、大手のナショナルクライアントにWEBで何かやりましょうと言っても、そう興味を持ってはもらえなかったんです。
そこにスピードの遅さを感じたというか、ストレスを感じたというか。やっぱり最先端のイノベーションが起こっている側に身を置きたいなと思い始めました。
― 広告業界から見て、インターネットはどんな存在でしたか?脅威を感じたりしていたのでしょうか?
やっぱり昔に比べて、4媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)が効かなくなるんですよ。僕が辞める2010年前後、ずっと伸びてきたテレビ広告の出稿高が止まり、微減しはじめていました。
もちろん、原因はインターネットです。個人の時間の可処分所得がちょっとずつインターネットに奪われ始めていて、とはいえ4媒体の力はまだまだ強く、全てをネットにシフトするわけにはいかない状況。
― まさに過渡期、ですね。
そもそも、広告のビジネスモデルは圧倒的によくできているんです。テレビCMの枠って、大手広告代理店しか買うことができないんですね。僕が博報堂の社長だったとしても、インターネットにシフトなんて絶対にやってないです。合理的に考えて、やる必要がないですから。
ただ、そのビジネスモデルに依存するだけではダメだというのも事実なんですよね。とてつもなくすごいビジネスモデルなんですけど、あくまで先人が作ったもので。若手としては、少し物足りないなと感じる部分はありました。
ただ、多少は仕方ない部分もあるとは思います。博報堂も、管理職の方々は50代、60代が当たり前の会社です。入社数年目の若手が「WEBいいっすよ」なんて言っても、その感覚はなかなか伝わりません。おそらく当時、最先端のWEBをフルに活用している経営層ってそう多くはなかったと思います。それで、WEBに対して様子をみるというスタンスになっていた部分はあったんでしょうね。
― 先ほどショーン・パーカーの名前が挙がりましたが、確かに当時、クリエイティブの担い手が、広告からWEBの起業家にシフトしていた感がありました。
広告代理店、特に電通や博報堂って高度経済成長とともに一気に伸びたんですけど、その時代は“良いモノ”がたくさん生まれてきてたんですよね。世の中を豊かにするモノ・プロダクトがどんどん出てきていたので、その価値をきちんと世の中に伝えるための、優れたクリエイティブが必要とされていました。
でも市場が成熟してくると、似た商品が増えてきて、シェアの取り合いになります。例えばペットボトルのお茶の味の違いなんて、なかなか普通の人には感じ取れません。そういうモノが増えてくるんです。それはもう、成熟産業の宿命です。
そんな背景があって、広告するなら「自分のモノを広告したい」という気持ちもありました。結局、広告の仕事をしている以上、広告する“モノ”は変えられないんですよ。そういう意味でも、広告するモノを自分で作りたいという衝動は大きかった気がします。
― ”衝動”という言葉が出ましたが、《ドリパス》のアイデアがあって、退職を決めたわけではないんですか?
実はそうなんです。WEBサービスで起業しようという考えだけあって、あとはほぼノープランでした(笑)
― アイデアより先に、起業への思いがあったと?
どちらかというと、「自分の居場所はここじゃない」と思ったというほうが近いかな。周りは「あいつおかしいんじゃないか」と思っていたんじゃないかと(笑)
― 迷いはなかったですか?
うーん、心理的なハードルがなかったといえばウソになるし、それこそ最終日に入館証を返すんですけど、「もう入れないんだなあ」と思う気持ちはありました。
単純に考えると、まあ何というか…良い会社なんですよね。僕なんかより全然、優秀で、優しい先輩や後輩が、本当に一杯いる会社です。辞めるという選択肢って、普通の人なら選ばないものかもしれません。そのまま会社の中にいたとしても、自分のやりたいことがやれる道もあったと思います。例えば、新規事業を立ちあげるような部署に異動したり。
ただ僕としては、何かやりたいことがあったときに、その実現を最優先できる環境に身を置くほうが合理的だったんです。ドリパスも、博報堂の中でやれなくはなかったでしょうけど、もしかすると半年で立ち上がったものが2年かかっていたかもしれない。そういうことを考えたときに、僕は辞める選択肢をとることができました。
― 実際、WEBサービスの立ち上げ・運営をやってみて、どんなところに魅力を感じていますか?
まず感動したのは、リアルタイムにユーザーの動きがみえること。これはもう、めちゃくちゃ大きな感動でしたね。
広告の世界だと、例えばテレビの視聴率ってリアルタイムには分からないんですよ。そこでいくと、「アクセスしてる人が何名いる」とか「会員登録してくれた」とか、「ドリパスでチケットを買った人が、こんなに劇場に来てくれてる」とか。お客さんのアクションが、一つひとつ自分の目で見れるんです。
― それは五十嵐さんがずっと求めていたものでもあり、広告の仕事では得られなかったものですよね。
広告との違いというところでいくともう一つ、スピード感。広告って、どうしてもタイムラグが生まれるんです。CMでいうと、企画に1ヶ月、提案・修正に1ヶ月、撮影が1週間、納品して放映まで1ヶ月。一つの企画をやるのに、3~4ヶ月かかるのが当たり前なんですね。
それがWEBサービスだと、今日コードを書いてデプロイしてローンチしたらすぐ反応がある。エキサイティングですね。広告とは、全然違う感覚です。
(つづく)
▼《ドリパス》五十嵐壮太郎氏へのインタビュー第2弾はこちら
広告マンが、WEB業界で勝てる理由。《ドリパス》五十嵐壮太郎氏が語る、広告業界の強み。
編集 = CAREER HACK
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