無料の大学受験サービス『manavee』を開発したエンジニアの花房氏が立ち上げたのは、営利企業ではない。NPO法人だ。彼が考えるエンジニア像や考え方には、決して働く場所やスタイルには捉われない、エンジニアとしての大事な信念があった。
▼manavee 理事長 兼 開発者 花房孟胤さんへのインタビュー第1弾
なぜ、NPO法人が運営する《manavee》は開発コストの9割を独自グループウェアに充てたのか。
WEB・ITエンジニアの活躍の場というと、大手サービス会社やベンチャー企業、スタートアップ企業などに注目が集まりがちだ。中には個人事業主としてフリーで活躍したり、自身で起業する人もいるだろう。そう、ここで間違いなく言えることは、NPO法人を立ち上げる道を選択する人は少ないということ。
NPO法人manaveeで、大学受験のWEBサービス『manavee』を運営する代表の花房孟胤氏は、どのような理由で、NPO法人の立ち上げに至ったのか?彼への取材を通して分かったのは、エンジニアとして大事にしたい生き方だった。
― どうして企業ではなく、NPO法人を立ち上げられたのですか?
それは簡単なことです。『manavee』自体が、無料で受験生にコンテンツを提供するサービスであり、利益が生みにくいモデルであることが一つの理由です。さらに、講義をする先生は理念に共感してもらった上でボランティアとしてやっているため、サービス全体が小金稼ぎでやっているのではなく、本気で理念を追求して行動していることを伝えたかった。自分の実現したいサービスを追求したら、結果として、NPO法人でやるのが一番良かっただけの理由なんです。最初からNPO法人を立ち上げようと決めてたわけでは全くありません。
― 素晴らしいサービスなんだから、利益が出るようにしたらいいんじゃないですか?
それでは『manavee』を立ち上げた意味が無くなってしまいます。あくまでも受験生には無料でサービスを提供しないと、「教育格差を是正するんだ」という理念は嘘になってしまいます。
もともとサービスを開発しようと思ったきっかけでもあるのですが、僕が受験生だった時に、友人が大手予備校の映像通信講座に対して、バカ高い授業料を払っていることに違和感を感じていたのが始まりなんです。普通の人であれば、大学に入学したら、そんなことは忘れてしまうことなんだろうけど、私の場合は、何かの機会にふと思い出してしまって…。「あームカツク」「なんとかしたい!」と怒りが込み上げてきたんです(笑)。それが始まりでした。
裕福な家庭だけが、多額なお金を払って大学受験の対策ができるという、経済格差が大学受験では生まれてはいけないんです。すべての人に平等で開かれたサービスでなくてはいけない。だから1円でも授業料が発生したら、ダメなんです。
― 既存の受験勉強の在り方に、怒りを覚えたことがきっかけだったんですね。ということは、もともとエンジニア志望では無かったということですか?
はい。そうなんです。僕、大学では文学部の心理学科に所属していますので。エンジニアになんてなるつもりは無かったし、アントレプレナーにもなりたくなかった。
ましてや、メディアで教育系NPOの代表として褒め称えられる存在なんて、世の中で一番なりたくなかった。‘教育業界の次世代リーダー花房’とか、SNSで書かれているのを見ると、もう、本当に「止めてくれー」とさえ思ってしまう(笑)。なんせ、僕はただの斜に構えたインテリ少年だったんだから。ただ、自分が実現したいことをするために、しょうがなく、エンジニアになるしかなかったんです。手段としての職業選択でした。
― 花房さんのような働き方は、エンジニアにとって、どのようなメリットがあるのでしょうか?
何といっても一番の利点は、自分のために働けることじゃないでしょうか。
私の大学時代の友人が企業に入社したんですけど、「100%納得しながら仕事をすることができない」と、ぼやいていました。私は企業に勤めたことがないので想像でしかないのですが、急な差し込み業務や面倒な書類作業、必ずやるべきタスクなど、自分の意思に反した仕事がきっと多いんじゃないかな。
でも、それがどんなに辛くても、例え深夜まで作業がかかっても、仕事に対する納得度が高いかどうかが、ポイントなんだと思います。
エンジニアだけに限らず、人間って自分のために働けるのなら、作業効率がいつもよりも10倍ぐらい変わってくるじゃないですか。ぜんぜん集中力が違うし、達成感も全く異なる。
僕も夜中にハイボールを片手に、ニコニコ動画のクラブBGM特集を聞きながら、『manavee』のプログラミングをするのが好きなんです。長時間かけてタスクが終了した時の達成感と、終わってからプログラムにバグが見つかる時の、あの無常感。その落差を心のどこかで気持ちいいと感じながら、きっと楽しんでいるんですよ(笑)
好きこそものの上手なれと言いますが、エンジニアとして自分が手掛けたいシステムを開発できる喜びがあったからこそ、スキルも身につけられたと思います。きっと自分の子どもを育てるような感覚で、『manavee』を育てているんだろうなぁ。
― 自分がしたい仕事であればモチベーションが高くなる。それは誰もが納得できることですね。
だから、企業に勤めるとか独立するとか、NPO法人を立ちあげるとか関係なく、それって「自分のしたい仕事だっけ?」「つくりたいシステムだっけ?」と考えることが大事。エンジニアとして手掛けたいことがあるならば、挑戦してみればいいんじゃない?と思います。
これは僕の考え方なのですが、誰もが2枚目俳優のようにカッコよく、いればいい訳じゃない。3枚目や不細工な奴がいてもいいじゃないですか。周りから「社畜だ!」と言われても、本人が満足するならいいんです。
僕だって、エンジニアとしては能力が相当低いはずだし、学ぶスピードも極端に遅い。人間関係も不器用だし、就職することは全然考えられなかったです。『manavee』も何度も挫折しそうになったし、お金がなくて苦しい日々は今も続いてる(笑)でも今の状況が面白いし、毎日を相当楽しんでします。いろんな人から経営者としての資質を疑われ、ぼっこぼっこにされながらも楽しんでる。こんな自分でいられるのも、エンジニアとして正直に生きているからではないかと。
― 実際、エンジニアにも生活がありますので、自分のしたいことを実現するために、これまでの生活を犠牲にできるのかという迷いもあると思いますが…。
これは僕自身の価値観の話になってしまうのですが、毎日健康に生きて、日々を過ごして、その繰り返しで、人生に一体何の意味があるの?と思ってしまうんですね。
そりゃ僕は、今、心臓発作で死んだら悔しいですけど、ぐだぐだ悩みながら健康に生きるくらいなら、僕は死んだ方がましだ。エンジニアとして、1日のエネルギー消費量よりも、価値を作りだした量の方が多くないと、その人生に意味はないとさえ思ってしまいます。お金とかは一番最後の話。お金のために働いて、それって本当にしたいことなの?と…。仕事はもちろんのことながら、生き方やプライベートまでを含めて、自身のキャリアを考えることがやっぱり大事なんです、きっと。
― エンジニアとして何がしたいのか。そこを突き詰めれば、雇用先や所属には捉われない働き方も選択の余地に入ってきますよね。花房さんのような生き方も、多くのエンジニアにとって参考になるのだと思います。
ありがとうございました。
(おわり)
[取材] 松尾彰大 [文] 白井秀幸
編集 = 松尾彰大
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