2013.03.06
“AR三兄弟”はいかにして生まれたか?―AR三兄弟に学ぶ、理想のチームのつくり方[2]

“AR三兄弟”はいかにして生まれたか?―AR三兄弟に学ぶ、理想のチームのつくり方[2]

三男卒業という節目を迎えたAR三兄弟へのインタビュー第2弾。企業に所属せず“ユニット”として活動するという、エンジニアの新たなキャリアの可能性を探る今回の企画。だが、そもそも彼らは某企業の上司・部下として出会ったのだという。AR三兄弟はいかにして生まれたか、その結成秘話に迫る。

▼インタビュー第1回は
こちらえっ!三男が“卒業”!?―AR三兄弟に学ぶ、理想のチームのつくり方[1]  から読む

“老舗ミシンメーカー”からスタートした、AR三兄弟。

― そもそも、AR三兄弟ってどういう経緯で生まれたんですか?


長男:
僕らはもともとJUKIというメーカーにいたんですよ。“ミシン”なんかを作っている会社ですね。


僕が学生の頃、そこの取締役の方から、

「場所も与えるし、人も4人までなら雇っていい。何百万か予算かけるから、JUKIの中にインターネットが分かる文化をつくりたい。それを丸ごと任せるから」

と、そう言われたのがスタートなんです。ちょうど僕が25歳くらいの頃ですね。


― ミシンのメーカーですよね?しかも長男さんは学生…。どうやったら、そんな声がかかるんですか?


長男:
少し前に、ネットで「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」っていうページがバズったじゃないですか。実は彼、AR三兄弟の弟(十男)なんですけどね。

で、菊池くんが「就職活動はオレが会社に行くんじゃなくて、会社のほうから来い!」みたいなことを言ってるわけですけど、僕はまさに当時それをやってたんですよ。

「僕は天才だから、僕にいろいろ頼んだほうがいいですよ!」っていうことをね。例えば、僕にグラフィックデザインを頼むとこんなことになりますよ、とか、架空の化粧品会社からこんなことを頼まれて商品開発をしましたよ、とか、そういう痛いホームページを作って公開してたんです(笑)

そしたらJUKIの取締役の方が、どうも僕のホームページを見て、「こいつはヤバイ!」って思ったらしくて。今でこそ家電メーカーがWEBで何か仕掛けようとするのは当たり前ですけど、当時はそんな文化は全然なくて、しかもJUKIの場合は扱ってるものがミシンでしょう?メーカーとして、先を見て新しいものを作っていかないと終わってしまう、という危機感があったみたいなんですよね。それで声をかけていただいて。そうしてJUKIに入社したのが、すべての始まりなんですね。

社内からは総スカン。初めは一切仕事がなかった。

― とはいえ、全く畑違いの会社じゃないですか。そこで入ったばかりの新人がインターネットの仕事をするって、なかなか想像できないんですが…?


長男:
いや、実際入社してはみたものの、JUKIの中では全く相手にされませんでした。味方は取締役しかいなくて、それ以外の方々からは総スカンで。社内中から「何でコイツは特別扱いされてるんだ!」っていう目で見られてました(笑)


― 特別扱いだったんですか?


長男:
部長陣が集まる経営会議みたいなものにも、なぜか出席してましたからね。しかもそこで「あなたたち全然面白くないですね!」とか「アタマかたいな!」とか言って。「なんで僕が特別扱いされてるか分かってます?特別だからですよ!」とか言ってました(笑)

まあそんな態度だったこともあって、本当に総スカンでした。WEBのディベロッパーチームの立ち上げという大きなミッションを受けて入社したのはいいけど、社内ではとにかく全然仕事がないという、そんな状態からのスタートです。

とはいえ学生時代から相変わらず自分には才能があると思っていたので、楽天ビジネスに登録したり、いろんな制作会社に飛び込んだりして、「こんなことできますよ!」って、企画やプログラムを見せて必死に営業しました。

その甲斐あって、徐々に仕事がもらえるようになってきたんですね。外資系自動車メーカーの映像やデザインだったり、銀行の案件だったり、社内ではなく“社外”のプロジェクトを動かしていくことでキャリアを作っていって、そのうち、自分たちの作ったものが『Web Designing』で取り上げられたりして。

そこでようやく会社も「こいつは才能があるな」と気づいてくれて、そこからやっと社内の仕事を任せてもらえるようになりました。


― まさに“実績”で、信頼を勝ち得たわけですね。


長男:
総スカンで3~4年はヒマだったんですけどね(笑)

ただその間に外部の仕事をやってキャリアを重ねていったわけですが、最初は一人でクリエイティブ周りをやっていたものの、さすがに一人では立ちゆかない状態になってしまって。

