良質なアウトプットを生み出すためのオフィス環境とは。ピクシブやチームラボなど、メディアでも話題のオフィスを手がける河田さんに訊く《イノベーションが生まれる空間作り》第二弾。なぜ「テンションが上がるオフィス」を作るべきなのか。そのロジックから具体的な方法論までを、豊富な実例をもとに公開する。
▼インタビュー第1回はこちら
成果を出すにはルールを減らせ!―《チームラボオフィス》のイノベーションを生む空間作り[1]
― イラストSNSで有名なピクシブさんのオフィス設計では、たくさんの色を取り入れた空間づくりをなさっていますが、どういう狙いがあったのでしょうか。
色をたくさん使っているのは、ピクシブ代表である片桐さんの「社員が自由に意見を言えるようにしたい」「禁止事項を減らしたい」という想いを実現するための仕掛けです。
単色でオフィスをつくってしまうと、単一の発想しか出てこない恐れがある。色に限らずですが、発想を多様化するには、とにかく要素が多いほうがいいと考えています。
そこでチームラボオフィスで製作している『ブロックチェア』という什器を入れました。これはキューブ型の椅子で、使わないときにはレゴブロックみたいに積み重ねることができる。いくつも重ねると壁としても機能するんですね。で、いろんな色を取り揃えておいた。
普段は壁にしておいて、ミーティングの際には崩して並べます。終わったらしまって、また使うときには出して…とやっていると、使われるたびにランダムに、壁の色の組合せが変わっていくんです。
― 自然と流動性が生まれるようになっているわけですね。しかも壁なので、結構目立つ。
イヤでも目に入ってきます(笑)
色に関して言えば他にもあります。ピクシブのミーティングスペースでは暖色系を多く使っているのですが、それは心理学的な観点からです。
暖色系はコミュニケーションが活発になったり、アドレナリンが出たりする色なんです。ピクシブでは活発に意見を言える組織に、という狙いがあったので、皆が集まるスペースに暖色を使っているんですね。
このスペースは、エントランスからデスクに向かうまでに必ず通る場所でもあるので、朝出社してから仕事を始めるまでに、テンションを上げることもできます。
― チームラボのオフィスも、入ってすぐに黄色が目に飛び込んできますね。
黄色はコミュニケーションを活発にする色と言われています。オフィスに入ってきた社員や来客された方の気持ちを上向きにさせる狙いです。
この黄色は、デスクに座っているときにはあまり目に入らないようになっています。暖色系の効果というのは長期的に集中するのには向いていないので。
― 企業のブランドカラーで統一されたオフィスなどもありますが。
ブランドカラーを用いたオフィスづくりというのは、ブランドイメージの構築といった狙いがあるのだと思います。
ただ、個人的には、ブランドカラーでイメージを統一するといったことは、今の時代にはあまり効かなくなっているんじゃないかと思っています。
昔は、ユーザーが商品やブランドに接する機会が限定的でしたよね。実物に接する以外には、マスメディアを介しての接触のみだった。だからカラーを統一することでブランディングの一助とする、ということが成立しやすかったと思うんです。
ですが今は、ユーザーがブランドに接するメディアやチャネルがあまりに多様で、画一的なコントロールが効きづらくなってきています。
だから、オフィスの色を統一することによって得られる効果も小さい。それよりも、そこにいる人たちにどういう感情を持たせたいか、どんな効果を出したいかを考えて、色をデザインしたほうがいいと思います。
― ピクシブさん以外で、何らかの効果を狙った事例はありますか?
大阪ガス行動観察研究所のプロジェクトルームがあります。
そこは、新しい商品・サービスの開発や現場での課題解決を目的としてさまざまな参加者が意見を交わし合う空間なんです。ただ、会社や立場の違う人たちが集まってワークショップを行なうため、活発な議論が生まれやすい環境を用意する必要があったんですね。そこで、プロジェクトルームに入ってすぐにテンションがあがるような空間づくりを目指しました。
特徴的なのは、“テンションが上がる言葉”をフキダシ型のパネルにして、壁に貼れるようにしたこと。それから、机の上をアクリルの二重構造にして、自分たちの好きなモノの写真を挟めるようにもしました。好きな言葉や写真に囲まれてミーティングをスタートできる環境にしたんです。
あと、観光地などでよく見かける“顔出しパネル”、あれも用意しました。お姫様、王様、魔法使い、勇者の4パターンのパネルの中から、ミーティングを始める前に自分で好きなものを選びます。で、穴から顔を出して自己紹介をするんです。
通常、皆さんスーツを着ていることが多いじゃないですか。なので、どうしてもそのフォーマルさに空気が固くなってしまうんですよ。顔出しパネルで自己紹介をすることで場がほぐれ、議論がスムーズになります。
あとは、ミーティングを始める前に、皆で一緒に机を配置したり椅子を並べたりすることも重要です。与えられた空間ではなく自分たちで作っていく、その過程で主体性が醸成されていくんですね。
チームラボでもそうなんですけど、ミーティングスペースに置いてあるものはすぐに動かせるものばかりで、参加人数や内容によってレイアウトを気軽に変えられるようになっています。デスクにもキャスターが付いているんです。
― チームラボのオフィスはカーペットも特徴的ですね。なんか絵が描いてある。森があって海があって花が咲いていて…ドラクエみたいです(笑)
チームラボのオフィスのコンセプトは「チームラボをディズニーランドにしよう!」というものです。いたるところにチームラボがつくったアートやプロダクトを展示して、見て回れるようにしています。
フロアマットをドラクエ風にしているのも同じ理由です。木が描かれたパネルを並べて“森”にしたり、波を描いたパネルで“海”を表現して、「動き回ることが冒険(笑)」みたいな感じで、楽しくできたらなと思って。
しかも、場所ごとに意味性を持たせるようにしているんです。落ち着いて仕事したいときには緑色の森が描かれているところで…とか、自分なりに意味づけをして、気分転換やテンションアップのために使ってもらいます。あちこちに移動することで、変化も生まれますし。
― 確かにテンションが上がるようなオフィスというのは魅力的だなと感じます。なんだか楽しく働けそうです。
そうですね、でも単に働く人たちが楽しく仕事できるようにとテンションが上がるようなオフィスを作るわけではないんですよ。もちろんそれはそれで良いんですが、あくまで副産物です。本当の“仕事の楽しさ”というのは、やりがいや達成感だと思いますから。
ではなぜテンションを上げるべきなのか。それを理解するには、そもそも、モノの売れ方の変化ということを考えないといけないと思っています。
インターネットが登場する前までは、マーケティングも、それに基づく製品づくりもプロモーションも、いわゆるマス的だった。“一般大衆”というマスに対してマーケティングをして、できるだけ多くの人ができるだけ満足できそうなものをつくる。いわば70点のモノを作っていたと言えます。
でもインターネットが登場して、個々のターゲットに直接的にリーチできるようになっていくにしたがって、70点の商品ではだんだん売れなくなった。ターゲットは少数でも、「めちゃくちゃ好き」というものを作らないと売れない。 ネット販売が発達するにつれて、変化していったわけです。
100点あるいは120点の商品やサービスが、一般論からは生まれないだろうことは想像に難くないと思います。「俺はこれが好きだ」「これが欲しいんだ」という、作り手の情熱や思い込みといった主観的なところからのみ、突き抜けた商品は生まれます。
平凡なオフィス環境からは平凡な発想、一般論的な発想しか生まれない。だからこそテンションが上がり、主観的な意見がどんどん出てくる環境を作ることが重要です。
― ただ、オフィスを改装するとなると、それなりに手続きや予算が必要になります。なにか簡単にできることってないでしょうか。
お金をかけなくても変化をもたらすことはできると思います。個人的には、オフィス全体に社員1人1人の“色”みたいなものがもっと溢れたほうがいいんじゃないかと。
自分のデスク周りに好きなモノを置いたりしている人は多いですが、共有スペースには何も置かないじゃないですか。でもそれだと混ざり合いがなくて、イノベーションが起こらないんですよ。
だから、パブリックスペースをもっと個人スペースの延長みたいにしてしまうっていうのは結構面白いんじゃないかと思いますね。
街を見ても、面白い街っていろんな要素が外にハミ出してるんですよね。神田の古本街とか各店の本が軒先まで溢れていて、街全体に力を感じる。
総務部の人が全部用意してレイアウトして…というオフィスでは面白さは生まれないですよね。そこにいる人たちが率先してやるというのがいいんです。
― 職場環境については、みんな本来的に関心がありますしね。
用意された空間に入っていくと、どうしても他人事になってしまう。でも自分たちで作れば責任感も出てくるわけです。だから“気軽にやれちゃう環境”を作るのが重要かと。
そのためには前提をあえてゆるく作っておくことです。僕たちが提供しているさまざまな什器も、それ自体が意味を持っているというよりは、きっかけになるモノに過ぎません。机にキャスターがついて動かせることによって、「机動かしていいんだから、コレも動かしていいよね」とか、「椅子の色がこれだけバラバラなんだから、この色も加えてもいいよね」とか。そういう流動性のトリガーになればと思っています。
以前、あるインターネットプロバイダをお手伝いしたとき、「堅苦しい雰囲気を変えたい」というご要望があったんですが、それほど大掛かりに変更するだけの予算は無かったんですね。
じゃあ“茶屋”を作りましょうよ、ということになって、予算が許す範囲で、ネットでいろんな和グッズを買ったんです。和傘とか毛氈(もうせん)とかちょうちんとか。
それで茶屋っぽい空間を作ったら、皆さん結構喜んで使ってくれて。
で、ここからが面白いんですよ。茶屋には将棋盤も置いていたんですが、そこで自然発生的にある現象が起こった。休憩に来る人が、みんな一手だけ指すんです。で、帰っていく。また次に休憩にきた誰かが一手指す。それがずーっと続いているっていうんですね。僕は勝手に“ソーシャル将棋”って呼んでるんですけど。
空間というフレームだけは用意されていて、そこに居る人たちによって中身が作られていく…なんだかFacebookみたいなものだなと思って、ソーシャル将棋と呼んだわけなんですが。誰が始めるともなく、こういうクリエイティビティが勝手に発生した、というところに感動しました。
事例としてはささいなことかもしれませんが、お金をかけなくてもイノベーションは起こせる、ということの証左じゃないかと思います。
(つづく)
▼インタビュー第3回はこちら
リアルとネットの境界をなくせ!―《チームラボオフィス》のイノベーションを生む空間作り[3]
編集 = CAREER HACK
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。