仕事を任せられる人がいたらいいなってことでアルバイトを募集したんですけど、そこで出会ったのが次男と三男なんです。

一目みて感じた、次男と三男の才能。

長男:
最初に入ってきたのが三男の小笠原ですね。当時は武蔵野美術大学の学生でした。


三男:
たしか「Flash使える人、初心者OK!」みたいな募集広告を見て応募した気がします。で、その広告になぜか長男がギター弾いてる写真が載ってて。この人なにしてるんだろう?って、怪しいなーと思ったんですけど、でも逆に面白そうだったので応募してみた、と(笑)


長男:
ちょうど2005年頃、Action Scriptが1から2に変わるくらいの時期ですね。で、面接のときに、三男は授業で作ったFlashゲームを持ってきたんですよ。


幼稚園児が天国に行くゲーム。
今日のこの衣装も、その作品を意識してのものだと言えなくもない。


三男:
《シノちゃんのズボンor成仏》というゲームです。シノちゃんという幼稚園児が主人公なんですけど、交通事故で亡くなって天国に行ったところ何故かズボンを履いてなくて。生き返るためにはズボンを履かなきゃいけないので、天国でズボンを探すっていうストーリです。


Shinochan_Flash


長男:
半裸状態の主人公がズボンを探して進んで行くたびにいろんなイベントが起こるんですが、RPGみたいにコマンドを選択していくんですよ。結構よくできていましたね。

で、それを見て、ゲームのプログラムも書けるし絵も描けるしで、“こいつはデキるなー”って。実際数十人くらい応募があったんですが、面接の全ての予定をキャンセルするくらいの衝撃がありました。



次男:
僕のときの募集広告は、長男がスケボーをギター代わりにして弾いてる写真でしたね。怪しいな―って思いつつも、なぜか気になって(笑)


長男:
次男の武器は“映像”なんですよ。彼も面接のときに作品を持ってきてくれたんですが、彼自身スケーターで、スケボーのビデオを撮っていたんですね。まあそれだけなら、いろんなスケーターが作りそうなものなんですが、彼の場合、カンフー映画のエンディングみたいに、最後にNGシーンを入れてたんです。

僕もスケボーやってたので分かるんですけど、やってる人間からすると、NGシーンってあんまり見せたくないんですね。でも、それを映像として面白くまとめているのが斬新で、センスを感じた。で、即採用しました。この二人は、抜群に抜けてましたね。

二人が入ってからは、かなり仕事がやりやすくなりました。三男はプログラミングと音楽をやってたんで、音楽的言語でプログラムのことを伝えられるし、次男は自分で映像を作れるので。仕事の幅が一気に広がりました。

社外での仕事をしつつ、社内の仕事に関しても、自分たちで部品の受発注システム・検索システムを作ったり、ミシンとインターネットをつなぐ特許も発明して、メーカーとしての実績を作りました。

メーカーって、特許とったりすると結構自由にさせてもらえるんですよ。それで徐々に何やってもいいみたいな空気になって、思いきり振り切った仕事ができるようになってきました。

メーカーにいるより、外に出たほうが“ウケる”と思った。

― そういう追い風が吹いている中、“AR三兄弟”ごとJUKIから独立したのは何故なんですか?


長男:
メーカーの中でやれる仕事の限界を感じたからです。当時からノイタミナのロゴ制作なんかもやっていたのですが、メディアに出るたびに重役や株主に呼ばれるんですよね。「フジテレビに出てビーム出してたけど、あれは何なんだ!?」とか聞かれて。「あれが視聴者の胸に刺さって、それによって投資が促進され、株価に反映されます」みたいな説明をその都度やってましたから(笑)


で、そんなことをやってる時間がもったいないなと思ったんですよね。この時間をそのままメディアで話すことに使ったら、みんな面白がってくれるのに。狭い会議室で話しても仕方ないし、しかも全然ウケないし、こんなことやってる場合じゃないと。

あとはメーカーの中だと他のメーカーの仕事もできないし、狭いんですよ。芸能界の仕事なんかもできなくて。枠を外して仕事をするには出るしかないって、そこで決断しました。


― 当時から仕事のオファーは多かったんですか?


長男:
向こう一年くらいの予定は埋まっていました。特許を含むこれまで開発してきたリソースを水平思考させて、AR三兄弟という新しいハードで動かしてゆけば、世の中の全てのものを拡張できるんじゃないかと。そういう目論みがありました。


― 独立については、皆さんで相談を?


長男:
一応この二人には相談しました。“ついてきてくれるかな…?”という不安は、正直ありました。


次男:
僕は、「絶対ついていったほうが面白い!」っていうのがありましたね。


三男:
就職すると時間が拘束されちゃうじゃないですか。それでやりたいことができる時間が極端になくなるのが嫌で、自分で使える時間を大切にしたいなとは思っていたんです。いま思うと、このユニットという活動の仕方は、自分にはすごく合っていたんじゃないかなと感じますね。



(つづく)
▼インタビュー第3回はこちら
自分の仕事の値段を、自分自身で決めるために―AR三兄弟に学ぶ、理想のチームのつくり方[3]


編集 = CAREER HACK


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